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魔物襲撃報告と予兆

 それは柔らかいベッドで微睡みの中を揺蕩っていたまだ朝陽の上る前、どこからか騒ぎが聞こえて来ました。

 軽く半身を起こした時には夜番のメイドが控えの間から寝室に姿を現し、「様子を見てまいります」と私と寝室の隣の居間に居た夜番の騎士に伝えて部屋を出ていきました。

 隣室からのノックに応えるとガウンを着たジェシカが姿を現し、起き上がろうとしていた私にガウンを掛けてくれます。


 頭を巡らし見回す客間の寝室は私の趣味は反映されていませんが小奇麗に纏めらた部屋になっています。

 子爵家には元々、客間がありましたからあちらの男爵家の様にお父様が資金提供して新規に作る必要はありませんでした。


 騎士は居間で周りに警戒した様子でしたが窓辺に寄りまだ薄暗い窓の外を見やります。


「正門の方に明かりが見えます。急な使者が来たのかもしれません」


「そう、もう夜明けまで間もないわね。私は「神への祈り」を捧げているから、何かあったら教えて頂戴」


「解りました。ミーガン様。念の為、窓からは離れてお願いいたします」


 晴れていれば窓辺で朝陽を浴びながら祈りを捧げたいところだが、今はまだ陽も出ていないので部屋の中央で祈りを捧げ始める。


 祈りの最中、私の祈りの邪魔にならないよう細心の注意で物音を立てないよう朝の準備をするジェシカの気配がし、増援で駆け付けた騎士たちに静かにするよう静かに叱責するジェシカの声も聞こえる。


 祈りが終わるとジェシカと戻ったメイドが朝の準備に取り掛かってくれます。ジェシカはいつの間にかドレスに着替え身だしなみも終わっています。祈りを捧げていたのは20分位だと思うのですがいつの間に‥‥。


 メイドの顔に逼迫した様子もなく、ジェシカもドレッサーの前に座った私の体の要所の拭き取りを始めてくれます。


「近くの町に魔物が出たようで、その救援要請が来たという事の様です」


 この世界で私たち人間、エルフやドワーフ、ノームなども含む広義の人間の生息域はそれほど広くはありません。広い森や山岳、丘陵、砂漠、海洋などには人間の支配は及んでおらず、数多くの魔物たちが生息しています。

