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社畜の俺、伝説の元スパイと「深夜0時の退職代行」始めます。~ブラック企業からヤクザの組まで、物理と法律で「円満退社」させます~  作者: 伊達ジン
【第3章】 過去からの亡霊

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第21話 依頼人はヤクザの組長

 「サトル・サーン! こっちこっち! 早くー!」

 「待って、重い……! このマザーボード、鉄の塊か何かですか!?」


 休日の秋葉原。

 電気街の喧騒と、メイドたちの「いってらっしゃいませ」という声が飛び交うジャンク通りで、俺、遠藤悟は絶望的な重さの紙袋を両手に抱えて喘いでいた。

 前を軽快な足取りで歩いているのは、金髪にピンクのゲーミングパーカーという派手な出で立ちの天才ハッカー、アストリッドだ。


「サトル・サンとのデート、原宿以来で2回目だね! 今日は私のアナザースカイであるアキバを、たっぷり案内してあげるからね!」

「案内って……さっきから路地裏の怪しい電子部品屋しか回ってないじゃないですか」


 アストリッドはニシシと笑い、俺の背中をバンバンと叩いた。


「ハッカーにとって、アキバのジャンクパーツは宝の山だよん! これでアジトのサーバーをさらに魔改造できるわ! ……あ、サトル・サン、疲れた? じゃあ、あそこのメイドカフェで休憩しよっか!」

「えっ、俺、三十路なんですけど! メイドカフェなんてハードルが……!」


 抵抗する間もなく、俺はアストリッドに腕を引かれ、ピンク色のネオンが輝く地下の店舗へと連れ込まれた。


「お帰りなさいませ、ご主人様、お嬢様!」


 フリフリのエプロンドレスを着たメイドさんが、満面の笑みで迎えてくれる。

 俺の顔から一気に火が出るのが分かった。対照的に、アストリッドはノリノリだ。


「ただいまー! メイドさん、一番カワイイオムライスお願い! ケチャップでお絵かきして!」

「かしこまりましたぁ! ご主人様も、お絵かきでよろしいですか?」

「あ、いや、俺は普通のコーヒーで……」

「ダメだよサトル・サン! ここでは恥ずかしがっちゃ! ほら、美味しくなる魔法、一緒にやるよ!」


 数分後。

 俺はケチャップで「サトル♡」と書かれたオムライスを前に、メイドさんとアストリッドに合わせて両手でハートマークを作っていた。


「もえもえ〜、キュンッ!」

「……もえもえ、きゅ、きゅん……」


 死にたい。

 いや、ブラック企業で過労死しかけていた頃に比べれば、天国のような苦しみだ。

 アストリッドはそんな俺の様子を見て、お腹を抱えて笑っている。


「アハハハ! サトル・サン、顔真っ赤! 超カワイイ!」

「……笑わないでくださいよ。これでも頑張って適応しようとしてるんですから」

「ウン、知ってる。サトル・サンは、いつも私たちの無茶振りに付き合ってくれるもんね」


 アストリッドはオムライスをスプーンで掬いながら、ふと真面目な顔になった。


「私ね、ノルウェーから日本に来て、ボスのところに転がり込んだ時……すごく孤独だったの。ハッキングの腕はあっても、日本の生活には馴染めなくて」

「アストリッド……」

「でも、サトル・サンが来てから、アジトが『お家』みたいになった。毎日美味しいご飯があって、くだらないことで怒ってくれる人がいて。……私、今の『ファミリー』が、大好きなんだ」


 彼女の碧い瞳が、まっすぐに俺を見つめる。

 その純粋な言葉に、さっきまでの羞恥心がスッと消えていくのを感じた。


「……俺もだよ。あんなブラックな環境から救い出してもらって、今は……悪くないと思ってる」


 俺が素直に答えると、アストリッドは満面の笑みを浮かべ、俺のオムライスからケチャップのハートの部分をすくい取って食べてしまった。


「ああっ! 俺のハートが!」

「油断大敵だよん! さあ、エネルギー補給完了! 次はUFOキャッチャーでネコ用のぬいぐるみを取るよ!」


 彼女のペースに振り回されながらも、俺は久しぶりの「平和な休日」を噛み締めていた。


 ……そう、この数時間後までは、確かに平和だったのだ。


 夕方。

 大量のパーツとぬいぐるみを抱えてアジトに帰還すると、どうも空気がおかしかった。

 玄関には、見慣れない高級な革靴が揃えて置かれている。

 俺がチビの頭を撫でながら応接室を覗くと、そこには息の詰まるような重い空気が漂っていた。


 ボスの裕里子、弁護士の由希さん、そして経理のくるみさん。

 三人の「大人組」が、ソファに座って一人の男と対峙していた。

 裕里子は先日の戦闘で負った肋骨の亀裂骨折がまだ治っておらず、服の下には分厚いコルセットを巻いているはずだが、その眼光の鋭さは少しも衰えていなかった。


 対面に座っているのは、初老の男だった。

 仕立てのいいダブルのスーツ。白髪混じりのオールバック。そして、頬から首筋にかけて、隠しきれない刃物の傷跡が走っている。

 どう見ても、カタギではない。圧倒的な「修羅場を潜り抜けてきた者」特有の威圧感がある。

 しかし、その男の背中は、どこか小さく丸まり、憔悴しきっているように見えた。


「……で? もう一度聞くけど」


 裕里子が、冷ややかな声で口火を切った。


「あんた、うちの組織に、何の用?」

「……お恥ずかしい話ですが」


 男は、ドスの利いた、しかし力のない声で言った。


「ワシを……極道から『退職』させてほしいんじゃ」


「「「…………は?」」」


 俺は持っていた紙袋を落としそうになった。

 極道? ヤクザ? そこから退職!?


