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帰路~男爵家

 馬車は田舎の整備されていない道をガタゴトと進んでいく。

 大きな街と街の間とかは旧帝国の古街道を整備しながら使っているので道も悪くないのですが、王国の端であるこの辺ではそれぞれの領地の上に立つ侯爵家か財力のある伯爵家が運よく支援してくれないと道はとてもではないですが良いとは言えません。

 昔は王都と自領とその間の道しか知りませんでしたので、王都から離れたら道が石畳ではなく土に変わり深い轍が出来、窪みに車輪が取られることも知りませんでした。

 修道院に入ってからは近隣の村を回るのに荷馬車などを使う事もありましたが、車輪の上に直接乗った車体は地面の衝撃を直接体に伝えてきて最初は横の枠に摑まっているだけで精一杯で、下男の方が何度も謝っていたのにこちらも申し訳ない気分になりました。

 今では景色を楽しめるくらいにはなったのですが。


 実家の回してくれた馬車は土に刻まれた轍の上をたまにある凹凸の揺れをそれなり吸収してくれます。詳しくは知りませんが鉄を何枚か重ねた板状の部品を上下に合わせたスプリングというものを使っていて、凹凸の衝撃を大幅に吸収してくれるそうです。言われてみれば王都でも格上の貴族家の馬車にしかこのスプリングは付いてなかったように思いますのですべての馬車にスプリングが付いていた我が家はそれなりの財力なのでしょう。またその馬車に乗っていること自体がステータスだったのかとも思います。

 そういえば王家や侯爵家の使う馬車などには重さを制御する魔法が付与されており衝撃はほぼなく、一度侯爵家の馬車で送っていただいた時には石畳からの衝撃の無さと静寂性に吃驚したのを覚えています。


「お嬢様、本日はこちら領地の男爵様の館に逗留の依頼をいたしております」


 外の流れる景色をぼうっとみていた私にジェシカが遠慮がちに声を掛けてきます。

 道や馬車の事を徒然に考えていただけなのですが、その様子が永く居た修道院を離れ、惜別の気持ちに囚われているようにでも見えたのでしょう、ジェシカは出発してから今まで話しかけてきませんでした。

 私はまだ修道服も着ていて、荷馬車ではなく貴族の馬車に乗っていても修道院を離れる実感は湧いていませんでした。実際実家に戻り時間が経てば修道院を懐かしく思う時が来るのでしょうが、まだ私の気持ちは修道院を離れ実家に戻ることを受け入れ切れていないようです。


「解りました。私からも昨日知らせを出してあります。着いてご挨拶したら近隣の畑に『大地祝福:テラ・グレイス』を掛ける話もしなければなりません」


「‥‥お嬢様は本当に『大地と農耕の神』の神官になられたのですね」


 王国で信仰されている何柱もの神々の中でも主神と位置付けられている神は『光と創造と繁栄の神』であり、主神以外に『大地と農耕の神』『海と交易の神』『鉱物と鍛冶の神』『酒と踊りの神』『死と再生の神』などなどがおり、それぞれの土地で自分たちに恩恵を与えてくれる神々を信仰しています。

 王都には主神である『光と創造と繁栄の神』の煌びやかで大きい神殿であり、その他の神の神殿も規模の大小はありますがあります。地方に行けばその土地土地の信仰対象の教会がありますが一つの教会で複数の神を奉っていることも珍しくはありません。農村地帯であれば主神と『大地と農耕の神』、港町や漁村であれば主神と『海と交易の神』などの組み合わせが多いです。


「そうね。初めに伝えておくけれど、これから王都に戻る間、私の立場は『還俗した元修道女の伯爵令嬢』と『大地と農耕の神』の神官の二つになるわ。町々では教会や町の有力者に招かれることもあるし、男爵領での『祝福』もそうだけど怪我や病気の方がいた場合はその治療も行ってゆきますから行程が予定通りにいかないこともあります。伯爵令嬢と神官の立場にどちらが上も下もない事を知っておいてほしいの。これは後で護衛の騎士たちにも伝えておくわ」


「解りました。お嬢様、その、失礼になるかもしれませんがしっかりして落ち着かれましたね」


「っふふ、私ももう25歳よ。ジェシカが知っている18歳の頃とは違うわ」


「その7年をお嬢様のお側でお仕えできなかったのが残念でなりません」


「‥‥そうだ。そのお嬢様も変えましょう。25歳でお嬢様っていうのもね。これからは名前で呼んで」


「‥‥解りました。ミーガン様」


 そんな話をしているうちに男爵の館のある町が見えてきます。

 男爵とはこの王国の貴族の中では一番下の爵位です。我がエスクイリン王国は古帝国の滅亡時に公爵領だったものが王国となった国であり、公爵家が王位に就いた都合上その初期過程から公爵位を作らないまま300年ほどが経っています。

