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転生した名もなき侍は今日も静かに村を守る  作者: morino
第三章 スタンピードと露見
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第三十八話 三人で一匹


鳴子が鳴ってから、女子供が岩場へ着くまで、七十を数えた。


稽古では、六十だった。夜で、雪が緩んでいて、赤子を抱えた者がいて、七十。


上等だった。


ジンは、村の入り口の櫓——といっても、丸太を三本組んだだけのものだ——に登り、東を見ていた。松明の火が、南の一本道の内側に、六つ。組ごとに固まっている。誰も持ち場を離れていない。


「ジン!」


下から、フィオナの声がした。杖を握って、息を切らしている。


「あたし、どこ行けばいい!」


「一本道の、内側。組の後ろだ」


「戦うよ!」


「灯りを頼む」


フィオナが、口を開けた。


「……灯り?」


「暗いと、三人が揃わない。誰がどこにいるか見えないと、決めた通りに動けない。……お前の火は、二本、こぼさずに保てる」


「三本、出せる」


「なら、三本頼む」


フィオナは、何か言い返そうとして、やめた。杖を握り直し、走っていった。


その後ろ姿を見ながら、ジンは思った。この娘は、たぶん、今日の役目の意味を、あとで分かる。灯りがなければ、村は自分たちの手際で自分たちを傷つける。それを防ぐのは、剣より難しい。



森の際に、最初の影が出た。


一つではなかった。木立の間に、点々と、いくつも。腰の高さのものが多い。その間に、もっと低く、四つ足で走るものが混じっている。


——狼が、混ざっている。


ジンは、櫓を降りた。


柵の外へ出る。背中で、村の門が閉められる音がした。


北へ回り込み、獣道の合流点に立った。倒木で潰した道の、唯一残した抜け道だ。ここを通らなければ、村の南の一本道へは出られない。逆に言えば、ここを通るものは、必ず一列になる。


