男爵家 おもてなし~祝福~別れ
「ミーガン様、お夕飯の準備が出来たそうでございます」
ジェシカの問いかけに何とか意識を取り戻し、食堂に向かいます。食堂と言っても専用の部屋ではありません。先ほど男爵と明日の打合せをした居間になります。地方の貴族家ではそれぞれ専用の部屋などなく居間が食堂であり、応接室になります。
しかし、無骨な四角いテーブルには真っ白なテーブルクロスが敷かれ、摘み立ての花が飾られ、磨き上げられたカトラリーが整然と並んでいます。
部屋には既に男爵夫婦と顔見知りのこの町の神官のおじいさんがいらっしゃいます。私の服装を見ると男爵は顔を綻ばせて、夫人は俯きチラチラと覗き見、神官は「ほー」と声を上げています。
夫人の工夫で調整したサイドの紐も良い飾りとなり、何とか私のお胸を支える役目を果たしています。型は古いですがおしゃれなレースも胸元を飾ってくれていて素敵はデイドレスに仕上がっています。王都の屋敷に戻る前にはどこかの街で新しいドレスを仕立てなければいけませんが当面はとても助かります。
「夫人の嫁入り当時を思い出しますな」
神官の言葉に夫人は気まずそうにドレスの裾を握っています。
「あのぅ、何か不都合なところはございませんか?」
「お気使いありがとうございます。サイズも調整出来ましたので問題ございません」
実際に着て問題なさそうな様子を見て、夫人の緊張も少しは解けたようです。
「まぁ、どうぞ。お座りください」
男爵の引いてくれた椅子に腰を下ろし、各自が座ると晩餐が始まります。テーブルに着くのは男爵夫妻、神官、私の四名でこちらの執事とジェシカが給仕係を務めます。
前菜に「ベリー類とフレッシュチーズのサラダにミントとアカシアの蜂蜜添え」と「冷製ゴールドメロンのワイン漬け」、食前酒に「アカシアの蜂蜜酒」、主菜には「灰色ラビットのパイ包み煮込みポロネギ付き」と「清流バスの香草バター焼き」、パンは「焼きたての大麦パン」、スープには「豆と旬の野菜の濃厚スープ」また、テーブルの中央には溢れんばかりの果物が山盛りになっています。
料理は十二分に用意されており、私たちが食べた残りが私の護衛の騎士たちや使用人に下げ渡されるのでしょう。
私が祝福を与えた食材も多くあり、滋味豊かで美味しく頂きました。
それだけの量を昨日から一日がかりで夫人と料理人が準備してくれたのでしょう。さらに夫人はドレスの直しまで。
食事中の会話は私が還俗した話とかは避けられ、町の畑の状況や収穫予想、明日の『大地祝福:テラ・グレイス』の場所等の当り障りのない内容で食事は続きます。
「そう、男爵にお願いがあります」
お願いという言葉に男爵の顔に緊張が走ります。
「こちらのドレスを頂いたことによって荷物が増えてしまって、このままではトランクケースに荷物が入り切りません。申し訳ないのですが、入りきらないドレスをこちらで処分していただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
胸元を示し今着ているドレスに目を下ろす。
「‥‥解りました。後ほどお部屋に向かわせます」
お願い内容を聞いてほっとした男爵が夫人に目をやると夫人は細かく首を横に振っています。
「そんな、ミーガン様のドレスを頂くなんて、出来ません。そんな気持ちでそのドレスをお渡ししたんじゃありません」
「ふぉふぉ、夫人。ミーガン嬢はこれから王都まで馬車で戻られるのじゃ。余分な荷物は無いに越したことはない。ここはミーガン嬢のわがままに付き合ってあげたらどうじゃな」
神官の言葉に夫人は考え込み顔を伏せてしまう。
「その、準備して貰ってきたドレスは全て合わないので、今は夫人が用意してくれたドレスしか着られるものが無いのです。本当に助かりました。急な来訪で諸々お手数もお掛けしたと思いますし、ここは私の顔を立ててくださいませんか? そうでないと私が王都に戻ってお父様に怒られてしまいます」
お父様の名前を出せば夫人もやっと納得してくれました。
翌日は日の出で目覚めてからそのままの格好でロザリオを手に握り「神への祈り」を行い、今日の祝福を受けます。
横ではジェシカが静かに身支度の準備をしてくれていて、途中何度か見られている感じはしましたが、神への祈りを優先します。
「神への祈り」が済めば身支度です。昨日までは軽く髪をとかし結べば済んでいたのですが、今日からはジェシカがそれを許してはくれません。
香りをつけた温水での体の要所の拭き取り、芳香のある粉末での歯磨き、パフを使って香りのついた粉をはたき、香油を耳の後ろや手首に忍ばせます。
髪は艶が出るまでブラッシングし結い上げ、令嬢にふさわしい複雑なアップスタイルを作り出します。
肌着の上に今回は夫人から譲って貰ったデイドレスを着るのでこの工程はちょっと楽です。
最後に派手すぎないパールのネックレスやイヤリング、ブローチなどを着け、刺繍を施したハンカチや扇子を持ちます。
貴族令嬢としての身だしなみのフルセットに、久しぶりという事もありドレッサーの前で座っているだけなのですが朝から疲れてしまいます。
朝食は簡単に済ませ、出立の準備までした状態で町に出ます。
男爵と男の子、神官の他数人が同行します。
「息子にシスターミーガンの最後のお姿を見させておきたいと思います」
と言われれば断る理由もありません。
まずは町の中の井戸を確認します。
広場の中央の屋根付きの井戸には滑車が設置され、つるべ式に桶が両端に付けられています。周りには少し離れて町の住民たちが集まり見守っています。
