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男爵家 夫人の心遣いと久しぶりの入浴

「手の込んだ物はありませんが、夕食には神の祝福を受けたこの地の野菜や果実の料理をご用意いたしましたので、ご堪能ください」


 男爵の招きでとりあえず館で落ち着くことにします。


 居間でお茶を頂いてお話している間に馬車や馬の繋ぎを解き世話をしてくれているのでしょう馬の低い嘶きや馬庭たちの声が聞こえます。使用人の方たちは衣装箱などを部屋に運びこんでくれています。


「では、『大地祝福:テラ・グレイス』を掛けるところは、こちらとこちらの二か所でよろしいですね。それから今開墾途中の場所はございますか?」


「はい、町の東の区画にありますがまだ伐採の途中でして‥‥」


「今済んでいるところまででも『開墾:カルティベイション』はしておきましょう」


「そんなお手数をお掛けする訳には‥‥」


 男爵には私が逗留する以上の情報は無いはずだが、すでに伯爵令嬢としての対応をしている。今までの修道院所属の神官としての対応より伯爵令嬢としての対応を優先させているように思える。


「‥‥男爵様、遠慮であれば必要ありません。還俗しても神官であることには変わりはございません。それに私が神のお力をこの地に示せるのもこれが最後かと思います」


「‥‥解りました」


「それから井戸の調子はどうですか‥‥」


 お茶を傾けながら明日の段取りをしているうちに、馬の手入れや荷物の運びこみも終わっているようです。


「湯の用意も済んでいるはずですので、お部屋でお寛ぎいただき、後ほど夕飯の準備が出来ましたらお呼びいたします」


 7年前に立ち寄った時には客室が無く男爵夫妻の寝室を使わせていただいたのですが、今日は6年前位に増築したそれほど広くはありませんが客間を使わせていただきます。

 増築工事をしている最中に一、二度訪問させていただいたこともあるのですがまさかこんな内装になっていようとは思ってもいませんでした。

 修道院に入ってから外泊などはありませんでしたのでこちらのお部屋に入るのは初めてです。


 今日はもう陽は沈んでしまっていますが日中であればとてもよく陽が入るだろう部屋は床には厚手のウール絨毯が敷かれ、窓にはここらでは手に入りにくいでしょう透明度の高いガラスが嵌め込まれ、壁には漆喰が塗られ渓谷と森の景色のタペストリーが掛けられ、別の壁には今は火が入っていない暖炉があり冬でも暖かく過ごせそうです。

 存在感の大きな天蓋付きのベッドやソファーセット、書き物机、化粧台、衣裳箪笥などの家具は私の好みに合ったもので王都の工房のものでしょう造作に覚えがあります。


 真新しいシルクのシーツや淡いオレンジ色のカーテンなども私の好みで統一されており、まるで王都の自分の部屋の縮小版にいる気分です。


「お父様ったら、男爵様に無理を言ったのではないかしら?」


 脇ではジェシカが運び込まれたトランクケースから諸々を出している。


「大丈夫でございましょう。十分な資金援助があったでしょうから」


 そういえば、5年以上前にまだ神官の力に目覚める前にこちらの町を訪れた時にやたら拝まれていた気がする。そして、男爵家の増築や広場の整備、井戸の新規掘削などの工事も行われていて、地方なのになかなか余裕があるのかとその時は思っていたが、今思えばそうではなかったようだ。


「まったく、この部屋だって多分私が初めて使うのよね。それに次はいつ誰が使うのか‥‥」


「よろしいんではないですか。一度でもミーガン様が使えば旦那様はご満足だと思います」


「ふーーー本当、困ったお父様ね」


 不意のノックの音にジェシカが対応すると、男爵夫人が何かを持って来てくれているようです。男爵夫人は30歳ほど柔和な雰囲気の方ですが強張った顔をしてしどろもどろに喋っているのでとても緊張しているように見えます。

 それはそうでしょう。今までも顔を合わせたことは何度かありますがそれは「シスターミーガン」としてであり、修道院長の代わりに商売の話を男爵としているときにお茶を出したりするくらいで特段個人的な付き合いがあったわけでもありません。

 それが急遽、伯爵令嬢として泊めることになったのです。

 増築工事して部屋の備品を整えている段階でいつか来るとは思っていたかも知れませんがとうとう来てしまったという心境でしょうか?

