撤退~窮地~出会い
ヒーローの登場でやっと恋愛ジャンルになりました。
これでジャンル詐欺ではなくなりました。
「撤退!」
子爵様の叫びにも聞こえる指示で全員が本隊の方に戻ろうとしますが、矢傷を受けた二人の騎士の動きが鈍く、顔色はどす黒く変わり激しい息遣いをしています。
「奴らの毒を受けた時はすぐに傷口を洗い綺麗なナイフで傷口を‥‥」
以前聞いた対処方法が頭の中で思い返されますが彼らの激しい息遣いが私の心臓の動きも速めている気がして頭が上手く回りません。
「ミーガン様、『解毒:キュアポイゾン』を掛けてください」
伯爵家の騎士隊長の言葉に私はハッとします。そうです。私は『大地と農耕の神』の神官でした。慌ててしまい自分が出来ることが解らなくなっていました。
二人の爛れて黒ずんだ患部に手をかざし神への祈りを捧げれば白い光が患部に降り注ぎ、二人の顔色も戻ってきます。
「ありがとうございます。ミーガン神官殿。私が先導します。おい、二人に手を貸してやれ! すみませんが殿をお願いいたします」
子爵様が私にお礼を言い、子爵家の騎士に指示を出し、伯爵家の騎士隊長に依頼を出し、全員が本隊に合流するべく動き出します。
無事に本隊に合流することは出来ましたが、200匹の群れという情報に子爵家の騎士たちの間に緊張と恐れが走ります。子爵様は強張った顔ではありますが落ち着いた声で速やかな撤退を本隊でも指示し、全体が動き出します。
ゴブリン達は120匹ほどが三つの集団に分かれてこちらに向かっています。随時、子爵様にはゴブリンの動きを知らせていますが、子爵様の顔色は優れません。
奴らが得意ではない昼間とは言え兵力差は四倍あります。子爵家の騎士たちの練度は正確には解りませんが、一人でゴブリン二体くらいまでは相手にできるかもしれませんが3匹、4匹になると‥‥。
ともかく動き出した騎士たちに遅れる事の無いように必死に付いて行きます。
が、1時間もするころには逃げ切ることは無理となっていました。
ゴブリン達の足の速い者たちが時たま毒矢を射かけてきます。毒矢で傷を負う騎士いれば、足を止め『解毒:キュアポイゾン』を行います。治療の為の足が止まれば、その分ゴブリン達の本隊が距離を縮めてきます。
毒を負ったものを置いていけば何とか逃げ切れたかも知れませんが子爵様もそんな無情な指示は出せませんでした。私も子爵様も結局、甘いのでしょう。
前も後も抑えられ、騎士たちは盾を外周に立て円陣を組んで隙間を無くします。
多分中天に太陽はあるのでしょうが『薄暗い森の中に聞こえる無数の小さな足音』が周りに響きます。そして回り中から一斉に『アザミの紋章の盾に降り注ぐ矢雨』が視界に広がります。
結局、予兆は避けることが出来ないことなのでしょう。
伯爵家の騎士が私の頭を下げさせ、覆いかぶさり視界が暗くなり、耳には矢が盾の当たる無数の音といくつかの呻き声が聞こえて来ます。どんなに隙間を無くしても完璧ではなく幾人かは毒矢を受けてしまいます。そうすると内側に待機していた騎士が外周で毒矢を受けた騎士を引きずり込み、開いた隙間を他の騎士たちが埋めます。私は引きずり込まれた騎士に近づき『解毒:キュアポイゾン』を掛けます。
『結界:サンクチュアリ』の呪文は私を中心に半径3mほどしか効果が無いので今は役に立たないのが不甲斐ないばかりです。
そしてまた、ゴブリン達の矢雨が降り注ぎます。何度そんなことを繰り返したでしょう。毒は消しても傷を治すところまでは手が回りません。怪我を負い外周で盾を構えられる騎士の数が徐々に減ってゆきます。私は魔法の使い過ぎで頭が割れるように痛くなり、吐き気が上がってきます。
盾の防御を解いて脱出を図っても矢ぶすまになってお終いでしょう。
もうここまでなのでしょうか? 私は膝の上で荒い息をしている子爵様を見降ろします。領民思いの領主様で街道建設に力を入れ、お酒の席で楽しそうに未来を語っていた子爵様が血の流れるお腹を押さえ息絶えようとしています。その間にも盾に矢が当たる音と呻き声、被さるようなゴブリンの悲鳴が聞こえて来ます。
ん、ゴブリンの悲鳴!
