外伝4話 見えないはずの彼女を連れて帰ったら、家族だけ普通に見えていた
実家を目の前にして、俺は少し不安になっていた。
本当に大丈夫なのか?
セラは、隣で笑っている。
……誰にも見えていないのに。
ああ。
本当に連れてきて、良かったのか。
まさか――
親が見えたりとか、弟が見えたりとかは……ないよな。
深く考える前に、扉に手をかけた。
開ける。
「ただいま」
「おかえり」
いつも通りの声。
少しだけ、安心しかけた――そのとき。
「あら、彼女連れてきたの?」
「いらっしゃい」
「お邪魔します」
「かわいい子ね」
「付き合ってた彼女がいたのね」
「言ってよ」
「そうしたら、ちゃんと用意しておいたのに」
母さんが、当たり前みたいに言う。
「……え?」
思考が、止まる。
「はじめまして。青斗の母です」
「はじめまして、セラです。青斗さんとは一緒に住んでます」
「え?」
もう一度、声が漏れる。
「もうすぐ結婚するの?」
「いえ、まだそこまで話は……」
「ただ一緒に住んでるだけなんです」
会話が、普通に進んでいく。
当たり前みたいに。
「お父さん、青斗の彼女が来てるわよ」
「え?」
足音がして、父さんが顔を出す。
「初めまして、青斗の父です」
「初めまして、セラです」
「セラさんか。美人じゃないか」
「青斗、良かったな」
「……え?」
喉が、ひくりと動く。
「なあ」
ようやく、声を絞り出す。
「見えるのか?」
一瞬、沈黙。
そして――
「は?」
父さんは、怪訝そうに眉をひそめた。
「何言ってるんだ」
あまりにも、普通の顔で。
「当たり前だろう」
「橙也、お兄ちゃんが帰って来たぞ」
父さんが、奥に声をかける。
「お兄ちゃん、彼女連れてきたぞ」
「え? 今、行く」
ドタドタと足音が近づいてくる。
次の瞬間、橙也が顔を出した。
「初めまして。弟の橙也です」
「初めまして、セラです。お兄さんとは一緒に住んでます」
「うわー……」
橙也が、目を丸くする。
「美人の彼女だな」
「兄ちゃん、良かったじゃん」
「感じもいいし」
当たり前みたいに、会話が続く。
「一緒に住んでるんだったら、言ってよ」
「……」
言葉が、出ない。
(なんでだ)
さっきまで、誰にも見えていなかったはずだ。
電車でも。
店でも。
誰も――近づかなかった。
なのに。
どうして。
「なあ」
喉の奥が、ひりつく。
「……見えてるのか?」
橙也は、きょとんとした顔で。
「え? 見えてるけど?」
あまりにも、普通に言った。
「どういうことだよ、兄ちゃん」
「……」
頭の中が、うまく回らない。
(何が違う)
(外と、ここで)
じわりと、背中に冷たいものが走る。
「……何で、見えるんだよ」
誰に向けたのかもわからないまま、呟いた。
そのすぐ隣で。
セラが、くすっと笑った――気がした。
「兄ちゃん、結婚するの?」
「おめでとう」
「いや、まだそんな話は……」
思わず言い返す。
隣を見る。
セラと、目が合う。
「……」
一瞬だけ、視線でやり取りをする。
「うわー」
橙也が、にやにやしながら言った。
「目と目で会話してる」
「兄ちゃん、やっぱり結婚するんだ」
「おめでとう」
「だから違うって……」
言いかけて、止まる。
「セラさん、兄ちゃんはいいやつだから、仲よくしてあげてね」
「はい」
セラが、素直に頷く。
あまりにも自然に。
あまりにも――当たり前みたいに。
「……」
言葉が、続かない。
(なんでだ)
さっきまで。
あんなにおかしかったのに。
誰も座らなくて。
誰も近づかなくて。
“見えていなかった”はずなのに。
それなのに――
「……なんでこんな普通なんだよ」
ぽつりと呟く。
「何が?」
橙也が、不思議そうに聞き返す。
「いや……」
うまく言葉にならない。
(受け入れられすぎだろ)
違和感が、消えない。
むしろ。
強くなっていく。
「……意味が分からん」
小さく、そう呟いた。
そのすぐ隣で。
セラが、また楽しそうに笑った――気がした。
母さんが、嬉しそうに言った。
「こんなかわいい子が子どもだったらって思ったわ」
「青斗、ちゃんとセラさんと仲良くするのよ」
「ゆっくりしていってね」
はしゃいだ声。
完全に、歓迎されている。
「……」
戸惑いが、消えない。
母さんは、きゃあきゃあと楽しそうに笑っている。
どうやら、かなり気に入ったらしい。
「セラさんってね」
ふと、母さんが首をかしげた。
「ちょっと懐かしい感じがするのよ」
「会ったことあるみたいな感じ」
そう言って、また笑う。
「……」
その言葉に、胸の奥がざわつく。
「俺もだよ」
父さんが、何気なく続けた。
「何となく、会った感じがするんだよな」
「あ……それ、俺も思った」
橙也まで頷く。
「昔、どこかで会ったことでもあるのかな」
「何かさ、会えて嬉しいんだよね」
「良かったって思っちゃうんだ」
「わかる」
父さんが笑う。
それにつられて、皆が笑う。
その光景は――
あまりにも、普通で。
あまりにも、あたたかくて。
だからこそ。
「……」
違和感だけが、残った。
誰も、疑っていない。
まるで最初から――
“そういうもの”だったみたいに。
「……」
視線を横に向ける。
セラは、楽しそうに笑っている。
本当に、嬉しそうに。
「……俺」
小さく、呟く。
やっぱり、連れてきて良かったのか。
それとも――
連れてきてはいけなかったのか。
答えは、まだ出ない。
ただひとつ、わかるのは。
セラは――
本当に、楽しそうだということだけだった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
今回は「見えないはずの彼女を実家に連れて帰る」という、
ちょっとした日常イベント……のはずだったのですが。
書いているうちに、
「あれ、これ思ってたよりおかしくないか?」と、
じわじわ違和感が広がる回になりました。
外では見えなかったはずの存在が、
なぜか“普通に見えている”という状況。
しかも、誰もそれを疑わない。
安心していいはずなのに、
どこか引っかかる。
そんな空気を楽しんでいただけていたら嬉しいです。
セラは相変わらず楽しそうですが、
この“見えている理由”が何なのか。
少しずつ、明らかになっていく予定です。
引き続きお付き合いいただけると嬉しいです。
ブックマークや評価も、とても励みになります。
それでは、また次回で。




