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社畜の俺、伝説の元スパイと「深夜0時の退職代行」始めます。~ブラック企業からヤクザの組まで、物理と法律で「円満退社」させます~  作者: 伊達ジン
【第3章】 過去からの亡霊

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第32話 再集結

 決戦を控えたその日の午後。

 俺は、六本木の高級セレクトショップが立ち並ぶエリアで、三浦陽子さんと一緒にいた。

 ボスの青木裕里子が単身でクロノスの本拠地に乗り込み、俺たちが彼女の「退職代行」を決意してから数時間後。それぞれのメンバーが今夜の作戦に向けた準備に奔走する中、俺は陽子さんの「衣装調達」という名目で、強引に街へ連れ出されていたのだ。


「サトル! このドレスはどうかしら? スパンコールが少し派手すぎる?」


 試着室から現れた陽子さんは、燃えるような真紅のイブニングドレスを身に纏っていた。深いスリットが入り、彼女のグラマラスなプロポーションをこれでもかと強調している。


「すごくお似合いですが……陽子さん、今夜はクロノスというマフィア顔負けの暗殺組織の本拠地にカチコミをかけるんですよ? そんな動きにくそうなドレスで大丈夫なんですか」

「あら、分かってないわね」


 陽子さんは呆れたように溜め息をつき、俺のネクタイをクイッと引っ張った。


「ヒロインが魔王の城に囚われているのよ? 助けに行くなら、私たちはそれに相応しい『最高の舞台衣装』を着なきゃダメ。……それに、私の役目は敵の目を釘付けにすること。派手であればあるほど、あんたが本命のルートから突入しやすくなるのよ」

「……俺を裏口から通すための、陽動ですか」

「ええ。だから自信を持ちなさい、サトル」


 陽子さんは至近距離で、俺の目を真っ直ぐに見つめた。

 彼女の大きな瞳の奥には、いつもの大げさな演技ではない、本気の励ましの光があった。


「あんたは今夜、囚われのお姫様を助けに行くナイトなんだから。シャキッと背筋を伸ばして、最高の結末をもぎ取ってきなさい。……私たちが、全力でその道を切り開いてあげるから」

「陽子さん……」


 俺の心にあった不安の塊が、彼女の熱い言葉で少しずつ溶けていくのが分かった。

 そうだ。最強の武闘派である裕里子がいない今、現場で最後に動けるのは俺しかいない。

 俺がビビっていてどうする。


「……分かりました。今夜は、最高の舞台にしてみせますよ」

「ふふっ、その意気よ! じゃあ、このドレスお買い上げ! もちろん領収書は『くるみ様』宛でね!」

「後で俺が怒られるやつじゃないですか……」


 俺たちは束の間のデートを終え、急いでアジトへと帰還した。


★★★★★★★★★★★


 午後8時。アジトのリビング。

 メインモニターの前には、メンバー全員が集結していた。

 俺はテーブルの中央に立ち、全員の顔を見回した。


「これより、対象者・青木裕里子の退職代行作戦の最終ブリーフィングを行います」


 俺の言葉に、由希さん、くるみさん、グレタ、陽子さん、冬美ちゃん、そしてアストリッドが真剣な表情で頷いた。

 俺が指示を出すなんて、数日前までなら考えられなかったことだ。だが、今は俺が依頼人であり、この作戦の責任者だ。


「アストリッド、敵の基地の構造と、裕里子さんの現在位置は特定できたか?」

「アイアイサー! ボスのアクセスログから割り出した港区のダミー会社ビル。そこの設計図をゼネコンのサーバーから引っこ抜いたよん」


 アストリッドがキーボードを叩くと、モニターに高層ビルの3Dマップが表示された。


「表向きは地上40階建てのオフィスビルだけど、地下に隠されたフロアが3層ある。地下3階は、電波も完全に遮断された『特別実験区画』。……おそらく、ボスはそこに囚われてる」

