陽暦1490年8月〜騎士実習17(後日談)
あの後、エンリケ一家の居住スペースから、ライデル伯爵やスリャ国との密書、レオニード公からの書簡など、“石”の密売に関する様々な証拠が見つかった。
捜査は、騎士団上層部と今回関わった者だけで極秘裏に行われた。
留置施設すら明かさず、短期決戦の取調べだ。
明日にはライデル伯爵が異変に気付き、明後日には騎士団に政治的な圧力をかけてくる筈だ。
そのまま正規の手続きに持ち込むと、レオニード公爵からの圧力で騎士団自体が内部分裂により解体されてしまう恐れがあり、ジェイナス王子に持ち込むと、即座に騎士団を割っての内戦の火蓋が切って落とされることになる。
いずれにせよ事件が表立ってしまえば騎士団は解体必至という危うい状況。
宰相のオード師とバルガン団長は緊急で秘密会見を開いた。
議題は本件の落とし所、ライデル伯爵の処遇についてだ。
ライデル伯爵はレオニード公爵派閥の3番手で、この国でもトップ30に入る有力者だ。
西部諸国との独自のパイプを持ち、荘園も広大で、兵力も外国からの傭兵を含め500人は下らない。
追い詰められれば騎士団と戦う事さえ辞さないだろう。
まともな刑事裁判など受けさせることは困難なので、政治的な実力を削ぐ方向を考える。
「普通なら処断は無理だが、違法薬物の密売という人聞きの悪さを最大限に利用しようかの」
オード師は、以前バルガン団長からパレス元小隊長の子爵位について相談されたときから、上役のライデル伯爵の処遇について考えていたようだ。
「二度とこのような手法が取れないよう、今夜から社交界に触れ回ってやるわい。数日中にはその話でもちきりよ」
バルガン団長は目を閉じて頷く。
「ヘマをしたことで、レオニードの信頼度も下がり、各種取引きも激減するじゃろ。証拠が固まったら、多少時間がかかるが、王の決裁を持ってライデルの荘園をじわじわ削ってやるわい」
オード師は目を細めながらバルガン団長に笑いかける。
またもや騎士団はオード師に借りを作ってしまったが、貴族どもと渡り合うにはこちらも綱渡りしていくしかない。
しかし、老いてなお、ヤーマス王国に必要な人材だとバルガン団長は思う。
オード師の行動理念は、ヤーマス王国の健全なる存続という点で、騎士団と一致しているからだ。
とりあえず騎士団解体の危機は先送りできたようだとバルガン団長は感じているが、この先オード師から頼み事をされたらどうしようかと考えると少し気が滅入る。
主犯のエンリケ父の取調べは軍略科のブラン教官が担当し、もちろん、アルマが補助に付く。
ライデル伯爵とレオニード公爵を傘にきて、どこまでも強気なエンリケ父だが、ブラン教官の理詰めとアルマの精神感応魔法の前では、一切の嘘が通用しない。
何を答えても答えなくても、取調べ官と補助の小僧のコソコソ話の後には鋭い質問が飛んでくる。
まさか小僧の方が心を読んでいるのか?と疑い始めたときにはすでに遅く、騎士団が知りたいことはあらかた質問され、推測されてしまっていた。
そこからエンリケ父は黙秘しながら、質問されるときはワーワーと喚いて聞かないようにしていたが、ブラン教官から一発殴られた。
「お前らもワシらも、どう転んでも同じ穴のムジナよ……」
血とともに吐き捨てるエンリケ父。
「私達には誇りと信念がある。お前らとは違う」
珍しく感情のこもったブラン教官の言葉に、アルマは少し心を打たれていた。
その他エンリケ母や息子、護衛の荒くれ者たちやスリャ風の傭兵らも厳しく取調べられ、要所要所でアルマが投入される。
以上、まるまる一昼夜を通した関係者全ての取調べ及び証拠書類等の精査の結果、今回の事件はレオニード公の指示を受け、ライデル伯爵がスリャ国と“石”の密売契約を結び、実行していたと確定した。
そこに外套の男ヴァルツがいたのは皆、証言したが、誰もその顔をはっきり覚えている者はいなかった。
その日の晩、事情を知らないライデル伯爵がいつものように王宮に登城しようとしたところ、広間の前でジェイナス王子派閥のナンバー2、グラント伯爵が近づいてきた。
ライデル伯爵は45歳。
固太りのイヤな目つきの男だ。
「よお、ライデル。あんた、薬物密売がバレたってな?」
グラント伯爵家の格はライデル家と同格。
40歳前、遊び人風体の金髪優男だ。
自分より年若いグラントのニヤついた物言いにカッとなるが、その内容に血の気が引いていく。
「な、なにを馬鹿な……」
「上はアンタの話で持ちきりだよ。ジェイナス殿下もお怒りでねぇ。よく顔出せるね〜」
「な、何かの間違いだ!」
「エンリケ・ファミリーは壊滅したそうだよ?」
顔を近づけて面白がるグラント伯爵。
「知らん!体調不良によりここで失敬!」
「帰っちゃうの〜?言い訳しないの〜?あんたもう切られるかもよ」
従者を連れて慌てて踵を返すライデル伯爵。
(ーーー今ここで捕縛されては全てが終わりだ)
顔には脂汗が滲み、足元が一瞬ふらつきながらも馬車に乗り込む。
まず直ちに事実確認だ。
だがあのグラントの若造が言った内容は事実に違いない。
馬車を王都内の自邸ではなく、城塞化された荘園の方に走らせる。
とりあえず兵力を揃えてしばらく引きこもらなければ、手薄な拠点では捕縛の危険性がある。
すぐにレオニード公にも下手を打ったことが知られてしまうだろう。
これまで資産をずいぶん投入し、レオニード王誕生に向けて尽力して来たのに、信頼が一気に失われるのは間違いない。
騎士団のバルガンの仕業か?
いや、手際が良すぎる。
オードの爺いが糸を引いているに違いない。
‘’黙って貴族に従っておけばよいものを!‘’
「ぬおぉぉぉ!」
ライデルが怒りのやり場として、手に持った杖を馬車の壁に叩きつけると、馬が驚きいなないた。
先祖代々受け継いだ、初代ヤーマス王から下賜された紋章入りの杖。
「このままでは済まさんぞ……絶対に報いを受けさせてやるわ……」
ライデル伯爵はその杖をへし折り、唸るように呟いた。




