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襲撃現場

 子爵家の館の練兵場に子爵様とともに姿を現せば鎧武器、馬の準備が整った30騎ほどの騎士たちが整列して待っています。

 魔物討伐では野原や森の中、場合によっては山岳に入ることもあるため、騎士の鎧といっても重厚で重い金属鎧を着ることは無く、皮鎧に頭部や胸部など部分的に金属が使われている程度で、武器も離れても攻撃がしやすいクロスボウや槍が主な武装になります。

 そして印象的なのは左手に構えるアザミの花の紋章の盾です。


「諸君、顔を上げよ! これよりゴブリンの討伐に向かう。報告を受けているのは五匹ほどだが近くに群れが居ることも考えられる。たかがゴブリンと侮る者はここにはいまいが注意は怠るな! 今日、この戦場には高貴なる伯爵家の令嬢であり『大地と農耕の神』の代弁者であられるミーガン神官殿も同行される。彼女は神の予兆を授かった。我らの行く末を照らす、光の言葉をだ!」


 子爵様の言葉に「おおーーーー!」という騎士たちの声が答え、子爵様が私を前に促します。


「薄暗い森の中に聞こえる無数の小さな足音、アザミの紋章の盾に降り注ぐ矢雨、これが私が今朝感じた予兆です。皆様にはどうか心に留めいただくようお願いいたします。また、己が危険を顧みず領地を、領民を守られようとする皆様に『大地と農耕の神』のご加護が有らんことを!」


 最後の言葉とともに両手を空に広げるとキラキラと輝く白い光が私や子爵様、騎士の皆様の降り注ぎその体に吸い込まれてゆきます。


「これは!」

「力が湧いて来る!」

「きれいな光だ」

「神のお力が‥‥」


 子爵様の指示で騎士隊長が号令を上げます。


「騎乗!」


 子爵家の騎士たちは「はい!」と大きく返事をすると速やかに騎乗し始める。

 私の方は伯爵家の馬車はまだ点検中という事もあり子爵家が用意してくれた馬車に乗り込みます。警護には伯爵家の騎士が三名騎馬で、一人が御者席に付いてくれて、わたしの向かいには思い詰めた表情のジェシカがいます。


 このような場合の対応については事前にジェシカと騎士隊長に相談して了承を取っています。『還俗した元修道女の伯爵令嬢』と『大地と農耕の神の神官』の二つの立場で旅をすれば、町々の有力者的には『還俗した元修道女の伯爵令嬢』の方が扱いを上にすることになるでしょう。ですが祝福や治癒を行う事、そして万が一魔物等と対する時は『大地と農耕の神の神官』としての立場を優先することを伝えてあります。

 騎士隊長も最初は中々納得はしてくれませんでしたが、万が一の時は自分たちも同伴することで納得してくれました。また、道中私が揮う神の力を目の当たりにしたことも大きいかもしれません。

 ジェシカは最後の最後まで、いえ今この時になっても納得してくれてはいませんが「自分は何があってもお嬢様とご一緒します」と言って、守り刀を握りしめています。


 守り刀は貴族の女性が持つお守り、あるいは魔除けとして持たれる短剣です。多くは成人した時に両親から送られ、婚礼時にも嫁入り道具として持って行くものになります。

 ジェシカはこの旅の最初にお父様からいただき実家に置いて来た私の守り刀を渡してくれています。実際、何かあった時には碌に使ったこともない短剣で立ち向かうより、呪文を唱えた方がよほど役に立つとは思うのですが、ジェシカの心遣いとお守りという意味合いで腰に差しておきます。


 討伐隊の馬列は街中を抜け、丘陵地帯を早足で進んで行きます。ほどなく木々が増え森の中に道が消えてゆく辺りで速度を落とし警戒しながら森の中を進みます。


 どうやら報告ではこの森の中の道で野営していた隊商の馬車が襲われたようです。四名ほどの隊商で男性三名、女性一名で怪我をしつつも何とか馬に乗って逃げ伸びた男性一名が森を抜けた村に夜半の駆け込み、そこから夜明け前に子爵家へ連絡が着たそうです。


