陽暦1490年8月〜アパンへの旅⑨エピローグ
翌朝、鷺森家の庭に一行が集まっていた。
セイはセキサイに大きな包みを渡す。
「鷺森の薬と、母上が昔書いてた日記。肖像画。それにうちで取れた米が入っています」
「私からは、これを」
アヤメはセキサイに小さな袋を渡してきた。
「旅守りです。おバアサマの槍の房紐が入ってるの……おジイサマ、元気でね!いつか会いにいくね!」
セキサイは旅守りを一度開け、中を見てから上着の内側に括り付けた。
“また来てね”
と書いた紙が一緒に入っていた。
「なかなか遠いぞ」
と言いながら、目頭が赤くなり始めている。
「ハクヤちゃんにはこれ」
アヤメはセキサイに干した小魚が大量に入った紙袋を渡す。
匂いを嗅いで尻尾を揺らすハクヤ。
「そして、リョウ!」
アヤメはリョウを指さす。
「次会うときは、絶対に一本とるからねー!」
満面の笑みだ。
昨晩からは吹っ切れた様子だ。
「おう!次も本気でやろう!」
リョウは拳を突き出す。
アヤメもその拳に自分の拳をぶつけてくる。
「最後、ちょっとリョウちゃんに」
セイは稽古着姿だ。
「よく見ていなさい」
少し離れたところに正対して立っている。
セイは左回りにリョウの周りを歩き始める。
「あ!」
分かりやすく、ゆっくりと影歩を使って、点々と残像を残しながら、いつの間にか近付いていた。
「重心移動、視線誘導、踏み込みの緩急が肝ですよ」
リョウの目の前でセイはイタズラっぽく微笑む。
「母上……それ奥伝……まあ良いか」
アヤメが少し驚く。
セイはジンやヤナにも教えたつもりだ。
「セイ……」
セキサイはいよいよ目頭が熱い。
セイも武の高みに到達していた。
心から嬉しい。
「……さて、やがて乗合馬車が出る」
「父上、今度は私たちが会いに行きます」
「分かった。旨い肉を用意しておこう」
「ふふ、量は加減してくださいね」
別れ際、玄関の前には、いつの間にか鷺森家の門弟たちも10人程集まって来た。
伝説の武術家“鬼槍シーツァイ”を一目見ようとしている。
「あなたたち……」
セイは戸惑っている。
「良い良い。では、せっかくなのでワシも何か見せよう」
セキサイは荷物をリョウに預けると、上着を脱いだ。
小さな細い枝を拾う。
「セイ、ここにいいか」
大木を指差す。
「枯らさないでくださいね」
「分かっておる」
そう言うと、セキサイは枝を手に持って腰に構え、全身の“気”を溜める。
「フッ!」
足先からの反力と捻る動きを、徐々に増幅しながら“気”をまとわせた枝に伝えて突いた。
“穿岩棍”の応用技だ。
「ズガッ」という音とともに、細い小枝は半分程が大木に突き刺さっていた。
見物していた門弟たちがどよめく。
「すごい……」
アヤメも呆然としている。
一行の乗合馬車はセイ、アヤメたちに見送られながら、離れていく。
「げーんきでーねーっ!」
アヤメはいつまでも手を振っていた。
リョウは馬車の中でとても寂しい気持ちに襲われていた。
山小屋を解いて村に移ったとき、自分の家が無くなった喪失感が強くあった。
それから村を出て王都に出る時も、寂しさを痛感していた。
そんなリョウを見て、ヤナとジンは何も言わない。
ヤーマスに戻ったら、また騎士としての日常が始まる。
「今回、旅にお供出来て、良かったです」
ジンがセキサイに言う。
「忘れられない思い出が出来たわ」
ヤナも満足げな表情だ。
「お主らに一緒に来てもろうて良かったわぃ」
「オレも来て良かった」
「リョウ、ありがとうな」
セキサイはポツリと言う。
「まだまだ長生きしないとね、おジイサマ」
「こやつ」
帰りのベガス市では、今度はホテル“デザート・ローズ”でミレイユの歓待を受け、観劇したりして豪勢に過ごした。
朝食の種類の多さに感激するヤナ。
文化の道を東に戻ると、明らかに行きより武装集団の往来が増えている。
「なんだか行きより物騒じゃない?」
「……情勢が動いた……かな」
ジンが呟く。
日暮前、一行は王都ヤーマスに到着した。
セキサイは暫くの間、王都に逗留する予定だ。
ハクヤともっと一緒に過ごしたいし、リョウたちの仕事ぶりを見てから村に帰り、土産話にするつもりだ。
従兄弟で、王都騎士団の武技指南役であるウーツァンとも会っておきたい。
セキサイの宿泊先は、セオドール県の出張所に頼んである。
出張所は騎士団隊舎からほど近く、リョウたちはセキサイと別れて、1週間ぶりに騎士団隊舎に戻った。
隊舎内外を騎乗した騎士が行き来しており、なんだか慌ただしい気がする。
まずは団長室に帰隊報告に行く。
団長室には、バルガン団長とライリー副団長、それに軍略科のブラン教官が地図を広げながら話し合っていた。
「276期3班リョウ以下3名は、ただいま帰りました!」
「おお!お前ら戻ったか!アパンはどうだった?」
「とても有意義な旅でした」
「それは良かったな。今日は帰ってゆっくり休んでくれ」
バルガン団長は笑顔でそう言うが、表情に疲れが見える。
「何か有りましたか?」
ジンが質問する。
その瞬間、空気が変わる。
バルガン団長の笑みが消える。
ブラン教官が地図から目を上げる。
「……オード師が襲撃された」
空気が凍る。
「は?」
「犯人は一人。手練れの暗殺者と思われる」
ヤナが息を呑む。
「今は……?」
「生きてはいる。だが意識不明だ」




