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転生した名もなき侍は今日も静かに村を守る  作者: morino
第三章 スタンピードと露見
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第四十四話 メインクエストじゃねぇんだよ


夏の初めに、先触れが来た。


若い騎士が一人、馬で村へ入り、村長の家の前で背筋を伸ばして頭を下げた。銀の甲冑を着ていたが、その甲冑が埃だらけだった。


「三日後、四人でお伺いします。宿をお貸しいただきたいのですが、ご迷惑でしたら野宿でかまいません。……その場合も、井戸だけはお借りできると助かります」


村長が名を訊くと、アリシアと名乗った。


「神聖レミア教国、騎士団の者です」


そして、少しだけ言いよどんでから、続けた。


「……勇者様の、一行です」


村長の杖が、床を突いたまま止まった。



三日後、四人が街道を東から来た。


先頭の少年が、柵を見上げて口笛を吹いた。


「あー、ここ? 序盤エリアじゃん」


黒髪で、目が大きかった。年はジンと変わらないくらいに見える。だが、身につけている物が違った。鎧は白く、汚れ一つない。腰の剣は、柄に細かい文様が彫ってある。


「……いや、悪い意味じゃねぇって」


少年は、そう付け足した。付け足せば済むと思っている言い方だった。


後ろで、アリシアが頭を下げた。


「申し訳ありません」


その隣に、白い法衣の少女。それから、面倒くさそうな顔をした年上の女が一人。杖を突いている。


「歩けよ、エルネスタ。遅ぇって」


「あんたが速いのよ」


女は、そう言い返して、それきり黙った。



村長の家まで、道を案内した。


歩きながら、少年が村を見回した。柵、鳴子の縄、井戸、大菩提樹。ひととおり眺めて、それから言った。


「他に村、なかったし。ここでいいや」


「え、ありましたよ」


アリシアが、小さく言った。


「三つ、通りました。……人がいませんでしたが」


「あー、あった? 廃村だろ。地図に載ってねぇやつ」


「載っていました」


アリシアは、そう答えた。


「……去年の地図には」


少年は、聞いていなかった。もう先を歩いていた。


ジンは、アリシアの顔を見た。


騎士は、目を伏せた。伏せてから、小さく頭を下げて、主人の後を追った。



村長の家で、麦茶が出た。


少年は、正座を三十を数えるうちに崩し、あぐらをかいた。行儀が悪いというより、そういうものを気にしない育ち方をしたらしかった。


「俺、ソラ。……あー、勇者ソラっつったほうが早いか」


村人が、ざわりとした。


土間の隅で、シャルロッテが帳面を落としかけて、拾い直した。顔から血の気が引いている。


「大魔境の調査なんだよ。魔物が変でさ、最近」


「変、とは」


「動きが揃ってんの。普通、魔物ってバラバラに湧くだろ。それが、なんか、一斉に同じ方向に歩いてる」


ジンは、麦茶の椀を置いた。


「押し出されている」


「そうそう、それ。奥から押し出されてんの。で、なんで押し出されてんのかを見に行く」


ソラは、身を乗り出した。


「教国のじいさんが言うには、魔王復活の兆しだって。……まあ、俺は半分くらいしか信じてねぇけど。いるなら倒すし」


「魔王」


「そう。俺、それを倒すために呼ばれたんだよ」


「呼ばれた」


「召喚っての。俺、元は違う世界にいたんだ。……あ、信じてる? 信じてねぇ顔してんな」


「信じています」


ジンは、言った。


信じるも何も、目の前の少年が自分と同じものだということは、顔を見た時から分かっていた。所作ではない。喋り方でもない。もっと単純に、この少年の言葉には、この土地の匂いがしなかった。


