第10話 笑っていた
「俺としては、何とかしたいんだよな」
「……あいつ、解放してやりたい」
そう言いながらも、胸の奥に引っかかるものがあった。
――本当に、助けられるのか?
その時だった。
「青斗」
振り向くと、ラエルが立っていた。
「あなた、来たの?」
「来たけど」
ラエルは一瞬だけ、青斗を見て――
それから、視線を外した。
「そう」
ほんの少しだけ、間。
「私は、セラと話してくるわ」
そのまま、奥へ向かう。
……何かがおかしい。
表情はいつも通りなのに、どこかだけが違っていた。
うまく言えないが――
“余裕がない”。
「あのさ……青斗」
「俺、本当に、誰が好きかわからないんだ」
「だから……どうしていいかわからないっていうか」
「全部、切ったら……わかるのかなって思って」
少しだけ笑う。
でも、その笑いはどこか歪んでいた。
「ある意味さ、チャンスなのかもって思ったんだ」
「俺でも、皆みたいに――ちゃんと誰かを選べるようになるのかなって」
「……切ろうとは思った」
小さく、息を吐く。
「でも、無理なんだ」
「全員、切るのは……怖い」
(……こいつ、本当に“好き”なのか?)
(それとも、“好きだと思い込んでるだけ”なのか)
セラが小さく
「……ねえ、青斗」
「あの人ね」
「“怖い”のは、失うことじゃないよ」
沈黙。
その手が、わずかに震えていた。
「おい、紅希。大丈夫か?」
「……ああ」
「大丈夫じゃないかもな、俺」
その頃――
セラとラエルは、静かに向かい合っていた。
「ねえ、セラ」
「紅希って……おかしいわよね」
「……ええ」
セラは、小さく頷いた。
「ラエルも、だから見張ってたんでしょう」
「まあね」
少しだけ、間。
「……あの人、“何も持ってない”気がするのよね」
「普通の破滅じゃない」
セラの声は、いつもより低かった。
「欲も、執着も、歪みもある」
「でも……あの人は、違う」
「空っぽなのに――壊れてる」
沈黙。
「だから……大丈夫なのかしら」
ラエルの問いに、セラはすぐに答えなかった。
「……大丈夫じゃないわ」
ゆっくりと、言う。
「でも――」
ほんの少しだけ、視線を落とす。
「それじゃないと、解放されない」
「……そう」
ラエルは、小さく息を吐いた。
「つまり――」
「一度、壊れる必要があるってことね」
「ええ」
「ねえ、セラ」
「あれ……“人間”なのよね?」
「……どっちかっていうと」
セラが、ぽつりと呟いた。
「私側じゃないの?」
ラエルが、わずかに眉を寄せる。
「あなたね……」
ため息混じりに、続ける。
「あなたは、まだ違うでしょ」
少しだけ、間。
「知ってるんだから」
セラは、視線を逸らした。
「……まあ」
その返事は、曖昧で――
どこか、誤魔化すようだった。
悪魔の中で、あなたが浮いてるのは知ってるわ」
ラエルの声は、静かだった。
「だってあなた……本来は、こっち側なのに」
セラは何も言わない。
少しだけ、視線を落とす。
「それよりも――」
「……あなた、本当は」
ラエルが言いかけて、止まる。
ほんの一瞬だけ、迷った。
「……いいえ」
小さく首を振る。
セラが、先に口を開いた。
「仕方ないでしょ」
その声は、どこか割り切っていた。
「……わかってるけど」
ラエルはそう言って、目を細めた。
***
「なあ、紅希。」
「好きって言ってるけどさ……」
「本当に好きなんじゃないのか?」
少しだけ、間。
「……好きになれないとか、ないよな」
「……わからないんだ」
紅希は、俯いたまま言った。
「俺……何もない、とか……ないよな」
「え?」
――その瞬間だった。
部屋の空気が、急に落ちた気がした。
カチ。
カチ。
カチ。
時計の音だけが、やけに大きく響く。
「紅希?」
「……大丈夫か?」
紅希は、ゆっくり顔を上げた。
そして――
笑っていた。
「……ああ」
「大丈夫だよ」
その笑顔は、さっきまでと同じはずなのに。
どこかだけが、決定的に違っていた。
――笑っていた。
(……こいつ)
何を見て、笑っている?
第10話まで読んでいただき、ありがとうございます。
今回は少しだけ、いつもと違う空気だったかもしれません。
紅希の中にある“何か”に、少しだけ触れた回になりました。
この先は、少しずつその違和感の正体に近づいていきます。
更新についてですが、今後は
水曜・日曜22:00に本編を公開していく予定です。
また、日曜は外伝として、本編とは少し違う視点や補足的な話も入れていく予定です。
本編と合わせて楽しんでいただけたら嬉しいです。
引き続き、よろしくお願いします。