 なので現在ある四侯爵家が他の国であれば公爵家扱いであり、我がブーマー家や家格の高い伯爵家は侯爵家扱い、家格の高くない伯爵家はそのまま伯爵家扱いになり、子爵、男爵は他の国と同様のようです。

 そして我がエスクイリン王国では貴族とは土地を所有しているものを指します。たとえ住民1万人の街であれ村民10人の村であれ土地を王国から貸し出されそこから取れる麦や鉱石、交易の富などから税金を徴収する権利と魔物などから住民を守る義務を負ったものが貴族になります。


 今、目の前の町の中央に見える男爵家の館は王都にあるような塀で囲まれた豪奢な貴族の館ではなく、町の広場の正面にあり人々の行きかいする中心であり、この辺りの政の中心であり男爵家の人々の住居であるそんな飾り気のない実務的な建物です。

 男爵家が治めるのは私の居た修道院を含む4つほども町とその周りの村々であり、住民は1,000人ほど男爵家としては標準的な大きさと思われます。


 馬車が修道院に着いたのが昼過ぎでしたので、ジェシカ達一行は昨晩こちらの男爵家でお世話になり朝、修道院に向かったのでしょう。

 町の人々も見慣れない貴族の馬車に驚くこともなく、私の姿を確認し深々と頭を下げるのみです。


 ここの町には何度か来たことがあり、男爵とは顔見知りです。

 私が両親と揉めに揉め何とか修道院に行くことを認めさせた後、どこの修道院に行くかという事でもう一悶着ありました。両親としては自領か寄り子の貴族家の領地にある修道院に行かせたかったようですが、私は誰も私の事を知らないところが良いと主張しました。

 結局、お母様の実家の伝手で自領がある王国の東ではなく逆の西の外れのこの地に来ることが決まりました。母方の祖父母にも心配を掛けましたので今回戻ったら一度顔を見せに行きたいと思います。


 という事で男爵家は母方の伯爵家との繋がりがあり、こちらの土地に来た時には最初に挨拶をしています。正直、最初の印象は本当に貴族なのでしょうか? という位、平民と変わらないような格好と言葉使いでしたが、それでも伯爵令嬢を出迎える為に何とかめかし込み言葉も丁寧にしていたと後で聞きました。

 その後は修道院で作ったチーズやワインなどの販売を委託していることもあり、何かとお話しする機会もあり、領民思いの領主であることも解りましたし、私が神官としての力に目覚めた後は領地の畑への『大地祝福:テラ・グレイス』や怪我人や病人の治療でも何かと連絡を取り合う関係でした。


 馬車が館に近づいてゆくと男爵の家族と使用人の方々が10名ほど、総出でお出迎えしてくれているのが解ります。


 馬車が止まり護衛の騎士のエスコートで馬車を降りると、男爵は最初に私を出迎えと時と同じめかし込んだ服装で出迎えてくれます。その横には婦人と5歳くらいの男の子、使用人の方々が並んで礼をしています。


「ミーガン嬢、ようこそいらっしゃいました。大したおもてなしも叶いませんが、どうぞごゆっくりお過ごしください」


 男爵家にも実家から逗留のお願いの手紙が来ている事でしょうから私が還俗したことは察しが付くでしょう。今までは「シスターミーガン」と呼ばれていたのが「ミーガン嬢」になって距離と寂しさを感じます。


「この度は急なお願いで申し訳ありませんがよろしく‥‥」


「ミーガン様! 本当にいなくなっちゃうの?」


 私が男爵に返礼しているところに男爵の足元から男の子が飛び出してきて私の膝に抱き着き母親譲りのふわふわの金髪と潤んだ青い瞳で私を見上げてきます。

 何度この館に着て顔を合わせたことがあるので解っていました。

 私はこういう可愛らしい男の子にお願いされると弱いという事が。

 膝を落としてふわふわの髪を撫でてあげながらやさしく抱きしめてあげると私の胸に埋もれた顔を上げ、涙を流します。


「ヤダ!」


 私は何か答えれば嘘を言ってしまいそうで何も言えずにいると、男爵が近寄って来て男の子の両脇に手を入れひょいと持ち上げて行きます。


「息子がご無礼を働きました。申し訳ありません」


「気になさらないでください」


 愚図る息子を使用人に預け、男爵は館に私たちを招き入れます。


「手の込んだ物はありませんが、夕食には神の祝福を受けたこの地の野菜や果実の料理をご用意いたしましたので、ご堪能ください」




挿絵(By みてみん)

一週間ほど体調を壊していました。

なんとは復調しましたので再開いたします。

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