「へえ。素直だな、あんた」


ソラは笑って、椀を空にした。



「早く終わらせてぇんだよ。俺、元の世界に帰るから」


「帰れるのですか」


「魔王が持ってんだよ」


ソラは、あっさり言った。


「還りの門っての。教国のじいさんが言ってた。……魔王が守ってっから、倒さねぇと取れねぇんだと」


「それは、確かなのですか」


「聖典に書いてある」


ソラは、二杯目の麦茶に手を伸ばした。


「三百年前から書いてあるってさ。間違いねぇだろ」


ジンは、それ以上訊かなかった。


訊く言葉を、持っていなかった。



「なあ、この辺、強い魔物出る?」


ソラが訊いた。


「できればレベル上げしときてぇんだよ。数こなしとくと後で楽だし」


「春に、大きいのが出ました」


「まじで。どのくらい」


「肩の高さが、俺の倍ほど」


「オーガ級だ」


アリシアが、口を挟んだ。


「討伐されたのですか。どなたが」


「うちの村の者です」


「村の?」


アリシアが、目を丸くした。


「冒険者ではなく?」


「冒険者でもありますが、村の者です」


「どうやって」


「地形で。狭い場所に誘い込みました。腕が振れない場所へ」


「へえ」


ソラは、感心した顔をした。それから、こう続けた。


「でもそれ、たまたま近くにそういう場所があったからだろ」


「二年前から、そのつもりで残していました」


「あ?」


「村へ入る道を潰して、一本に絞りました。その時に、あの隘路だけは潰さずに残しました。……いずれ、大きいのが来た時に、そこへ誘い込むために」


座敷が、静かになった。


「二年」


ソラは、笑った。


「俺なら二日で終わるけど」


誰も、何も言わなかった。


杖を突いた女——エルネスタが、初めてこちらを見た。何も言わなかった。だが、目つきが変わっていた。



昼を過ぎて、ソラは村の中を歩き回った。


柵を蹴り、鳴子を鳴らし、逃げ道の縄を辿って岩場まで登った。子供が十人ばかり、後ろについて回った。


「兄ちゃん、勇者なの!?」


「そうだよ。……ほら、これ見て」


ソラが手を開くと、その上に、火が生まれた。


村の子供が、息を呑んだ。


続いて、水が。風が。土くれが。最後に、白い光が。


一つの手のひらの上で、順に、何事もなく。


「全部使えんの。すげぇだろ」


「すげぇ!」


ソラは、満足そうな顔をした。


ジンは、離れたところから、それを見ていた。


隣にリゼがいた。妹は、その白い光を、じっと見ていた。


リゼが、自分の手のひらを見た。それから、また勇者の手を見た。


何も言わなかった。ジンも、何も言わなかった。



日が傾いた頃、ソラが柵のところへ来た。ジンは、破れた杭を三本、差し替えているところだった。


「なあ」


「はい」


「それ、直すのに何日かかんの」


「十日ほどです」


「十日」


ソラは、腕を組んだ。


「なあ、それさ、意味あんの?」


「……」


「いや、責めてるわけじゃなくてさ。根本の原因は大魔境にあんだろ。魔物が押し出されてんのが問題なんだったら、そっち止めねぇと、いつまでも柵直してることになんねぇ?」


ジンは、杭を突き固めた。


「そうかもしれません」


「だろ」


ソラは、柵を指した。


「俺らが今から行くのは、そこなんだよ。奥まで行って、原因を潰す。そしたら、この村も、他の村も、全部いっぺんに助かる」


そして、こう言った。


「柵の直しなんか、メインクエストじゃねぇんだよ」



ジンは、しばらく黙っていた。


それから、訊いた。


「あなたは、この村に何日いますか」


「あ? 明日には出るけど」


「では、明日の夜、この村に魔物が来たら、誰が止めますか」


ソラの顔から、笑みが消えた。


「……それは」


「あなたが大魔境の奥で原因を潰すのに、何日かかりますか」


「分かんねぇよ。半年か、一年か」


「その一年のあいだに来るものは、誰が止めますか」


ソラは、答えなかった。


「あなたのやり方は、正しいと思います」


ジンは、言った。


「押し出す力を止めなければ、いつまでも終わりません。それは、その通りです。……ですが、あなたが奥へ向かっているあいだ、この村には、明日の夜が来ます」


「……」


「明日の夜に死ぬ人は、一年後に助かっても、生き返りません」


ソラは、口を開いた。


そして、閉じた。


反論を探している顔ではなかった。話が長いと思っている顔だった。


「……まあ、あんたがそれでいいなら、いいんじゃねぇの」


そう言って、背を向けた。



その夜、ジンは、いつも通り森へ出た。


出る時、家の陰に人影があった。ソラだった。


「ついてっていい?」


「危ない」


「俺、これでも勇者なんだけど」


「そういう意味ではありません」


ジンは言った。


「あなたは、火を出せます。光も出せます。……森では、それが一番危ない」


「は?」


「明かりを出せば、こちらの位置が知れます。音を出せば、寄ってきます。……森で必要なのは、見つけないことではなく、見つからないことです」


ソラは、しばらくジンの顔を見ていた。


それから、鼻で笑った。


「見つからねぇようにって、それ、弱いやつの戦い方だろ」


「そうです」


ジンは、そう答えた。


ソラは、何か言い返そうとして、言い返す言葉を見つけられなかったらしかった。


「……変なやつだな、あんた」


そして、家のほうへ戻っていった。


ジンは、門を出た。


森の際まで、いつもの道を歩いた。


歩きながら、一度だけ、後ろを振り返った。


村の灯りが、いくつか点いていた。その中に、今夜だけ、四人ぶんの余分な灯りがあった。

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