 そしてその境界線では常に魔物と人間との争いが繰り広げられており、貴族はその人間の支配地すなわち領地を守るため、武装した騎士を持つことを王から許されています。

 こちらの子爵家の領地の位置と規模から考えるに50人程度の騎士団を持っているのではないでしょうか。


「そう、こちらの領地ではよく魔物は出るの?」


 私の問いに拭き布を香水の入った温水で絞っていたメイドがジェシカの顔を見て頷くのを確認し私に答えます。


「はい、お嬢様。頻繁にではありませんが、山間の方では数か月に一度は魔物が出たとの話を聞きます」


「そう、子爵家の騎士の方々はお強いの?」


「はい。それはもう。凛々しくお強いです」


 メイドは目を煌めかせながら両手を握って答えた。特定の誰かを頭の中に思い描いていそうである。


 一通り身支度が済んだ最後に靴を用意しようと控えの間に入るジェシカに声を掛けます。


「ジェシカ、靴は修道院で使っていた皮のブーツにして頂戴」


「‥‥はい、解りました」


 顔色も変えずにジェシカは私がここ数年履いて足に馴染んだブーツを持って来てくれます。

 貴族の令嬢が履くには材質も縫製も質が良い物ではありませんが、鹿皮も厚く丈夫で長時間履いて作業しても疲れないので助かるものです。


 さて、朝食前に子爵とお話をしましょう。

 準備の最後はジェシカに任せてメイドには先触れに出て貰います。

 全ての準備が終わるころにはメイドが戻って来て応接室で子爵様が待っていると伝えてくれます。




 応接室には失礼ながら昨日の夜、気持ちよさそうにお酒を楽しんでお喋りしていた子爵様とは思えない、使い込まれた皮鎧を身に纏ってきりっとした子爵様がいらっしゃいます。


「ミーガン様、日も明けやらぬうちからお騒がせいたし、眠りを妨げてしまいましたこと、平にご容赦ください」


「もう起きる頃合いでしたのでお気になさらないでください」


 通常、貴族夫人の朝は遅く、特に王都の社交の時期などは夜会やダンスパーティなどで夜が遅いこともあり、昼近くまでベッドにいるのが普通です。

 尤も地方で社交もなければそんな遅い事もないが日の出とともに起きるのは早すぎます。これは修道院で過ごして生活リズムがそうなってしまった私だからですが、その辺は昨日のうちにもう話してあるので子爵様も承知の事です。


「魔物が出たとお聞きしました。この街の神官様は巡回に出ていらっしゃるという事でしたが、他の神官の手配はお済ですか?」


 昨日の晩餐で街の主神の教会の神官とは顔を合わせておらず、不在という事は聞いていました。であれば、冒険者のうち神官の者に助力を乞う事などもありますが、神官はそんなに数がいる訳でもありません。


「いえ、あいにく神官の手配は出来ておりませんが案じられることはございません。たかだか数体のゴブリンなど、我が領の守備隊にとっては造作もないこと。これまでに何度も退けてきましたので問題は無いかと思われます」


 ゴブリンは小柄なヒューマノイド型の魔物で成体でも身長は1mと少し、灰色のごつごつした皮膚に赤い吊り上がった目、少し尖った耳と僅かな頭髪があります。主に深い森林で狩りをして生活しているようですが、時たま人里まで出てくることがあります。また、ダンジョンというところで遭遇することもあるそうです。

 夜行性でその赤い目は闇夜でも昼間の様に見ることが出来、人里襲う時は大体夜襲を仕掛けて来るそうです。


 子爵様の言葉と態度から本当に大丈夫だとそう判断していることは感じられます。

 ですが、私の心の中に先ほど「神への祈り」を捧げた時に感じた予兆が蘇ります。


 予兆は祈りの最中に時たま感じるものです。大体は普段とは違う来訪者を告げたり、怪我や事故の暗示であったりといったものです。明確に見えたり感じた出来るものではなく、来訪者が乗ってきた馬の嘶きが聴こえたり、崖崩れの時に大きな石が落ちてくる絵が見えたりとそんな感じです。


「薄暗い森の中に聞こえる無数の小さな足音、アザミの紋章の盾に降り注ぐ矢雨、これが私が今朝感じた予兆です」


 子爵の皮鎧の左胸には剣とアザミの紋章が描かれており、騎士隊の盾にも同様のものがあるはずです。

 子爵の顔つきが厳しさを増したように感じます。

 神官の予兆は神からの啓示です。

 疎かにすることは出来ません。


「この街の神官が不在の折、私がこちらに居たのも神のお導きでしょう。『大地と農耕の神』に仕える者として、看過するわけには参りません。私も同行させていただきます」


「‥‥しかし、ミーガン様。御身を危険にさらすことは‥‥伯爵様に何と言われるか」


 正直、子爵様としては伯爵令嬢の私に子爵家の領地内で何かあってはブーマー伯爵家に顔向けできません。魔物討伐への伯爵令嬢の同行など何があっても断る案件です。


「お聞きください、子爵様。あの矢雨の幻視は、神が私に示された明確な『警告』です。神官である私が立ち向かうべき試練となります。その試練から私を遠ざけるということは、神がこの地へ差し伸べた救いの手を、この地の領主である貴方自身が振り払うということです。それに貴方が案じるべきは父への釈明ではなく、この地の民の平和と安全ですわ」


「‥‥ミーガン様」


 屋敷の外では馬の準備や何かの音が聴こえてきている。


「さぁ、ゆっくりしている時間は無いのではないですか?」


「解りました。よろしくお願いいたします。ミーガン神官殿」


挿絵(By みてみん)




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