顔を上げるとゴブリン達の居た辺りでは金髪の戦士が大剣を振り回しゴブリン達を切り払っています。その逆の方向では「ゴーーー!」と音を立て『氷の嵐』が吹き荒れておりスカウトと神官と思われる二人が円陣に駆け寄って来て『光と創造と繁栄の神』のロザリオを手に神官が声を上げます。
「もう大丈夫です。後はあの二人に任せましょう。逆に危ないので近寄らないようにしてください。怪我の重い人はどちらです?」
薄暗い森の中でそこだけ太陽の光が差し込んで、金髪の大柄の戦士が大剣をゴブリン達に振るっているのを私は神への奉納の舞の様に感じ目が離せないでいます。
その戦士は20代前半? 長い金髪に口周りには無造作に髭を伸ばし、目はキラキラと口はガハガハと大きく開けて楽しそうに笑いながらゴブリン達を切り殺しています。
私の見た予兆『薄暗い森の中に聞こえる無数の小さな足音、アザミの紋章の盾に降り注ぐ矢雨』には続きがありました。意味が良く解らなかったので子爵様には伝えていませんでしたが、『小高い丘に立ち背後からの光を浴びて、透き通るような黄金の髪をなびかせた戦士』というものです。
ですが、今その意味が解りました。ゴブリン達の死体の山の上で陽の光を受けて大剣を空に掲げた戦士、この助力を予兆は示していたのです。
私は力の入らない足でよろよろと歩き出し、その戦士の元へ向かいます。
「おい、逃げた奴らの追撃に何人か貸して‥‥」
金髪の戦士は返り血を全身に浴びていますが気にした様子もなく笑みを浮かべ、子爵様の方に話しかけようとして近づく私に気が付いたようです。
「なんて慈愛と生命力に満ちているのだ。まるで神話から抜け出してきた女神の化身の様だ!」
私のお胸から一切視線を外さないままの賛美を聞きつつ、私は限界だったのでしょう。ふっと意識を手放し彼の胸に身を任せました。
意識が戻ったのは馬車の中でした。温かく柔らかい枕に横向きで頭を預け、体には雲綿羊のショールが掛かっています。ガタゴトと揺れる音と振動に目を擦れば、上からジェシカの顔が覗き込みます。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
ジェシカの心配げな顔を見て、先ほどまでの事が蘇ります。車窓のカーテン越しに陽がまだそれ程傾いていないのが解ります。
「今は?」
「先ほど近くの村の六の鐘が聴こえました」
ジェシカの太ももから身を起こすとジェシカが作り付けの収納からデキャンタを出し、ワインを薄めたものを銀製の杯に注いでくれています。
「お飲みになりますか?」
「頂くわ」
喉を潤すと少し落ち着いてきました。
馬車は子爵家に戻っているようで、外からは騎馬の音がいくつか聞こえます。
静かに傍らのジェシカへ視線を送ると、その意図を察したジェシカは軽く一礼し、車窓のカーテンをわずかに開き、外を並走する騎士隊長へ向けて、控えめながらも通る声で呼びかけました。
騎士隊長が車窓の外で並走し始め、私の顔を確認しその険しかった眉間の皺がわずかに緩むのが解ります。
「あの後どうなったのか教えて貰える」
「はい」
あの金髪の戦士や魔法使いの方たちは偶々近くを旅していた冒険者だったという事でした。隊商の生き残りのもう一人の男性が子爵領とは逆方向に逃げて彼らに助けを求めたという事らしいです。
襲撃現場に行き、待機していた子爵領の騎士たちから事情を聴けば、そこからは30名ほどの移動の痕跡を追って来てくれたそうです。しかし、追いついたと思えば子爵家の騎士たちは風前の灯火状態、すぐさま介入したそうです。
私が気を失った後は冒険者たちと子爵様は討伐隊の内まだ動ける者とでゴブリンの群れがいた小川の方に討伐と捕らわれた女性の救助に向かったということでした。
怪我人は多く出ましたが、死者は無く、その怪我人も重い者は冒険者の神官に治癒していただけたということです。
そして、私は騎士隊長に担がれて馬車まで戻り今に至ると。
まぁ、今日は頭もちょっと痛いですし、もう治癒魔法の一つも使えないですから現場に居ても役にも立ちませんので捕らわれた女性が気になりますが大人しく子爵家に戻りましょう。
「ミーガン様。子爵閣下ならびに騎士の方々より、伝言を預かっております。『ミーガン様がお目覚めになられましたら、一同、救済への深き感謝をお伝えください』とのことでした」
「そう、皆が無事で何よりね」
沈みかけの夕日が金色の光を投げかけ始め、辺りを染めてゆきます。
瞼を閉じれば金髪を靡かせながら戦うあの戦士の姿が浮かびます。
無事にゴブリンの討伐が終われば早ければ今晩、遅くても明日にはもう一度、顔を合わすことでしょう。
私は森の中を歩いてところどころ汚れてしまった男爵夫人に貰ったディドレスを見降ろし、男爵夫人には申し訳ないですが彼と次に会う時にはちゃんとしたドレスを着て会えることをドレスを手配してくれたジェシカとドレス工房の皆さんに感謝しました。
そしてもうドレスなどには興味が無くなっていたはずなのに見せたい相手が出来たら途端にこれかと自分にちょっと呆れてしまいました。
第二章完で一旦、完結設定にします。




