外伝2話 見えない彼女と服を選ぶことになった
「なあ、セラ。よく考えたら、お前見えないんだよな……」
「そうよ」
あっさり肯定される。
「だから、あなたが全部してくれないと駄目よ」
「婦人服の店に一人で入って、一人でぶつぶつ言いながら買う構造か……」
想像して、少しだけ遠い目になる。
「……あやしすぎないか?」
「大丈夫よ」
何の根拠もなく、セラは言い切る。
「堂々としていれば問題ないわ」
「いや、問題しかないだろ……」
やっぱり――ネットにすればよかった。
心の底から、そう思う。
だが、もう遅い。
隣ではセラがニコニコしている。
楽しそうに。
当たり前みたいに。
俺の隣にいるみたいに。
「……はあ」
ため息をひとつ。
俺としては、普通に女の子といる気分なんだが――
実際は、誰にも見えていない。
何だかな。
少しだけ、視線を横に向ける。
そこにいるはずの存在を、確かめるみたいに。
(こいつが、本当に人間だったらな)
ふと、そんなことを思う。
でも――
「何?」
セラが首をかしげる。
見えていないはずなのに、ちゃんとこっちを見ているみたいに。
「……いや、何でもない」
結局、そう返すしかなかった。
思っても、仕方ないことだ。
それでも。
「ほら、早く行くわよ」
「はいはい」
――隣にいる気がするのは、本当だった。
***
俺としては――かわいい女の子とデートしている気分だ。
同棲中の彼女と、そのまま買い物に来ました。
そう言っても、何もおかしくないくらいには。
「ねえ、それ似合うと思う?」
隣から、当たり前のように声が飛んでくる。
「いや、どうだろ……」
普通に会話もする。
普通に悩む。
普通に、時間が流れる。
――なのに。
実際は、彼女じゃない。
「……悪魔、か」
小さく呟く。
ため息が、自然と漏れる。
悪魔。
響きだけなら、全然かわいくない。
むしろ、最悪寄りだ。
「何?」
「いや、何でもない」
すぐに誤魔化す。
隣でセラは、不満そうにこちらを見ている……気がする。
(見えないけど)
「はあ……」
もう一度、息を吐く。
赤石の場合は、まだマシだ。
天使。
それだけで、何となく許される感じがある。
それに比べて――
「くそっ」
思わず、声が漏れた。
「何よ」
「……いや、本当に何でもない」
悪魔のくせに。
こんなに普通で。
こんなに――
「ほら、ちゃんと見なさいよ」
「はいはい」
結局、目の前の服に視線を戻す。
……まあ、いいか。
悪魔でも、何でも。
今こうして隣にいるなら――
それで、十分だ。
***
俺としては――同棲中の彼女、みたいなものだと思ってしまう。
一緒にいて。
当たり前みたいに話して。
隣にいるのが普通になっていて。
……でも。
「付き合ってくれ」とか、「好きだ」とか。
そういう、わかりやすい言葉は何もない。
それが、少しだけ――残念だと思ってしまう。
「……いや」
何を考えてるんだ、俺は。
相手は悪魔だぞ。
そう、わかってる。
わかってるはずなんだが――
「ねえ、それも見て」
隣から声が飛んでくる。
「……ああ」
つい、普通に返してしまう。
一緒にいると、なかなかかわいいんだ。
唐揚げで喜ぶし。
アイスでも喜ぶ。
この前クッキーを買ってやったときなんて、妙に機嫌がよかった。
(……あれ?)
今思い返すと。
食べ物ばかりじゃないか。
「セラのやつ、食い意地張ってるのか?」
「聞こえてるわよ」
即答だった。
「別に普通よ」
「普通の基準がおかしい気がするんだけどな……」
まあ、いいか。
どうせ――
セラは、ずっと一緒にいるわけじゃない。
期間限定だ。
最初から、そういう存在だ。
わかってる。
わかってる、けど。
「……悪魔なんだよな」
ぽつりと呟く。
「何か言った?」
「いや、何でもない」
***
「ぼーっとしてないで、ちゃんと選んで」
「はいはい」
ハンガーを手に取る。
「これなんかいいんじゃないか?」
「それちょっと子供っぽくない?」
「じゃあ、これは?」
「これも子どもっぽい」
じっと見られる。
「何か、かわいい系ばかり選んでない?」
「……似合いそうだし」
少しだけ、間が空く。
「……ふーん」
セラが小さく笑った。
「まあ、悪くないわね」
どこか満足そうに。
その声が――少しだけ、近く感じた。
「ねえ、これは?」
セラが差し出してきた――気がする。
視線だけで追う。
……いや。
これはさすがに違う。
「いや、それじゃないな」
小さく首を振る。
「もっと……かわいらしいやつの方が似合うと思う」
「えー?」
「方向が違うっていうか……」
別の服を手に取る。
「こういうのとか」
「……ああ、まあ。それはアリかも」
「だろ?」
そのとき――
視線を感じた。
ゆっくりと横を見る。
店員と、目が合う。
完全に。
“誰もいない空間に話しかけている人を見る目”だった。
「……」
やばい。
めちゃくちゃやばい。
「これ、俺一人でぶつぶつ言ってるように見えてるよな?」
「そうよ」
あっさり返される。
「問題しかねえよ……!」
「大丈夫よ」
セラは楽しそうに笑う。
「変な人だと思われるだけだから」
「それが問題なんだよ!」
店員の視線が、まだ刺さっている。
逃げたい。
帰りたい。
でも――
「ほら、次」
「……はいはい」
観念して、もう一着手に取る。
「これなんかどうだ?」
「それはちょっと地味」
「注文多いな……」
「当然でしょ」
即答だった。
「“いい彼女”になるんだから」
その言葉に――
少しだけ、力が抜けた。
「……はいはい」
結局、笑ってしまう。
***
結局――俺が選んだ、かわいらしいやつを数着買った。
やっぱり、あれじゃないか。
似合うと思ったものは、間違ってなかった。
「ねえ、青斗。ありがとう」
「……ああ。どういたしまして」
素直に言われると、少しだけ照れる。
ちょっと嬉しい。
それだけで、十分だった。
店を出て。
並んで歩く。
誰から見ても、俺は一人のはずなのに――
「ねえ、これ着るの楽しみ」
「そうか」
普通に会話をして。
普通に帰る。
「なあ、GW楽しみだな」
何気なく、そう言った。
「うん、とっても楽しみ」
即答だった。
本当に、嬉しそうに。
「……そっか」
少しだけ、空を見上げる。
GW。
ただの連休のはずなのに。
今年は――少し違う。
隣には、見えない彼女。
でも。
確かに、いる。
「早く来てほしいわね」
「ああ」
その時間が。
ずっと続けばいいのに、なんて。
……そんなことを思った。
けど。
「ほら、早く帰るわよ」
「はいはい」
結局、いつも通りに笑う。
それでいい。
今は――
それで、いい。
前回に続いて、セラのGW編です。
見えないのに「いい彼女をやる」と言い出すセラと、
それに普通に付き合ってしまう青斗。
端から見れば完全におかしいのに、
本人たちはわりと真面目です。
そして――
こういう時間が、ちゃんと楽しいのが厄介ですね。
次は服選びの続き、そしてGW本番へ。
セラの“いい彼女”、どこまで通用するのか。




