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社畜の俺、伝説の元スパイと「深夜0時の退職代行」始めます。~ブラック企業からヤクザの組まで、物理と法律で「円満退社」させます~  作者: 伊達ジン
【第3章】 過去からの亡霊

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第43話 120秒の死闘と分断

 端末のタイマーが【残り68秒】を刻んだ瞬間、地下要塞の最深部「エリアX」のメインゲート前は、凄惨な死闘の舞台へと変貌した。


 ガギィィィィィィンッッ!!!

 暗い地下空間に、激しい剣戟の火花が飛び散る。

 ボスの青木裕里子が振るう漆黒のダマスカス鋼の退職届が、クロノスの殺人兵器「No.04」の特殊合金の軍刀を正面から受け止めていた。

 金属同士が軋み合い、鼓膜を破るような高周波の摩擦音が響き渡る。

 そこに、もう一体の兵器である「No.05」が、音もなく裕里子の死角へ回り込み、鋭利な刃物を仕込んだブーツで強烈な回し蹴りを放つ。


「甘いわよ!」


 裕里子はダマスカス鋼を滑らせてNo.04の体勢を崩すと同時に、空いた左腕の肘でNo.05の蹴りを完璧にガードした。ドゴォッ! という鈍い衝撃音が響き、裕里子の足元のコンクリートが蜘蛛の巣状にひび割れる。

 感情を持たないはずの二体の兵器の瞳に、明らかな焦りの色が浮かんでいた。

 由希さんとくるみさんが直前に仕掛けた言葉の罠が、彼らの完璧な戦闘ロジックに致命的なバグを生じさせ続けているのだ。


「アンタたちの動き、昔よりずっと単調になってるわよ。……錆びついたんじゃない?」


 裕里子は不敵に笑い、漆黒の刃の平面でNo.04の横腹を容赦なく打ち据えた。


「グッ……!」


 声にならない苦悶の息を漏らし、No.04の巨体が数メートル後方へと吹き飛ばされる。


 手元の端末で、カウントダウンは【残り30秒】を切っていた。

 俺は防爆扉のメンテナンスパネルに挿したUSBメモリを両手で覆うように守りながら、祈るような気持ちでタイマーを見つめた。

 クルーザーから遠隔でハッキングを行っているアストリッドが、今この瞬間も、クロノスの中枢サーバーに張り巡らされた分厚いファイアウォールを一枚ずつ焼き切ってくれているはずだ。


「由希、くるみ、グレタ! 下がってなさい! 巻き込むわよ!」


 裕里子の鋭い叫びと共に、彼女の放つ一撃が竜巻のように回転し、No.04とNo.05を同時に壁際へと押し込んでいく。


【残り10秒】。


 No.05が体勢を立て直し、懐から取り出した小型の閃光弾を投げようと腕を振り上げた。


「させんばい!」


 その瞬間、潜入担当の藤原冬美ちゃんが床を滑るように飛び出し、愛用の警棒でNo.05の手首を的確に打ち据えた。閃光弾が明後日の方向へ転がり、不発に終わる。


「ナイスよ、冬美ちゃん!」


 三浦陽子さんが変装用のトランクから取り出したスタンガンを起動し、No.04の背後から強烈な電撃をお見舞いする。


【残り3秒】。

【残り2秒】。

【残り1秒】。

「……開けええぇぇぇッ!!」


 俺が祈るように叫んだ、その時だった。


『ハッキング、完了だよん!』


 インカムからアストリッドの弾むような声が響いたのと同時に、分厚い防爆扉のロックランプが赤から緑へと切り替わった。

 プシュウゥゥゥ……!

 数十センチの厚みを持つメインゲートが、重々しい空気の摩擦音を立てて左右にスライドし始める。


「突破した! 中枢サーバーは目の前よ!」


 由希さんが叫んだ。

 だが、その歓喜は一瞬で打ち砕かれた。


 ビーッ! ビーッ! ビーッ!

 ゲートが開いた直後、要塞の奥深くから、耳を劈くような非常警報のサイレンが鳴り響いたのだ。


「――異常侵入を検知。エリアX、最終防衛プロトコルを起動。各ブロックの物理遮断を開始します」


 無機質なアナウンスと共に、俺たちが立っている広大な空間の天井から、厚さ一メートルはあろうかという巨大なチタン製の隔壁が、猛烈な速度で落下してきた。


「なっ……罠か!?」

「ヤバい! みんな、避けて!」


 冬美ちゃんの悲鳴が響く。

 ズドォォォォンッッ!!!