「地下3階ね。警備の状況は?」

「生体認証付きのゲートが5つ。それに、パワードスーツを装備した『処理班』が常駐してるはずだよ」


 正面から突破するのは不可能だ。

 だからこそ、俺たちのチームワークが必要になる。


「由希さん、くるみさん。例の準備は?」

「ええ。抜かりはないわ」


 由希さんが六法全書を片手に冷たく笑う。


「『クロノス』のダミー会社が運用している海外ファンドを狙うわ。時差を利用して、現在取引時間中のニューヨークやロンドンの機関投資家たちに、彼らの粉飾決算と違法行為の決定的な証拠を一斉送信した。今頃、向こうのAI取引が異常を検知して、クロノス関連の株や資金がナイアガラの滝みたいに暴落し始めているはずよ」

「同時に、彼らのVIP顧客のリストを、海外の有力メディアのリーク窓口にも流しておきましたわ。……今夜0時、クロノスの上層部は、海外からの怒涛のクレームと資金ショートの対応で、大パニックに陥るはずよ」


 くるみさんが聖母の微笑みで恐ろしいことを言う。

 日本が深夜であっても、世界は動いている。そこを突いた完璧な陽動だ。


「冬美ちゃん、グレタさんは?」

「ウチは隣のビルからワイヤーで屋上に潜入して、空調システムをジャックするけん! そこからグレタさんの特製ガスを流し込むんよ!」


 特攻服から黒いタクティカルスーツに着替えた冬美ちゃんが、自信満々に親指を立てる。


「ガスといっても、今回は殺傷力はないわ。急激な催眠効果と、幻覚作用を引き起こすハーブのブレンドよ。……警備員たちは、お花畑を歩きながら眠りにつくことになるわね」


 グレタが試験管を揺らしながら淡々と補足した。


「そして陽子さん」

「ええ! 私が正面玄関からリムジンで乗り込んで、最高のフラッシュモブを起こしてあげるわ! 地下の警備員も全員、1階のロビーに引きつけてみせる!」


 完璧な布陣だ。

 俺たち全員の力が合わされば、どんな強固な要塞だって突破できる。


「皆さんの力で敵の注意と警備網が完全に散った隙に……俺が、アストリッドのハッキングで開けた裏口の搬入用エレベーターから、地下3階へ直行します」

「サトル・サン、これ持ってって!」


 アストリッドが、手のひらサイズの黒いデバイスを俺に投げ渡した。


「地下3階は電波が届かないから、私からのハッキング支援はできない。もし『処理班』が出たら、そのスイッチを押して! 半径5メートル以内の電子機器を焼き切る、特製の小型EMP発生装置だよん!」

「ありがとう。心強いよ」


 俺は、アタッシュケースに入れた『ダマスカス鋼の退職届』と、EMP装置をしっかりと握り締めた。


「……頼んだわよ、遠藤くん。あの馬鹿なボスを、絶対に連れ戻してきなさい」


 由希さんの言葉に、全員が力強く頷いた。

 足元で、チビが「ミャウ!」と出陣の号砲のような鳴き声を上げた。

 時刻は午後11時。

 いざ、奪還の時だ。


★★★★★★★★★★★


 深夜0時00分。

 港区の高層ビル街に、突如としてけたたましいクラクションの音が鳴り響いた。


「ハロー、トーキョー! 夜はこれからよー!」


 クロノスのダミー会社が入るビルの正面玄関に、真っ白な超ロングリムジンが横付けされた。

 そこから降り立ったのは、真紅のイブニングドレスに身を包んだ三浦陽子さんだ。彼女の背後からは、雇われた数十人のエキストラが次々と現れ、大音量の音楽と共にゲリラライブを始めやがった。


