陽暦1490年8月〜アパンへの旅④
「行っとこうぜ、今日は運がいい日だぞ!」
横からリョウが現れ、ジンを煽る。
が、これはもちろん、フリだ。
「VIPルームだってー!行ってみたい!」
ヤナも横から出てきて同調する。
はしゃぐ美少女の登場に周りの黒服たちの雰囲気が和らぐ。
「何事も経験じゃぞ」
セキサイが迫力を消して普通の老人のように立っている。
「……じゃあ、行ってみようかな。連れも一緒にいいですか?」
躊躇したフリのジン。
「もちろん!皆様ご一緒にこちらへどうぞ」
派手な黄色スーツの男は一行を奥の部屋に案内する。
後方から黒服の集団がついてくる。
逃がさないような圧力を感じる。
「私はここの支配人、カワグチと申します。豪運の持ち主の方を特別にご案内して、更に楽しんでいただく、そのためのVIPルームでございます」
歩きながらカワグチは声をかけてきた。
「いきなり集団で脅して勝ったお金を取り上げたりしませんよね?」
ジンは緊張したフリをしながら探りを入れてみる。
「まさか!そのようなことは致しません!あくまで勝負は時の運、それに一部知恵と勇気、でございますゆえ。勝者は讃えられるべき存在。その意識がない賭場はすぐに潰れてしまいます」
「じゃあ、これから勝負で取り返そうって感じですね?」
「フフフ、増えるかもしれませんよ?ヒリつく勝負、お好きでしょう?」
「そう見えますか?ちょっと心外です」
「最後のレバーをあんなに冷静に引ける人間はそうそういませんので。お若いのに凄まじい精神力で敬服しております」
カワグチの言葉に無表情に戻るジン。
最後まで素人の演技を続けるべきだった、と少し反省する。
「こちらです」
通されたのは、一際豪勢なテーブルとソファの明るい部屋だった。
一行はドリンクの注文を聞かれた。
無料だというので遠慮なく果汁などをオーダーした。
目の前で果汁を絞る演出に心躍るヤナ。
おかしなものを入れたりはしないようだ、と安心する。
一口舐めて顔がほころぶ。
「さて、ゲームは何を?」
ジンがカワグチに尋ねる。
「カードで、お好きなものを。長くても興冷め、3番勝負で如何ですか?一口金貨100枚。無理な勝負を申し入れているので、倍率はそちらの有利に設定させて頂きます」
「乗りましょう。ブラックジャックで」
2人はテーブル越しに向かい合って座る。
リョウたちは後ろから見ている。
「では、そちらの勝利倍率は2倍で。この新品のカードを使います。捨て牌はそのまま継続でいかがですか?」
「それは面白い」
ジンは素直に口にした。
カワグチは箱に入ったカードを取り出して開封した。
ジンに手に取って確認させる。
ジンは表、裏からカードを眺め、ヤナに視線を送る。
ヤナはそのカード全体に少しだけ魔力を感じるが、どこがどうなっているか分からない。
ソファに手を置いて“なんか……見ようとすると視線が滑る感じ”とだけ小声でジンに耳打ちした。
ジンは一瞬で判断する。
“ここですべきことは、イカサマを暴くことじゃないし、金を儲けることでもない。無事にここを出ること”
「そんな破格の条件でいいなら、始めましょう」
「おお……さすがですね。そちらも切ってください」
カワグチがシャッフルしたカードをジンも切る。
ジンはカワグチの手元を集中して見続けていた。
一度見た瞬間を映像として記憶できるジン。
新品のカードが基本配列から流れていたのを記憶しており、切った場所から裏面の流れを繋げて、どのカードがどの位置にあるかおよそ当たりをつけている。
自分もカードを切っているが、切っているようで切るフリをしている。
武術の動きを応用し、手元の動きが早すぎてバレない。
「ここからはシャッフルなしです」
お互いに一枚ずつ配られる。
「10口勝負。ヒット」
金貨1000枚の勝負、ヤナは側から見ていて少し気が遠くなる。
ジンは1枚目絵札。
2枚目を要求した。
次のカードは9が来るのは知っている。
こちらは19で終わり。
この勝負は捨て勝負だ。
相手を油断させたい。
ジンにとって次のゲームが真の勝負。
「19」言って、一応ドヤ顔を作り手札を開示する。
相手のカワグチは次のヒットで20だ。
「おや、こちらの運が勝りましたか。20です」
一瞬で金貨1000枚が消えた。
一般的な人の生涯年収を超える金額だ。
商人の親から「金は大事だぞ」と教わって生きてきたヤナの目の前が暗くなる。
「いやはや勝負は時の運ですねぇ」
「本当にそうですね」
ジンはそう言いながらも、ここは負けるべくして負けた。
次の勝負には自信があった。
2番勝負目。
「10口勝負で」
ヤナが目玉をひん剥いて真横からジンを凝視するが、ジンは無視する。
「おや、相変わらず大きく勝負されますね」
ジンは3枚目まで手札をコールした。
これで20になるはずだ。
ジンの予測通り、3枚目が来てやはり20になった。
カワグチは今、合計3枚引いて16止まり。
次にカワグチが引くと、ジンの予測では“ハートの8”が出てバストするはず。
「さて、勝負です」
カワグチはそう言って次のカードを引いた。
ダイヤの5が出た。
「おおっと21です!」
芝居がかった様子で、カワグチはカードを開示する。
ジンは思わず立ち上がってしまった。
“ダイヤの5“なんかがここで出るはずない、もっと下にあるはず……。
いや、このカードは本当に“ダイヤの5”なのか……目がボヤける感じがする。
だが、確かにカワグチの手札の合計は、確かに21。
ーーーそう見える。
「おや、どうかなさいましたか?」
「いえ……」
ジンは動揺してしまった。
記憶違いなど絶対にない自信がある。
カワグチの手元や指元にもおかしな動きはない。
どうやら、カード面自体に認識阻害の魔法がかかっているとしか思えない。
これまで使ったカードの捨て牌を見ると、いつの間にか出てきたことのない絵札が1枚混ざっていた。
”……うわぁ、気づかなかったなぁ。これは鮮やか。絶対に負けるやつだね……“
”でも一泡吹かせたいなぁ……何か突破口は無いかな……”
「運が良いですね?」
ジンは恨み言を言うフリをしながらカード全体と捨て牌をよくよく観察した。
カードの山にある次のカードの流れを頭の中で再構築する。
いつの間にか捨て札に混ざっていたスペードの13を、もともとあった山の中のカードと入れ替えてイメージし直す。
次の勝負、順当にいけば自分が21で勝利するはずだが……。
ーーーこのままだと負ける。
「ほほほ……たまたまでしょう」
カワグチはニヤニヤしながらジンのチップの山を回収する。
「では、最後の勝負です!」
カードが一枚ずつ配られた。
ーーーどうせイカサマやるってんなら、こっちにも考えがある。
ジンはセキサイ、リョウ、ヤナを見て目配せする。
声に出さず"すてはい"とごく小さく口を動かす。
セキサイはニヤリとし、リョウはその顔を見てニヤッとした。
ヤナだけが露骨に嫌そうな表情をしながらも、テーブルの上の捨て牌に視線を落とした。
ジンは手札を見て口角が上がり、テーブルに前のめりになって提案する。
「この勝負、カードをオープンにしませんか?」




