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社畜の俺、伝説の元スパイと「深夜0時の退職代行」始めます。~ブラック企業からヤクザの組まで、物理と法律で「円満退社」させます~  作者: 伊達ジン
【第3章】 過去からの亡霊

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第33話 史上最大の作戦会議

 クロノスの地下3階における奪還作戦は、アストリッドの小型EMPがもたらした青白い閃光によって決着した。

 電磁パルスの直撃を受けた巨漢たちのパワードスーツは、一瞬にしてただの重い「鉄の棺桶」へと変わった。

 俺はEMPの有効範囲をギリギリで見切り、電子ロックがショートして開いた扉の隙間を抜け、手錠で拘束されていた裕里子を担ぎ上げた。そして、パルスの影響を免れた通路の奥に事前待機させていた貨物用エレベーターへと飛び乗ったのだ。


 1階で陽子さんたちが起こしていたフラッシュモブの喧騒に紛れ、俺たちは誰一人欠けることなく、アジトである洋館への生還を果たした。


★★★★★★★★★★★


「……痛っ! ちょっとグレタ、わざと強くテーピング巻いてない?」

「文句を言わない。肋骨のヒビが悪化してるじゃない。あんたみたいな学習能力のない単細胞には、少し痛いくらいがちょうどいいのよ」


 アジトのリビングで、ボスの青木裕里子は、白衣姿のグレタから容赦のない応急処置を受けていた。

 裕里子の顔には疲労の色が濃いが、その瞳の奥には、俺たちに救出されたことに対する複雑な安堵の光が揺れている。


「サトル、あんたたち……馬鹿じゃないの」


 裕里子は、俺とメンバーたちをぐるりと見渡して、呆れたように溜め息をついた。


「自分たちに戦闘力がないことくらい分かってるでしょう? EMPなんていう不確定要素に命を預けて、敵の総本山に突っ込んでくるなんて……本当に死ぬわよ」

「俺は、依頼人として退職代行の依頼をしただけです。……結果には満足していますよ、社長」


 俺がニヤリと笑って答えると、由希さんとくるみさんも「そうね」「最高のチームワークだったわ」と同意するように頷いた。


「ミャウ!」


 足元では、留守番をしていた黒猫のチビが、裕里子の足にスリスリと頭を擦り付けている。お帰り、と言っているようだ。


「……たく。どいつもこいつも、ボスの命令を聞かない不良社員ね」


 裕里子は口では文句を言いながらも、チビの頭を優しく撫でた。


「さて、と」


 俺はエプロンを締め直し、パンと手を叩いた。


「無事の帰還と、最強のボスの奪還を祝って……極上の夜食を作りますよ」

「やったー! サトル・サン、今日のご飯はなに!?」


 アストリッドが両手を挙げて歓喜する。


「今日は、少し奮発しました。とびきりジャンクで、とびきり美味いやつです」


 俺はキッチンに立ち、冷凍庫からとっておきの食材を取り出した。

 数日前の休日に、アメ横の裏路地にある怪しいアジア食材店で安く仕入れておいた、巨大な『マッドクラブ』だ。東南アジアでよく食べられる、身がぎっしり詰まった獰猛な蟹である。


 まずは解凍したマッドクラブを、包丁の背と出刃を使って豪快に解体していく。

 バキッ、メキッという甲殻を叩き割る音が響く。分厚いハサミの部分には、味が染み込みやすく、かつ食べやすいように、あらかじめ深いヒビを入れておく。


 熱した中華鍋に、たっぷりの無塩バターを溶かし込む。

 バターが黄金色に泡立ち始めたら、そこに山盛りのみじん切りニンニクを投入する。ジュワァァァッという音と共に、深夜のアジトに暴力的なまでのニンニクとバターの香りが充満した。


「うわぁ……匂いだけでカロリーの暴力やね……」

「深夜にこれはギルティだわ。でも、抗えない……」


 冬美ちゃんと陽子さんが、キッチンカウンターから身を乗り出してくる。

 ニンニクがきつね色に色づいて香りが最高潮に達したところで、解体した蟹をぶち込む。

 強火で一気に炒め合わせ、蟹の殻が鮮やかな赤色に変わった瞬間、白ワインを回し入れてフランベする。ボワッ!と炎が上がり、アルコールと共に生臭さが吹き飛ぶ。


 少しのオイスターソースと隠し味のナンプラーでコクを足し、最後に粗挽きの黒胡椒をこれでもかと振りかける。

 蓋をして数分蒸し焼きにすれば、プロ顔負けの『バターガーリッククラブ』の完成だ。


「お待たせしました」


 大皿に盛られた蟹の山をダイニングテーブルに置く。

 溶けたバターと蟹の旨味が混ざり合ったソースが、殻にたっぷりと絡みついている。


「そして、この濃厚な蟹に合わせるペアリングは、これです」


 俺は、あらかじめ耐熱ガラスのティーポットで丁寧に抽出しておいたお茶を、ティーカップに注いだ。

 琥珀色の液体から、まるで紅茶か蜂蜜のような、甘く華やかな香りが立ち昇る。


「……紅茶? 蟹に?」

「いえ、台湾茶の『東方美人茶』です」


 いぶかしむ裕里子に、俺は説明した。


「発酵度が高く、紅茶に近い華やかな香りと甘みを持つ烏龍茶の一種です。バターガーリックの強烈な油分とニンニクの刺激を、このお茶の持つスッキリとした渋みが綺麗に洗い流してくれます。そして、お茶の甘みが蟹の身の甘さをさらに際立たせるんです」

