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追跡~遭遇

 まだ、陽も中天に上るには多少の時間もあり、追跡は順調に進んでいます。

 私の前には二人の騎士が先行していますが、その足元や顔の前からは自然と枝葉が避けられ無駄な藪漕ぎなどをする必要がありません。ゴブリン達は身長が1mほどですので我々人間が藪のトンネルと感じるようなところも平気で通ってゆきますので、ちょうど顔の辺りに枝葉が来ることが多いのです。

 最初、私は子爵家の騎士25名の真ん中ほどで伯爵家の騎士4名と子爵様と一緒に居たのですが私が進む道の枝葉が避けることが解った段階で私は先導を願い出ました。

 修道院に居た時も薪拾いや山菜取りで森に入ることはありました。当時から下生えが勝手に開けてくれていましたが、今ほどはっきりと道を作ってくれてはいませんでした。

 修道院を離れてから『大地祝福:テラ・グレイス』の光の降り注ぐ範囲が広がっていましたが、これもその関係でしょうか?

『大地と農耕の神』にお礼をして、森の中を進みます。


 小休憩も挟みながら2時間ほど進んだところで私は手を上げて進行を止め子爵に振り返り小声で話しかけます。


「この先で見張りが二匹居ます。その先はまだよく解りません」


「解りました。おい、腕の良いのを四人回り込ませてクロスボウで仕留めるぞ」


 子爵様の言葉に騎士隊長が何人かの名前を上げて選別をしています。


「私が案内しましょう。皆さんでは気が付かれずに近づくのは難しいでしょう」


「‥‥解りました」


 子爵は顔を顰めていますが、もうここまで伯爵令嬢の私を連れてきてしまったのです「毒を食らわば皿まで」の気持ちなのでしょう。


 私は伯爵家の騎士に囁きます。


「二人だけ付いてきて下さい」


 こちらも顔を顰めていますが、そう大人数で行動してもバレてしまうリスクが高いことは承知ですので無言で頷いています。


『大地と農耕の神』に短い祈りを捧げ集中すれば近くにどんな生き物が居るのかは手に取るようにわかります。近くの藪の中には一角ウサギが一匹、もっと小さい物では各種のネズミやヘビ、カエル、ダンゴムシなど昆虫たち、地中には灰色モグラの巣があり母親と赤ん坊が5匹、ミミズなども元気に活動しています。

 森の中で位置が掴めないのは大地に接していない木々の上に居るリスなどの樹上性の動物や鳥、昆虫たちくらいです。


 伯爵家の騎士2名を先頭に私と選抜の終わったクロスボウを装備した子爵家の騎士4名が続いて本隊を離れ、大きく迂回しながらゴブリンの背後を付ける位置に回り込みます。

 森の中は風の通りは余りありませんが念のため、風下から近寄る様にします。


 黙って立木の陰から指差せばゴブリンが二匹、倒木に座って眠そうに欠伸をしているのが目に入り、騎士たちも頷きます。

 騎士たちは膝を付いたり、立射の姿勢で矢を番え発射の準備をします。

 私は立木の陰で手を組み、神に祈りを捧げます。


 私は実際、魔物を目にしたのは初めてです。貴族の領地経営の観点から討伐すべき魔物の特徴などは勉強し冒険者から話を聞いた事もありますからあれがゴブリンで間違いないことは解ります。

 しかし話で聞いたのと実際目の前で息をして存在しているのでは‥‥


「バチンッ!「ビィィィン……」「シュッ」と近くで音がしたと思ったら、ゴブリンの居た方から「ギャ!」「ウゴッ」と声が聞こえ、子爵家の騎士たちがクロスボウを置き、走りだした気配がします。


 抜刀した伯爵家の騎士二人に守られながら立木から恐る恐る顔を出せば倒木の向こうで子爵家の騎士たちも抜刀し何やら確認した後、こちらに手を上げます。どうやら上手く行ったようです。


 ゴブリン達の死体がこちらからは見えないのが幸いですが‥‥。

 怪我の治療で切り傷や骨折などは良く目にしていてもう慣れたものですが、どうにも鶏や豚の解体は苦手でした。あのナイフを入れた所から血が溢れ出るのはどうにも‥‥。

 でも‥‥、私は騎士の止めるのも押しとどめ、倒木に向かいます。


「魔物であろうと、私が死へと送ったもの、大地に還るものを見届けるのは『大地と農耕の神』の神官としての義務であり権利です。この先、より多くのゴブリンを屠り、その亡骸と対峙することになるでしょう。ならば、今ここで慣れておくことが必要です」