 荷物を積んだ重たい馬車での行程となると宿泊地となるような町や村もない所で野営しなければいけないこともままあります。

 もちろん危険が予見できるところではその道を避けるなり、護衛を雇うなりするはずですが、こちらでは魔物被害は無いわけではないですが頻繁だったというほどではなかったため被害にあってしまったようです。


 偵察に出ていた騎士が襲撃場所から戻って来て子爵様に報告を上げて、そのまま子爵様が馬上のまま私が乗る馬車に近寄ってきます。


「この先10分のところが襲撃場所になります。我々はこのまま進みますが現場にその‥‥」


「冥福を祈る必要もあります。私も現場に向かいます」


「‥‥解りました」




 襲撃現場は街から二時間程度の距離で荷物を持ち去られた馬車と踏み荒らされた地面、消えた焚き木、血を流して横たわる男性の死体があります。既に暗いうちにゴブリン達は森の奥に移動しているでしょうが騎士たちは周りを警戒しながら襲撃現場の確認をしています。

 騎士たちが毛布に包んで横たえた男性の死体に近寄り冥福を祈ります。

 土が付いて汚れてしまった頬をハンカチで綺麗にすれば、まだ体はほんのりと温かさを残していますが、もう目を開けることはありません。


「ミーガン神官殿、我々はこれから奴らの跡を追って森に入ります。数名、こちらに残しますのでミーガン神官殿はこちらで待機をお願いいたします」


「足跡は追えそうですか?」


「野外捜索の得意なものがおりますが、奴らは痕跡を消すのも得意ですので何とも‥‥」


「では、私も同行いたします。『追跡:トラッキング』の呪文を唱えれば追跡も容易です」


「そんな呪文が‥‥」


「『大地祝福:テラ・グレイス』と同じで『大地と農耕の神』の独自呪文になりますのでご存じない方も多いですね。空を飛んで逃げない限り、大地にはすべての痕跡が残されています」


 目を瞑り呪文を唱えれば私の目には10体のゴブリンの足跡と引きずられるように歩く女性の足跡がはっきりと森の中に続いて行くのが見えます。


「こちらです。急ぎましょう‥‥」


 歩を進めようとして振り返れば守り刀を握りしめたジェシカが青白い顔で私に続こうとしています。そっと近づきその力の入って白くなった手に触れジェシカの目を覗き込みます。


「ジェシカ、無理をしないで。ここからは本当に危険よ。それに森の中を進むのはジェシカには厳しいわ。多分、一人いた女性は攫われているわ。彼女を速やかに救出しなければいけないのだけれどジェシカの歩みに合わせていたら手遅れになる可能性があるの」


 ゴブリンは基本夜行性で、隊商を襲った時などには昼は休んで夜に奪った食料で宴を開き、攫った女性を慰み者にすると前に知り合った冒険者に聞いた事があります。どうしても陽のあるうちに救い出さなければなりません。


 それに私は修道院生活で日々の畑仕事や家畜の世話などで体を動かして筋肉も付いており、貴族の侍女とは体力が違います。それにジェシカは森の中を歩いたことなどほどないでしょう。


「お願い。私とその女性が返ってきたときに温かいお茶を用意して待っていて」


「‥‥お嬢様」


 足手まといになるという言葉が効いたのだろう。ジェシカは一度顔を伏せた後、再び顔を上げて私の目を覗き込んだ。


「必ず、お戻りください。今晩にはドレスが納品されますので」


「そうね。折角作って貰ったのだもの。袖を通さないままという訳にはいかないわね。子爵様、護衛の騎士をよろしくお願いします」


 どのみちここに馬や馬車は置いていくことになるのでその見張りに何人かの騎士は残さなければいけない。


「さぁ、陽のあるうちに戻りましょう」


 私は修道院で履き慣れた鹿皮のブーツの足を森の中に踏み入れた。



挿絵(By みてみん)


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