「へぇ……いただくわ」


 裕里子が蟹のハサミを手に取り、殻の隙間から白い身を吸い出した。

 彼女の目が、驚きに大きく見開かれる。


「……美味しい。ニンニクとバターのパンチがガツンと来た後に、蟹の濃い旨味が溢れてくる」

「そこでお茶を飲んでみてください」

「……ん。本当ね。口の中の重い脂がスッと消えて、不思議と爽やかな香りが残る。……これなら、いくらでも食べられそうだわ」


 そこからは、カニ料理特有の「全員が無口になって貪る時間」が訪れた。

 殻を割る音と、お茶を啜る音だけが響く。

 疲労困憊だったメンバーたちの顔に、確かな生気が戻っていくのが分かった。


★★★★★★★★★★★


 食後の片付けを終えた俺がダイニングに戻ると、空気は一変していた。

 アストリッドが、いつになく真剣な表情でメインモニターにPCを繋いでいる。


「……サトル・サン。みんな。聞いて」


 アストリッドはキーボードを叩き、モニターに数枚の複雑なフローチャートと、暗号化された文書の解析結果を映し出した。


「ボスを助け出す直前、私がクロノスの地下サーバーから引っこ抜いた機密データ。……そして、由希サンとくるみサンが海外の金融市場を攪乱した際に得た、金の流れの追跡データ。これを照合して、クロノスの真の目的が分かったよ」


 アストリッドの声が、微かに震えていた。

 俺たちは息を呑んでモニターを見つめる。


「クロノスは、ただの悪徳コンサルタント会社じゃない。彼らが今まで、様々なブラック企業を『実験場』にして集めていたデータ。それは、人間を極限のストレス下において洗脳し、完全に支配するための『究極の人間破壊マニュアル』だった」


「……ええ。それは薄々気づいていたわ。でも、何のために?」


 由希さんが腕を組み、冷ややかに問う。


「納品するためだよ。……ある『クライアント』にね」


 モニターの画面が切り替わり、一つの巨大な組織図が表示された。

 その頂点に位置する名前を見て、俺は自分の目を疑った。


「なっ……これ、嘘だろ……?」

「嘘じゃない。クロノスの最大のパトロンであり、この非人道的なマニュアルの最終納品先は……『霞が関』。政府の特定省庁だよ」


 沈黙が落ちた。


「国家、プロジェクト……?」


 くるみさんが、珍しく眉をひそめて呟く。


「名目は『究極の労働生産性向上プログラム』。でも実態は、国家公務員や、国家の重要プロジェクトに関わる末端の労働者たちを、合法的に使い潰すためのシステムだ」


 アストリッドの言葉に、俺の背筋に冷たい汗が伝った。

 ブラック企業の枠を超えている。

 国が、労働者を「部品」として処理しようとしているのだ。


 俺はゴクリと唾を飲み込んだ。


「……おいおい、嘘だろ。相手は『国』ってことか? そんなの、俺たちみたいな裏の代行屋が手を出していいレベルじゃない。……間違いなく、公安か何かに消されるぞ」


 俺の真っ当な、一般人としての恐怖。

 しかし、誰もそれに同調しなかった。


「……胸糞悪い話ね」


 裕里子が、冷たく吐き捨てた。


「私を育てた連中は、昔から人間の心を何とも思っていなかった。でも、まさか国家と結託して、この国の労働者全員を私と同じ『感情のない兵器』にしようとしているなんてね」


 相手は、一企業ではない。国家の裏側に巣食う巨大な闇だ。

 法で裁くことも、マスコミにリークすることも、容易ではないだろう。もみ消されるのがオチだ。


 俺の足が微かに震える。逃げ出したいという生存本能が警鐘を鳴らしていた。


「……どうする? 相手はデカすぎるわよ」


 陽子さんが、扇子で口元を隠しながら周囲を見回した。

 だが、その声に恐怖はなかった。むしろ、大きな舞台を前にした女優のようなどこか楽しげな響きがあった。


「決まってるでしょ」


 裕里子が、ゆっくりと立ち上がった。

 彼女は、コルセットの上からレザージャケットを羽織り、俺たち全員の顔を真っ直ぐに見据えた。


「国家規模のブラック労働だろうと、私たちが『退職』させてやるわ。……あいつらの腐ったプロジェクト、この手で完全に叩き潰す」


 裕里子の宣言に、由希さんが不敵に笑って六法全書を撫でた。くるみさんが聖母の笑みで「経費の計算が大変そうね」と呟く。

 冬美ちゃんが木刀を素振りし、グレタが危険な色の薬品を揺らす。

 アストリッドが、決意のこもった瞳でキーボードに手を置いた。


 全員の迷いのない目を見て、俺の足の震えはいつの間にか止まっていた。


 ……ああ、そうだった。この人たちは、イカれているんだった。


 国が相手だろうが何だろうが、辞めたい労働者がいて、ムカつくブラック組織があるなら、徹底的に叩き潰す。

 俺は、深く、長く息を吐き出した。そして、震えていた両手で自分の頬をパチンと叩く。


「遠藤くん。貴方も、覚悟はできているわね?」


 由希さんが、俺の方を向いて尋ねる。


「……ここまで来たら、もう一蓮托生ですよ。俺はミッドナイト・エグジットの総務部長ですから。どんな巨大な敵でも、最後には俺が完璧な『請求書』を作って見せます」


 俺の言葉に、全員が力強く頷いた。

 足元でチビが「ミャウ!」と鳴く。


 史上最大の作戦会議。

 ターゲットは「クロノス」、そして国家の闇。

 理不尽に虐げられるすべての労働者を救うため、俺たちの最後の戦いが、今、静かに幕を開けた。

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