 子爵家の騎士たちも貴族令嬢にゴブリンの死体を見せる事に戸惑ったようで止めようとしますが私は倒木を迂回してゴブリンの死体を見えるところまで行きます。


 そこには後頭部や背中にクロスボウの矢が刺さって転がったゴブリンの死体が二つあります。地面には赤黒い血が広がり心臓と思われるところには剣で止めを刺した後もあります。横を向いた顔の目は見開かれ口からは涎が垂れています。

 死体に近づこうとすれば子爵家の騎士が止めようとしますが、構わず近づき瞼を閉じさせ短い祈りを捧げます。

 もちろん彼らは『大地と農耕の神』を信仰などしていないでしょうから、これは自己満足です。

 ですが大地に還るものを送るのは『大地と農耕の神』の役目ですのでここは我慢していただきましょう。

 沸き上がる吐き気と怖気を我慢して無理やり笑顔を作り、子爵家の騎士に告げます。


「さぁ、ゆっくりは出来ませんでしょう」


「はい、本体に合流します」




 本隊と合流した後は先遣隊を出す準備が済んでいました。

 顔色の悪い私を子爵が気遣ってくれますが「大丈夫です」と答えておきます。

 神官の呪文には『精神強化:メンタルエンハンス』というものがあり「恐れ」や「混乱」「狂気」「魅了」などの精神異常を取り除くことが出来、術者自身にも掛けることが出来ます。

 ですが今、私の胸を騒がせている「恐れ」や「混乱」の気持ちは私の心の中で咀嚼し昇華しなければいけないものです。安易に術で消し去ってしまえば、次に同様の苦難に遭った際、私はまた同じように怯えるだけでしょう。それでは、神に仕える者としての成長は望めません。


 10名ほどの先遣隊の構成は子爵家の騎士4名と子爵様、私と伯爵家の騎士4名となります。本来先遣隊は斥候ですので司令官である子爵様本人が行くようなものではないはずですが、足跡が解って敵を感知できる私が行くとなると子爵様が残ることも難しいのでしょう。もっとも本当は私にも行ってほしくは無いでしょうが‥‥。


 ともかく先遣隊は慎重に進みます。

 幸い足元の下生えは避けられ、枯れ枝などを踏んで音を立ててしまう心配はほとんどありません。

 10分ほども進めば森の奥に想定より多いゴブリンの反応があり、私の顔色は悪くなります。


「この先の小川沿いに開けた平地があり、そこに200匹ほどのゴブリンが集結しています。小さな個体の気配も混じっていますからおそらくは、部族単位での移動でしょう。大半は休息中のようですが、哨戒らしき動きも見られます」


「200匹! そんな集団が‥‥」


 子爵様は小声で驚きの声を上げ、他の騎士たちの顔にも緊張が走ります。


 そしてそれは不意に訪れました。


 4本ほどの矢が飛来し内2本が子爵家の騎士の腕や足に刺さります。

 と同時に「ピュイィィィィ!」と近くの木々の中から音が鳴り、離れた木々の上から身軽に飛び降りたゴブリン達が木々を遮蔽に取り、群れの居る方に走り出します。


 昔、話を聞いた冒険者のエルフの女性の言葉が今になって思い出されました。


「奴らの中には、まともな道具も知恵も持たぬくせに妙に質のいい弓矢を作る者がいてね。小柄な体を活かして樹上に潜み、どこで覚えたのか出所も知れぬ毒を塗った矢を射かけてくることがあるのよ」


『大地と農耕の神』のお力で大地に触れているものの気配が解っていたことで油断していました。私も騎士の皆様も。これは私の責任です。


 急ぎ戦闘態勢を指示する子爵様の声を聴きつつ、私は絶望に駆られます。

 小川の側では起きていたゴブリンたちが、次々と眠っていた同胞を揺り起こし始め、覚醒したものから順に錆びた剣や手斧、粗末な弓を手に取り集結しつつあります。







挿絵(By みてみん) 



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