第18話 何を願ったのか、もう思い出せない
「おはよう」
「そろそろ起きてくれないと、俺、会社に行くんだけど」
「わかったわ」
眠いのに。
「おはよう」
「ご飯用意してあるぞ」
「お前、居候なんだから、ご飯くらい用意しろよ」
「朝は無理」
残念な悪魔である。
「わかってるけどな」
いつも通りだった。
セラはいつものように食べていた。
半分寝ぼけている。
朝はいつもこんな感じだ。
「今日は破滅ポイント行くのか?」
「そのつもりだけど、眠いよ」
「残念過ぎるな」
青斗は少し笑った。
「……無理するなよ」
「危なそうなやつは俺も一緒に行くから」
「わかったわ」
本当に普通だった。
青斗は少しだけ黙って、それから言った。
「なあ、ちゃんと帰ってこいよ」
「絶対だぞ」
俺がいない間に消えるなんて、やめてくれよ。
そう思っているのに、会社には行かないといけない。
今は離れたくないのに。
何でだよ。
「行ってきます」
扉が閉まった。
青斗が会社へ行った。
いつも通りだ。
何も変わらない。
でも……その“いつも通り”が、少しずつわからなくなっている。
私は最後まで、青斗のことを覚えていられるのかしら。
帰る場所を、ちゃんと覚えていられるのかしら。
気付くと、涙が落ちていた。
何故泣いているのか、わからない。
この涙が何のためなのかも、わからない。
私は何故か、そのまま少しだけ眠った。
遠い日の夢を見た。
何だったのかはわからない。
男の人が笑っていた。
……誰だろう。
どこかで見た気がする。
大切な人だった気がした。
でも、その人が誰なのか思い出せない。
起きて、少しだけ考える。
きっと昔の記憶なのだろう。
でも、それより先に破滅ポイントを集めないといけない。
理由はもう、よくわからない。
それなのに、急がなきゃいけない気がした。
私は支度をして、家を出た。
そして、私はやはり縁を切った。
切った相手とは、本来なら接触できない。
少なくとも今までは、そうだった。
そう考えると、赤石と接触できたのは異常だったのかもしれない。
……ラエルがいたから。
そんなことを考えながら歩いていた。
気付くと、前に人影があった。
ラエルだった。
「お疲れさま」
ラエルは変わらない笑顔で言った。
「破滅ポイントは貯まったかしら?」
「お疲れ。もう少しってところね」
「そう」
ラエルは静かに頷いた。
「頑張りなさい」
少し考えてから、ラエルが聞いた。
「あなた、青斗のことは大丈夫なの?」
「忘れること、増えてない?」
私は少し黙った。
「……増えてるわ」
「だんだん、青斗がわからなくなるの」
ラエルは少し目を細めた。
「やっぱりね」
「早くした方がいいわ」
「わかったけど……」
視線を落とす。
「私、このまま青斗のこと全部忘れちゃうのかしら」
「さあ、どうだろう」
ラエルは少し考えてから答えた。
「私も、そこまではわからないの」
「でも……祝福があるから、きっと」
一度言葉を止める。
「良い方には転がると思うわ」
「ただ、何とも言えないけど」
私は少し笑った。
「あなたらしい回答ね」
ラエルも少し首を傾げる。
「そうかしら」
私は小さく息を吐いた。
「私、何のためにやってるのかわからないわ」
ラエルは少し黙った。
「……あのね、セラ」
「それを承知で、破滅ポイントを始めたんでしょ?」
「それだけ大事なことだったんでしょ」
私は黙る。
思い出せない。
何を願ったのか。
何を失ったのか。
ラエルは続けた。
「でも、私……破滅ポイントには反対なの」
私は顔を上げた。
「反対なのに?」
ラエルは少し困ったように笑った。
「……でも、早くして」
「お願いよ」
「ここまで来たら、そうじゃないと駄目なの」
少し視線を逸らす。
「赤石の時は、何とか降りられたわ」
「でも、今はもっと進んでる」
「だから……」
ラエルは静かに言った。
「私は天使だから」
「悪魔のことに口を挟めないし、そんな権限もないの」
「本来なら、あなたの邪魔をしないといけない側だしね」
私は少し驚いた。
「……でも、手伝ってくれてるじゃない」
ラエルは肩をすくめた。
「一応、邪魔はしてるわよ」
「これでもね」
少し笑ってから、真面目な顔になる。
「他の天使が来たら、もっと厄介よ」
「だから」
「さくっと進ませて、確実になさい」
ラエルは静かに言った。
「祝福を受け取る」
「それが、今のあなたのために言えることなの」
「……それだけ?」
ラエルは少し笑った。
「私は天使だから」
「悪魔の願いを叶えることはできないわ」
「だから、最後だけはちゃんと受け取りなさい」
ラエルは何も言わなかった。
ただ静かにこちらを見ていた。
……そういえば。
私。
何を願ったのかしら。
今回も読んでいただきありがとうございました。
少し静かな回でした。
破滅ポイントを進めるほど、セラは目的や感情ではなく、「青斗」という存在そのものが少しずつ曖昧になっていきます。
でも、忘れているはずなのに涙が出る。
理由はわからないのに急いでしまう。
人って案外、理屈より先に感情や習慣だけ残ることがあるのかもしれません。
そして、ラエルは相変わらず天使らしいのか、天使らしくないのか……微妙な立場でした。
次回は、セラが何を選ぶのか。
少しずつ近づいていきます。
ここまで読んでくださってありがとうございました。




