咲耶とクルードの好物
「師匠〜、まだ帰らないのか?」
夕陽が地平線へ姿を隠そうとする頃、ドゥーロは日課になっているカンザールの迎えにきていた。
クルクリの街の夜は暗い。地球と違って、外灯という概念がなく、家々から漏れる明かりを頼りに夜道を歩く人々。
いや、世界樹がまだ力を持っていた頃は、世界樹がほのかに放つ光で、魔物が近寄って来る事ない安全な街であったのだ。
「ドゥーロか。私の迎えは必要ないと言っただろう。それよりも、樹々の世話の方はどうだ?」
「そっちは大丈夫だよ。虫が寄り付かない、強く元気な樹に成長してるよ!」
胸を張って自分の成果を報告するドゥーロ。咲耶と最初に会った頃とは見違えるように成長し始めていた。
以前は子供っぽく、直ぐに仕事を投げ出し遊びや雲隠れをしていたドゥーロ。今はーー
「師匠の言い付け通りに、樹々の世話して魔法の練習もやってきたよ。なぁ、ハヤテ?」
「カァー」
ドゥーロの問いに、肩に止まっていたハヤテも、コクコクと頷く。
「それならば良い。クルード殿、今日の所はこの位にして、咲耶様達の元に戻りませんかな?」
「そうじゃなぁ……、後少しという所まで来とるんじゃがなぁ。まあ、明日の楽しみとしておこうかの」
「そうですとも、それよりも今宵はどの様な食事が出てくるのですかな〜、今から楽しみで仕方がありませんぞ」
咲耶の仲間に加入してから、カンザールは今まで味わった事のない食事を摂っていた。
出されるもの全てが美味で、幾らでも食べれる程だ。そして止めが、咲耶が作るお菓子達だ。とても甘く優しい気持ちになるお茶とお菓子のハーモニーは、疲れていた身体を簡単に癒してくれる万能薬だ。
まあ、咲耶が魔力を込めて作ったりしているから、当然なのだが……
「ドゥーロよ、今日の献立は何か聞いておるかな?」
「えっと……、確か、すき焼きって聞いた事のないメニューだったけど?」
「すき焼き?」
ドゥーロ達2人の会話が、作業場を片付けていたクルードの耳に届く。ドゥーロがメニューを言った後、片付けなどそっちのけで慌てて2人の元にやって来たクルード。
「それは本当か?」
「うん。クロガネも手伝って、咲耶が色々用意してたよ。なぁ?」
「カァー」
ドゥーロの優しく撫でる手に、気持ち良さげにハヤテが鳴く。
「何ということじゃ……。そうと聞いては、こんな所にジッとしておられん。早く戻るぞ、カンザール。」
「クルード殿?」
目の輝きが何時と違うクルードに、驚くカンザール。
「すき焼き。良い響きじゃ〜。ワシの大好物なんじゃよ。アレをつまみに、酒が進む事この上ない。本当に幸せな時間じゃ〜!」
こうしては居れんと、クルードはカンザールを連れて急いで帰宅するのであった。
クルードをここまで虜にする「すき焼き」とは、一体どの様なものなのか、俄然興味を惹かれる2人であった。