 地響きを立てて落下した隔壁は、広大な通路を一瞬にして三つのブロックに分断してしまった。


「裕里子さん!」


 俺は咄嗟に横に飛び退き、同じく隔壁の直撃を間一髪で避けた裕里子の腕を掴んで床を転がった。

 もうもうと立ち込める土埃の中、俺は咳き込みながら立ち上がった。

 目の前には、天井から床まで完全に密閉された分厚い金属の壁がそびえ立っている。

 さらに最悪なことに、落下する隔壁の向こう側で、No.04とNo.05がそれぞれ左右のブロックへと弾き出されていくのが見えた。感情を持たない殺人兵器が、非戦闘員を含む仲間たちのブロックに放たれてしまったのだ。


「みんな! 無事ですか!?」


 俺は壁を叩きながらインカムに向かって叫んだ。


『ザザッ……サトル先輩! ウチと陽子さんは左のブロックに弾き出されたばい! そっちも無事ね!?』


 ノイズ混じりのインカムから、冬美ちゃんの声が聞こえた。


『こちら由希。私とくるみ、グレタは右側の通路よ。全員怪我はないわ』

「良かった……」


 俺は深く安堵の息を吐いた。どうやら、咄嗟の回避行動でチームは三手に分断されてしまったらしい。「冬美ちゃん・陽子さん」「由希さん・くるみさん・グレタ」、そして中央のルートに残された「俺・裕里子」の三つのグループに。


『サトル・サン、聞こえる!? 要塞の構造がリアルタイムで書き換わってる! 隔壁のロックは内側から物理的に破壊するか、それぞれ別のルートから中枢サーバーへ向かうしかないよん!』


 アストリッドの切羽詰まった声が響く。


「分かったわ」


 裕里子が、退職届についた煤を払いながら立ち上がった。


「由希、陽子。それぞれ別ルートでサーバー室を目指しなさい。途中でクロノスの兵隊に鉢合わせたら、容赦なく始末していいわ」

『了解よ、ボス。私の法理論とくるみのプロファイリングで道を切り開くわ』

『こっちも任せて。冬美ちゃんと一緒に、派手に暴れさせてもらうわね』

『こちらの劇薬ストックもまだあるわ。毒を以て毒を制す……存分にやらせてもらうわよ』


 由希さん、陽子さん、そしてグレタの頼もしい返答を最後に、強力なジャミングのせいか、インカムからは「ザーッ」というホワイトノイズしか聞こえなくなった。


 完全に、二人きりだ。

 俺と裕里子は、中枢サーバーへと続く中央の暗い通路を歩き始めた。


「……少し、休むわよ」


 数百メートル進んだところで、裕里子が壁にもたれかかり、荒い息を吐いた。

 先ほどのNo.04とNo.05との死闘。圧倒しているように見えたが、同格の殺人兵器二体を相手にした疲労は、確実に彼女の体力を削り取っていたのだ。他のブロックに放たれたナンバーズのことも気がかりに違いない。


「裕里子さん、水です」


 俺はリュックから保温ボトルを取り出し、彼女に手渡した。


「……ありがと」


 裕里子はボトルを受け取り、一口飲んでから目を閉じた。

 静寂に包まれた冷たいコンクリートの通路。仲間たちの安否が気遣われる極限状態の中で、俺は彼女の気力を少しでも引き上げるため、あえて日常の話題を口にした。


「……裕里子さん。この戦いが終わって、新しいアジトが決まったら、またあの『カルボナーラ』を作りますよ」


 俺の言葉に、裕里子はゆっくりと目を開けた。


「カルボナーラ……? ああ、あんたが深夜の残業明けに作ってくれた、あの小生意気なパスタのこと?」

「ええ。生クリームを一切使わない、本場のやつです」


 あれは、激しいカチコミから帰還した彼女に夜食を振る舞った時のことだ。俺は疲労回復のため、パスタの量を少なめにし、その分旨味を極限まで凝縮させた。

 パンチェッタを脂が透明になるまでじっくり炒め、茹で汁と乳化させる。硬めに茹でたパスタを投入し、火から下ろして新鮮な卵黄と大量のペコリーノチーズを一気に絡め回す。余熱だけでトロミをつけた黄金色のソースに、粗挽き黒胡椒をたっぷりと振る。

 付け合わせは、三陸産のわかめや赤つのまた等の海藻を、特製のごま油と柚子胡椒のドレッシングで和えたプロ顔負けのサラダだ。


「……悔しいけど、あの濃厚なソースとピリッとしたサラダの組み合わせは、疲れた身体に最高に効いたわ。夜中に食べても全然胃もたれしなかったしね」


 裕里子が、思い出し笑いをするように口角を上げた。


「ありがとうございます。……だから、絶対にみんなで合流して、生きて帰りましょう。次は、特大のオムライスもセットでつけますから」


 俺は、アストリッドと交わしたデートの約束を思い出しながら、力強く頷いた。ウンチクを並べる余裕はないが、美味しそうな記憶を共有するだけで、十分な活力になる。


「……フッ、いいわね。言質は取ったわよ。生クリームを使ったら、給料から天引きだからね」


 裕里子は壁から背中を離し、再びダマスカス鋼の退職届を右手に提げた。

 少しだけ休んだことで、彼女の目には再び、獲物を狙う猛禽類のような鋭い光が戻っていた。


「行きましょう、サトル。他の連中も、きっと今頃派手にやってるはずよ」

「はい、ボス」


 俺たちは、分断された仲間たちの無事を信じ、クロノスの中枢サーバーが眠る最深部へ向けて、再び暗い地下通路を歩き始めた。

 この先に、俺たちの想像を絶する『最強の刺客』が待ち受けているとも知らずに。

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