「あ、あの! ちょっと待ってください!」


 俺はたまらず応接室に駆け込んだ。


「反社会的勢力からの依頼なんて、絶対にマズいです! コンプラ的にアウトですよ!」

「あら、遠藤くん。お帰りなさい」


 くるみさんが振り返り、聖母の微笑みを浮かべる。


「ご紹介するわ。こちら、『関東大江戸会』の組長、竜崎さんよ」

「く、組長ォォォ!?」


 俺は腰を抜かしそうになった。下っ端の構成員ではなく、トップの組長自ら「辞めたい」と言いに来たというのか。


「……ワシも、もうすぐ古希でのう。若い頃は血の気も多かったが、最近はシノギのIT化やコンプライアンス遵守の波についていけんでな。田舎に引っ込んで、孫の顔でも見ながら盆栽でもいじりたいんじゃ」


 竜崎組長は、遠い目をしながら語った。

 ヤクザの組長から「IT化」や「コンプライアンス」という言葉が出る時代なのか。


「なら、引退すればいいじゃないですか。組長なんでしょ?」


 俺が言うと、竜崎組長の顔が険しくなった。


「そう簡単にいかんのじゃ。……問題は、ワシの右腕である若頭の『京極』じゃ」

「京極?」

「ああ。昔気質の武闘派でな。ワシが『引退して組を解散する』と伝えたら、奴は猛反対しおった。それどころか、『親父がどうしても辞めるというなら、杯を返す代償として、親父の命と、全財産を置いていってもらいます』と脅してきおったんじゃ」


 ヤクザの引退。

 それは一般企業の退職とはワケが違う。

 辞めればただの「無防備な老人」になる。武闘派の若頭にとっては、組長の資産を奪い、組織を乗っ取る絶好のチャンスなのだ。


「警察には相談できないの?」


 裕里子が尋ねる。


「できん。ワシが警察に駆け込めば、報復として家族が狙われる。京極はそういう男じゃ」


 竜崎組長は深く頭を下げた。


「頼む。ワシの命はどうなってもええ。だが、家族だけは守りたい。あんたらの噂は、裏社会の人間から聞いておる。どんなブラックな組織からも、必ず抜け出させてくれる『退職代行屋』がおると。……なんとか、ワシを円満に『引退』させてくれんか」


 ヤクザの組長が、俺たちに頭を下げている。

 シュールすぎる光景だが、事態は深刻だ。


「……お断りします」


 俺は毅然と言った。


「俺たちは、ブラック企業で苦しむ労働者を救うのが仕事です。ヤクザの内部抗争に首を突っ込めば、俺たちの命が危ない。絶対にお断り――」

「あら、遠藤くん。そう結論を急がないで」


 俺の言葉を遮ったのは、由希さんだった。

 彼女はメガネのブリッジを押し上げ、不敵な笑みを浮かべた。


「暴対法や暴排条例の観点からも、反社会的勢力からの『離脱支援』は、弁護士の立派な業務よ。法的な正義は、こちらにあるわ」

「由希さん!? 正気ですか!? 相手は本職のヤクザですよ! チャカとか持ってますって!」

「それに」


 今度は、くるみさんがバインダーを開きながら口を挟む。


「竜崎組長。……引退の暁には、報酬は『組の裏金庫』からたっぷり頂けるということでよろしいかしら?」

「うむ。京極に奪われるくらいなら、あんたらに全額くれてやる。好きに使ってくれ」

「素晴らしいわ。我が『ミッドナイト・エグジット』の財務状況も、これで一気に潤いますね。……遠藤くんの借金も、チャラにしてあげてもいいわよ?」

「えっ!? 借金ゼロ!?」


 俺の心が、激しく揺れ動く。

 680万の借金が消える。それはあまりにも魅力的な提案だ。

 だが、命と引き換えにするわけにはいかない。


「ボ、ボス! 裕里子さんからも言ってやってください! いくらなんでも危険すぎ……それに裕里子さん、まだ肋骨折れてるじゃないですか!」

「そうね」


 裕里子は、コルセットを巻いた腹部を軽くさすりながら、冷たい笑みを浮かべた。


「普通のブラック企業の社長相手じゃ、最近少し物足りなかったのよね。……ヤクザ? 上等じゃない。この前のゴリラにやられたこの鬱憤、その武闘派の若頭とかいう奴で晴らさせてもらうわ。……ちょっと、イタッ」

「肋骨に響いてるじゃないですかァァァ! 大人しくしててくださいよ!」


 俺の絶叫は、アジトの天井に虚しく吸い込まれていった。

 さらに、買い物を終えて帰ってきたアストリッドと、いつの間にか起きていた冬美ちゃんとグレタも話に食いつく。


「ヤクザの事務所潜入!? マジ!? ウチ、『極道の妻たち』のコスプレして行っていい!?」

「冬美、遊んでる場合じゃないわよ。……でも、防犯カメラのハッキングなら任せて! 組のネットワーク、穴だらけにしてやる!」

「グレタさん! 止めてくださいよ!」

「……銃創の治療なら任せなさい。人間の体内から鉛玉を取り出すオペ、一度麻酔なしでやってみたかったのよね」


 誰も止める気がない。

 全員の目が、「新しいオモチャ」を見つけた子供のように輝いている。


「あー……もう、どうなっても知りませんからね!」


 俺は頭を抱え、その場にしゃがみ込んだ。

 ヤクザの組長からの「退職代行」。

 ミッドナイト・エグジット史上、最も危険で、最もイカれた作戦が、今、動き出そうとしていた。

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