 このあたりは王国の西の外れで、近隣にいくつか同じような男爵家はありますが子爵家や伯爵家となると寄り親の集まりでもないと顔を合わすこともないでしょう。

 それに立ち居振る舞いもジェシカの方が洗練されています。

 まぁ、それも当然の事です。ジェシカはドナヒュー子爵家の次女で伯爵家で永い事、侍女を務めているのですから。


「ミーガン様、こちら夫人がお持ちくださったのですがどうでしょう?」


 ジェシカが広げたのは7年間王都の流行から取り残された私から見ても型が古いと感じる深いえんじ色のデイドレスでした。

 ですがそのドレスは背中でボタンを止めるタイプだったものを、両脇の縫糸を解いて同系の色の布を継ぎ足しループ状の紐通しでサイズ調整できるようにしてあります。

 胸部にも継布がしてあり白いレースが邪魔にならないように配置してあります。

 レースは地方の町ではおしゃれのマストアイテムです。行商人から買ったり自分で作ったり、修道院でも作って売っていました。柄が複雑で精巧なものほど価値がありますので一時期気合を入れて作っていた思い出があります。


 ジェシカが私にドレスの改造を説明してくれている間、夫人は俯いてしまっています。

 多分これは夫人が持っている中で二番目に良いドレスと思われます。一番は偶にある貴族の集まりに着ていく一張羅の訪問着でしょう。しかしそれはコルセットをした体にぴったりに作ってある本人のサイズ専用のドレスになります。

 このドレスはそれに比べれば自由度が効くという事で、昨日ジェシカ達が来てから一日で用意してくれたと思われます。私のお胸の事情を知っていてドレスが無い事を気にしてくれたのでしょう。

 そういえば最初の挨拶の時に夫人の顔色が悪かったような気もしますが、あれは緊張や息子の行いに対してもあったかもしれませんが寝不足もあったのでしょう。


「こちらの胸元のレースは夫人がご自分で?」


「は、はい。拙い物でお恥ずかしいです」


「この柄はアカシアの花でしょうか?」


「そ、そうです」


「男爵家の紋章にある花ですね。この地方でも良く咲いている。修道院でもこないだまでアカシアの蜂蜜やオイル、ハーブティーを作るのに忙しかったんですよ」


「はい。私たちもです」


 夫人が緊張の解けた明るい顔を上げてくれて嬉しそうに頷いている。


「冬は冬で封蝋の原料の樹脂を取るんですよね。あの樹脂がべたべたして」


「はい。服に付いたりすると最悪です」


「ふふふ」


「はは」


 ジェシカが横で黙って聞いてくれていましたが、チラチラ浴室の方を見ています。そろそろ私をお風呂に入れたいのでしょう。


「夫人ありがとうございます。ありがたく着させていただきます」 


「はい。何か手直しが必要なところがあればすぐ声を掛けてください」




 それから客室の横にある浴室で久しぶりに他人に体を洗って貰いました。

 昔は毎日、ジェシカにお風呂の世話をして貰っていたのですがそれは18歳の時までで、私がガリガリの時でした。今は無駄にお肉が付いてしまいジェシカに見られるのも恥ずかしい感じでしたが、さすが伯爵家の侍女です。

 私の変わってしまった体を見ても何の躊躇いも驚きもなく、淡々と世話をしてくれます。

 服を脱がせ、髪を解き、お湯の温度を確かめ、体と髪を洗うのを手伝い、入浴後は柔らかいリネンで肌を拭き、香油を塗り込みます。

 久しぶりに湯船に入り、ゆったりとしたお風呂タイムに気持ちよくなって、途中で寝落ちしそうになったのは秘密です。ジェシカにはばれてますが。


 なにかお風呂の途中でジェシカがしきりに私の腹部を念入りに手入れしてくれていたのが謎でしたが、いったい何だったのでしょう?

 やっぱりお肉が付き過ぎているのが気になっているのでしょうか?


 修道院では水に濡らした布を絞って体を拭く清拭は衛生面から毎日行っていましたが、冬にはお湯で絞るのですが急がないとすぐお湯が冷めてしまうので大変でした。


 お風呂を上がった後は丁寧に乾いたリネンで何度も髪の水分を吸い取り、レッドボアの毛のブラシでブラッシングを100回以上丁寧に梳かして、懐かしい私の好きなデザートローズの匂いのオイルを塗ってくれます。寝落ち二回目です。


 それからも肘、膝、かかとなどに軟膏を擦り込み、バラの蒸留水を肌に叩き込み、指先を整え、爪を磨き、全身マッサージをしてくれます。寝落ち三回目です。


 ドレスを着る前に眠気を何とかして立たされて体のサイズを測られているようです。

 ジェシカは何か所も測りメモを取っているようですが‥‥眠いです。


 そんなこんなで途中途中の記憶を失いつつ、何とか用意が終わった時には夫人の用意してくれたアカシアの香水が香るデイドレス姿になっていました。


「ミーガン様、お夕飯の準備が出来たそうでございます」




挿絵(By みてみん)



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