「な、なんだお前らは!? ここは私有地だぞ!」


 慌てて飛び出してきた黒服の警備員たちが、陽子さんを取り囲もうとする。


「私有地? ここは私が今夜買い取ったダンスフロアよ! さあ、一緒に踊りましょう!」


 陽子さんの圧倒的な声量とオーラに、警備員たちは完全にペースを乱されていた。

 その混乱の最中。


『サトル・サン! 第一ゲートのセキュリティ、ダウンさせた! 今だよ!』


 アストリッドの通信を合図に、俺はビルの裏側に位置する地下搬入口のシャッターをくぐり抜けた。

 内部は薄暗く、ひんやりとした空気が漂っている。

 本来ならここにも厳重な警備がいるはずだが、フロアのあちこちで黒服の男たちが、幸せそうな顔をして床に倒れていた。

 空調から微かに香る、甘いハーブの匂い。冬美ちゃんとグレタの催眠ガスが完璧に効いている。


 俺は眠る男たちを跨ぎ、地下へ向かう専用の貨物エレベーターに乗り込んだ。


『サトル先輩! 上の階はパニックやで! くるみさんと由希さんの攻撃で、役員連中が電話片手に走り回っとる!』

「了解。そのまま攪乱を続けてくれ」


 エレベーターが、地下の深くへと沈んでいく。

 B1、B2、そしてB3。

 チン、と冷たい音がして、分厚い鋼鉄の扉が開いた。


 そこは、殺風景な白い壁に覆われた、巨大な実験施設のような空間だった。

 ガラス張りのモニタールームが並び、様々な計測機器が設置されている。ここが、人を壊れるまで使う「人間破壊マニュアル」の研究施設か。

 インカムからは、すでに「ザーッ」というノイズしか聞こえない。事前の情報通り、電波が完全に遮断されているのだ。


 奥へ進むと、一番大きなガラス張りの部屋があった。

 そこには、一台の無骨な椅子が置かれ、一人の女性が手錠で拘束されていた。

 血と泥で汚れた黒いレザージャケット。力なく項垂れた顔。

 間違いない。


「……裕里子さん!」


 俺がガラスを叩こうとした、その時だった。


「……ようこそ。歓迎するよ、名もなきナイト君」


 背後の闇から、ぬらりと一人の男が現れた。

 プラチナシルバーの髪を撫で付けた、初老の西洋人。昨日、アストリッドが復号化したビデオメッセージに映っていた、クロノスの幹部だ。


「お前らのような羽虫が何匹束になろうと、この地下要塞の壁は破れないと思っていたが……まさか、海外の市場を巻き込んだ株価操作にサイバー攻撃、そしてあんな馬鹿げた陽動で正面突破してくるとはね。予想外のエラーだ」


 男は薄気味悪い笑みを浮かべ、指を鳴らした。

 ズシン、ズシン。

 暗がりから、二体の巨影が姿を現す。

 あのパワードスーツを装備した「処理班」だ。それが、二体。


「だが、エラーはここで修正させてもらう。……No.07の目の前で、彼女の『新しい飼い主』がミンチになる姿を見せてやるのが、最高の再教育になりそうだ」


 巨漢たちが、鈍く光る鋼鉄の拳を振り上げ、俺に迫ってくる。

 絶体絶命の危機。

 だが、俺の足は一歩も後ろに引かなかった。

 俺の右手には、最強の「退職届」が握られている。


「……サ、サトル……逃げなさい……!」


 ガラスの向こうで、顔を上げた裕里子が、掠れた声で叫んだ。


「逃げませんよ、裕里子さん」


 俺はアタッシュケースから、ダマスカス鋼の金属板を取り出した。

 溶接の跡が残る、不格好な退職届。

 だが、今の俺たちにとっては、これが希望の剣だ。


「俺は、あんたの退職代行に来たんだ。……さあ、残業時間は終わりです。一緒に帰りましょう」


 俺は巨漢たちを真っ直ぐに睨み据え、ポケットに忍ばせていたアストリッド特製の「小型EMP発生装置」のスイッチを、力強く押し込んだ。


 バチィィィンッ!!


 青白い火花が散り、目に見えない強烈な電磁パルスが地下空間を駆け抜けた。

 最終決戦の火蓋が、今、切って落とされた。

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