井戸の側で膝を付きロザリオを握り『水源探査:ウォーターダウジング』の呪文を唱えると、天から白い光が降り注ぎ私の体を包み込み溢れた光が井戸の中に零れ落ちてゆきます。
そのまま少しの間、光の粒が井戸の中に落ちるに任せ、その光を伝って井戸の中の状態が私に伝わります。
光が収まり十分に井戸の中を把握したら、立ち上がり男爵に告げます。
「こちらの井戸はまだ問題なく使えますが、2、3年で水量が減るかもしれません。その場合3mほど岩盤層を掘り抜けば次の水の層に達しますが、とても硬い岩盤なので作業は難しいかもしれません」
「わ、解りました。井戸掘り職人に事前に調査を依頼します」
「それがよろしいでしょう。それで掘削が厳しい場合は予算に余裕があれば新しい井戸をあちら」
人々の方を振り返ると、男爵を始め町の人々は以前にも見たことがあるので「おおーーー」と声は上げているので済んでいますが、男爵の息子さんとジェシカ、伯爵家の騎士たちは井戸を見つめたまま、固まってしまっています。
まぁ、問題はないでしょう。
集まった住民たちの背後に歩みを進め、町のちょっと外れまで移動する。ぞろぞろと男爵たちとジェシカや騎士たちも何とか付いてきます。
「こちらを12m程度、掘ればあちらとは違う水の層に当たる筈です」
「おい、ここに印になるものを」
男爵の言葉に反応した使用人が近くの家から杭と大きなハンマーを持って来て、私の指し示した地面に杭を打ち込み始めます。
「さぁ、では次は畑に行きましょう」
ジェシカがササっと寄って来て膝を払ってくれます。
そのまま町の外れまで徒歩で移動すれば小麦畑が広がっています。
今は春なので一度目の小麦の種まきが終わったところで、『大地祝福:テラ・グレイス』の呪文を掛けていないのは残り二か所という事で昨日打合せしてあります。
小麦畑の中に踏み入り畑の中央で再び膝を付きロザリオを握り今度は『大地祝福:テラ・グレイス』の呪文を唱えます。今度は私を中心に広い範囲に空から白い光が降り注ぎ芽を出したばかりの小麦に光が吸い込まれてゆきます。
人々の方を振り返って戻ってゆくと、人々は再び「おおーーー」と声は上げ、男爵の息子さんとジェシカ、伯爵家の騎士たちは畑を見つめたまま、再び固まってしまっています。
「す、すごい! ミーガン様! すごいです!」
息子さんが私に走り寄ろうとし始めたところで男爵にひょいと持ち上げられているのに微笑ましい気分になります。
また、ジェシカがササっと寄って来て膝を払ってくれます。
町の人たちのお礼を聞きながらもう一か所の畑も済ませ、そこで町の住民の方たちとはお別れをして、一旦馬車に乗ります。
男爵と息子さんと御者は別の荷馬車で先導してくれて、開墾中の土地に向かいます。
開墾中の土地は大きな木々を切って、残った根っこがあちこちにある状態です。
体格の良い男の人たちと荷馬車と牛や馬などが作業をしており、私たちが近づくと伯爵家の馬車と騎士たちに吃驚しながらも挨拶をしてくれます。
男爵から話はもう通っていたのでしょう。私たちが馬車から降りればササっと開墾中の土地から離れて様子を伺っています。
『開墾:カルティベイション』の呪文を唱えれば、天から降り注ぎ地面に落ちた白い光は根っこや地面下に埋もれた大きな石など吸い込まれ、それぞれが「ぞぞ、うぞぞ」と動き出しその全容を現します。
根っこは地面の下で四方に張り巡らされていた根が全て、大きな石も地面から現れていた一角の下の巨大な姿を陽の下に晒しています。
男たちの拍手に応えて、男爵に最後の挨拶をします。
「これで私がこの土地で出来ることは終わりました。これからのこの土地の事はよろしくお願いします」
男爵の息子さんとジェシカ、伯爵家の騎士たちも三度目となりなんとか平静を装っています。
男爵とそして最後の方は息子さんに語り掛けます。
男たちは大きな根っこにロープを掛けて牛に引かせて達から移動させ始めています。
「こちらこそありがとうございました。最後の最後まで、お気を使いいただいてお礼のしようもありません」
「ミーガン様」
「はい」
息子さんの声に膝を落とし目線を合わせます。
「僕がこの土地を大きく豊かにして、立派な領主になったらまた会えますか?」
私は振り向いて根っこを移動する男の人たちに目を向けます。
「‥‥そうですね。立派な領主になったら会えると思います」
「解りました。頑張ります」
我慢できず息子さんの頭を掻き抱いてしまいました。そのまま、私は顔を落として涙を落とします。
どうやら私は自分が思っていた以上にこの土地に人々に情を持っていたようです。
当初は王都から離れるという目的だけで知る人の居ない、遠い土地の修道院を選んだだけでした。
ですが日々の生活の中で修道院の修道女たちや下男や衛士の方たち、町の神官様や住民の方々、男爵家の人々の事をとても好きになっていたんですね。
息子さんの一言で本当にこの土地を離れ、多分二度と来ることが無いことを実感し‥‥
暫くそのまま黙っていましたが、息子さんから顔を離した段階でジェシカがそっとハンカチを手渡してくれます。目元を何とか拭い、周りの目を逸らせてくれていた人たちに声を掛けます。
「では、出発しましょう」
こうして私は7年間慣れ親しんだ土地を離れました。
「ジェシカ、私、息子さんに嘘をついてしまいました」
「問題ございません。本当の良い女性とは嘘も付くものでございます」
「そうなの?」