二年かけて、そういう形にしてきた。


先頭が来た。


ゴブリンだ。走っていない。押し出されて、歩いている。目が、村の灯りを見ている。


ジンは、抜いた。


一匹目。二匹目。三匹目。


刃筋は、通った。押すのではなく、引く。反りに従わせる。手首は、余計な仕事をしなかった。二月分の素振りが、こういう夜のためにあった。


四匹目で、後ろが詰まった。列が押し合い、脇の茂みへ溢れ出す。


そこには、猟師が仕掛けた縄の輪があった。


一匹が足を取られ、撥ねた枝が、後続の頭を打った。倒れたところへ、ジンが踏み込む。五匹目。六匹目。


数えるのは、途中でやめた。



半刻ほどで、抜け道は死体で埋まった。


死体が積み上がれば、そこはもう道ではない。群れは、迂回を始めた。北の斜面の、杭を打った側へ。


杭は、越えられる高さだ。だが、越えるには、いったん止まらなければならない。


止まった影を、ジンは横から突いた。


——順番に、こちらの手数の中へ入れる。


それだけを考えていた。倒すことではない。減らすことでもない。同時に村へ届く数を、五匹以下に保ち続ける。それだけが、今夜の仕事だった。


三十を過ぎたあたりで、腕の感覚が変わった。振っているのに、振っている気がしない。重さが、腕ではなく背中に来ている。


——半分だ。


まだ半分も来ていない。



村の側では、鳴子が二度目に鳴った。


南の一本道に、抜けたものがあったのだ。


ジンは、走った。柵沿いに南へ。走りながら、数えた。抜けたのは、三か。四か。


一本道の入り口に、松明の輪ができていた。


「来た! 正面!」


粉屋の声だった。


「退くな! 目だけ引きつけろ!」


正面に立ったのは、粉屋だった。鉈を構え、腰を落として、動かない。ゴブリンの目が、その火に引かれる。


半呼吸。


「今!」


横から、若い衆が鍬を振り下ろした。膝の裏を打つ。ゴブリンが崩れる。後ろに回っていたもう一人が、逃げ道を塞ぐように踏み込み、上から叩いた。


一匹。


「次、来るぞ! 二組目、前へ!」


村長の声だ。位置を捌いているのは、村長だった。腰を痛めて鍬も握れない老人が、松明の下で、組を回している。


「一組目、下がれ! 息を入れろ!」


三人で一匹を止めるということは、三人が疲れるということだ。一匹止めるごとに、組を回さなければ、四匹目で誰かが遅れる。遅れた組から、怪我人が出る。


村長は、それを回していた。六組を、順に。


二匹目が、三人に囲まれる。


三匹目が、囲まれる。


四匹目で、若い衆の一人が先に出た。


「出るな!」


粉屋の怒鳴り声が飛んだ。


「正面は俺だ! お前は横だ!」


若い衆が、慌てて下がる。半呼吸遅れて、横から鍬が入った。形は崩れたが、止まった。


「……悪ぃ」


「謝るな。次、直せ」


五匹目。今度は、崩れなかった。


——動けている。


ジンは、柵の外から見て、それを確かめた。


決めた通りに動いていた。誰も一人で前に出ていない。正面が退かず、横が半呼吸を待ち、後ろが塞ぐ。稽古で百回やった形が、そのまま出ている。


そして、三本の火が、その全部を照らしていた。


一本道の後ろで、フィオナが杖を掲げていた。膨れず、爆ぜず、風にも消えない三本の火が、男たちの足元と手元を、はっきりと見せていた。


「フィオナ! そっちの端、暗い!」


「はいはい!」


火が、動いた。


村の奥から、小さい影が走ってきた。


リゼだった。手に、布の束を抱えている。


「怪我した人、こっち!」


「リゼ! 岩場へ行け!」


エマの声が飛んだが、リゼは止まらなかった。


「だって、腕、切れてる人いるもん!」


打ち身をした若い衆の腕に、布を巻きつけている。巻き方は、ぐるぐるで、およそ手当てとは言えない代物だった。それでも、巻いてもらった当人は、笑った。


「おう、効くな。これ」


「効くよ。あたしが巻いたもん」


その笑い声が、松明の輪の中を、一往復した。


ジンは、柵の外へ戻った。中は、任せられる。



任せられる、と思ったのは、その時までだった。


夜の半ばを過ぎて、群れの質が変わった。


ゴブリンが減り、狼が増えた。狼は、一本道へ入らなかった。柵に沿って走り、低い場所を探し、そこから飛んだ。


囲みを、嫌う。


ジンは、飛び越えた三頭を追った。畑の中で追いつき、二頭を斬った。三頭目は、家屋の間へ逃げた。


「ジン!」


エマの声が、家々の間から響いた。


「こっち! 婆さまが遅れてる!」


岩場への三本の道のうち、一本の入り口で、婆さまが転んでいた。その前に、狼がいた。


エマが、棒を構えて立っていた。


転び方、逃げ方、棒での払い方。エマが習ったのは、時を稼ぐ技だ。倒す技ではない。


だが、その棒は、狼の鼻先で、正確に円を描いていた。近づけば当たる、という円を。狼は、間合いを測りかねて、低く唸っていた。


三呼吸。


その三呼吸で、ジンが届いた。


一撃で終わった。


「……遅い」


エマが、棒を下ろした。手が、震えていた。


「すまぬ」


「あんたが謝ることじゃないでしょ。……婆さま、立てる?」


婆さまは、腰を抜かしたまま、けらけら笑っていた。


「転び方は、稽古した通りだったよ。……立ち方は、まだ稽古してねえ」


エマが婆さまを抱え、道の奥へ消えていく。ジンは、その背中を見送ってから、また柵の外へ走った。



明け方近く、群れの勢いが落ちた。


抜け道は死体で塞がり、北の斜面には杭が並び、南の一本道は六組の男が押さえ続けていた。狼は八頭中六頭までを潰し、残りは森へ引いた。


ジンは、柵の外で膝をついた。


腕が上がらない。息が、喉の奥で笛のような音を立てている。刃には脂が乗り、拭っても切れ味が戻らなくなっていた。


だが、村の灯りは、まだ全部ついていた。


一つも、消えていない。


村の側から、声が上がった。歓声ではない。ただ、誰かが誰かの名を呼んで、返事があって、それが順に伝わっていく音だった。


——生きているか。


——生きている。


その繰り返しが、村中を回っていた。


ジンは、立ち上がった。まだだ。群れの尻尾が、まだ森の中にいる。押し出す力が止まったわけではない。


そう思った時、


森が、鳴った。


木が折れる音だった。一本ではない。太い幹が、次々と、なぎ倒されていく音。


ゴブリンの立てる音ではなかった。狼の音でもなかった。


木立の間に、影が立った。


腰の高さのものが多かった群れの中で、その影だけが、木の枝を割って進んでいた。肩の高さが、ジンの背丈の倍近い。腕に、抜けた杭を一本、握っている。


村の側で、フィオナの三本の火が、揺れた。


「……なに、あれ」


誰かが、言った。


ジンは、鞘に手をかけた。


腕は、上がらない。息も、整っていない。


それでも、あれを柵の内側へ入れるわけには、いかなかった。

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