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転生した名もなき侍は今日も静かに村を守る  作者: morino
第三章 スタンピードと露見
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第四十五話 灰になった足跡


翌朝、一行は発たなかった。


エルネスタが、村へ入る前に外縁を一度見ておきたいと言い出したからだ。ソラは面倒そうな顔をしたが、「奥へ入る前に、外側を知らねぇと死ぬわよ」と言われて、渋々従った。


案内を頼まれた。ジンは、受けた。


フィオナが「あたしも行く」と言い、リゼが「おにいちゃん、気をつけて」と言い、シャルロッテが「必ず、見たものを教えてくださいまし」と言った。


森へ入ったのは、六人だった。



沢の上流まで、半日かかった。


ジンは、ときどき足を止めて、地面を見た。


「静かですね」


アリシアが、そう言った。


「はい」


「鳥が、いません」


「気づかれましたか」


「……いえ。あなたが、さっきから上を見ないので」


ジンは、少しだけアリシアを見た。


この騎士は、見ている。



沢の縁で、それを見つけた。


砂の上に、足跡があった。


「ゴブリンだ」


ソラが、覗き込んだ。


「何匹くらい? 十くらい?」


「十二です」


「よく分かんな」


「並んでいるので」


ジンは、しゃがんだ。


「一列です。間隔が一定で、方向が同じ。……歩幅も、揃っている」


「それが、どうかしたの」


エルネスタが訊いた。


「魔物は、こう歩きません」


ジンは言った。


「群れで動くものでも、先頭が速く、後ろが遅れます。餌があれば逸れます。……この足跡には、逸れた跡が一つもない」


エルネスタが、杖を突いて近づいてきた。


そして、しばらく足跡を見て、顔を上げた。


「……行進ね、これ」


「はい」


もう少し上流で、開けた場所に出た。


そこの地面が、円く踏み固められていた。


中央に、何かを引きずった跡がある。幅は人の背丈ほど。深く、まっすぐ、東へ続いていた。


「重いものを、二人か三人で引いています」


ジンは、その跡に沿って歩いた。


「輪の跡がない。車ではありません。……橇か、そうでなければ、そのまま地面を引きずったか」


「そんな魔法、聞いたことないわ」


エルネスタが言った。


「魔物を並べて歩かせる術者なんて、教国にも王国にもいない」


「……術者、とは限りませんわ」


リディアが、静かに言った。


初めて口を開いた声だった。



そこで、風が変わった。


ジンは、動きを止めた。


沢の下流から、匂いが上がってくる。獣の匂いだ。近い。


「下がってください」


「え?」


「七匹。沢沿いに来ています」


ジンは、静かに言った。


「散らないでください。岩の陰へ。……ソラさん、あなたは一番後ろへ」


「なんで俺が後ろなんだよ」


「ここは狭い。火を出せば、俺たちも燃えます」


木立の間から、影が出てきた。


七匹。


そして——散らなかった。


密集したまま、まっすぐ、こちらへ歩いてきた。


「……揃ってる」


アリシアが、剣を抜いた。


ジンは、沢の縁へ足を送った。石の多い方へ。足場の悪い方へ。


そこで崩す。一匹ずつにする。順番に処理する。


そのために、二歩、下がった。



熱が、背中を打った。


ジンが振り向くより早く、光が前方を白く塗り潰した。


炎が、沢を舐めた。


七匹が、一斉に燃えた。声も上げなかった。密集していたぶん、まとめて。


木の下枝が焦げ、砂が焼けて跳ね、水が音を立てて蒸けた。


そして、終わった。


十を数えるほどの、あいだのことだった。


「……よし」


ソラが、手を下ろした。


「な? 早ぇだろ。……これでレベル上がったかな」


アリシアが、剣を構えたまま固まっていた。フィオナは、火を出す手を上げたまま、それを下ろせずにいた。


七匹は、灰になっていた。


技として、それは正しかった。ジンが三人がかりで一匹ずつ処理するはずだったものが、一瞬で片付いた。


誰も、怪我をしていなかった。



ジンは、焼けた地面へ歩いた。


しゃがんで、灰に手を入れた。


熱かった。


「跡が、消えました」


「あ?」


「証拠です」


ジンは、言った。


「あれが何に引かれてきたのか、分かるはずだった。……足跡も、引きずった跡も、焼けました」


ソラは、その言葉の意味を、しばらく量っている顔をした。


それから、肩をすくめた。


「いや、倒したじゃねぇか。俺が」


「はい。倒しました」


ジンは、それ以上、言わなかった。


灰を掻いた。


指に、硬いものが当たった。


引き出すと、鉄の破片だった。指の長さほど。焼けて黒くなっているが、切り口が新しい。鍛冶の手が入ったものだ。


用途は、分からなかった。


ジンは、それを懐に入れた。



戻り道、一行は口数が少なかった。


ソラだけが、先を歩いていた。上機嫌だった。


「なあ、こんな感じでいいんだろ。奥のボスも、これで焼けば済むって」


誰も答えなかった。


エルネスタが、遅れてジンの横に並んだ。杖の音が、二人ぶんになった。


「……すみませんね」


「いえ」


「ああいうのなんですよ、うちの勇者」


「はい」


「怒らないの?」


ジンは、灰のついた指を見た。


「怒っても、灰は戻りません」


エルネスタが、ふん、と鼻を鳴らした。


しばらく歩いて、彼女はこう言った。


「あのね。私、あれと二年一緒にいるんだけど」


「はい」


「あれがいなけりゃ、私たち、三回死んでる」


エルネスタは、前を行く白い背中を見ていた。


「三回よ。……北の峠と、川と、砦の地下。全部、あの子が突っ込んで、全部、なんとかなった。誰も死ななかった」


「……」


「だから、文句が言えないの」


杖の先が、木の根を叩いた。


「腹は立つのよ。毎日ね。でも、あの子がいなけりゃ、私たちは今ここにいない。……それを知ってて文句を言うほど、私も若くないわ」


ジンは、うなずいた。


うなずくしか、なかった。



森を出て、村の柵が見えたところで、アリシアが早足で追いついてきた。


「あの、ジン殿」


「はい」


「一つ、お願いがあります」


アリシアは、そこで立ち止まり、深く頭を下げた。


「教えてください」


「何をですか」


「あなたが、さっき七匹に気づいた時、何を見ていたのかを」


顔を上げたアリシアの目は、真剣だった。


「私は、剣は八年やっています。受けて、いなして、返すことはできます。……ですが、さっき、私は何も気づきませんでした。風が変わったことも、匂いのことも」


「……」


「私たちは、この先、奥へ行きます。奥では、たぶん、気づけない者から死にます」


ジンは、村の柵を見た。


夕日が、杭の影を長く伸ばしている。柵の内側では、婆さまたちが縄を綯っていた。


「三日だけ」


そう言った。


「三日で、教えられるだけ教えます。……それ以上は、村を空けられません」


「三日で足りますか」


「足りません」


ジンは言った。


「足りませんが、何も知らないよりは、生きて帰れる目が増えます」


「ありがとうございます」


アリシアは、もう一度頭を下げた。


その後ろで、ソラが振り返った。


「なに、稽古すんの?」


「はい」


「ふーん」


ソラは、興味のない顔で、また前を向いた。


「まあ、暇だし、見ててやるよ」

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