陽暦1490年7月〜騎士実習⑧
リョウたちがしばらく外で待っていたところ、レントたち4人の少年が建物から出てきた。
4人とも詰所を出た時はケガはしていなかったが、今は顔のあちこちが腫れ、口元から出血したり、服が一部破れたりしている。
建物の中で殴る蹴るされたのは間違いなさそうだ。
建物の入り口付近の見張りと思しき男は、建物から出てきた少年たちを見ずに、ひたすら椅子に腰かけてボーッとし続けている。
目が一点を見据えており、口は薄ら笑いを浮かべたまま、石像であるかのごとく微動だにしない。
「あれ、アイツ、多分"石"喰ってんなぁ」
マーカム小隊長が独り言のように呟く。
4人は見張りの男の呆けた姿に嫌悪の表情を向けていたが、そのまま入り口付近で深刻そうに会話をし、暗い顔のままうなずきあって、それぞれバラバラと別れて歩き始めた。
「誰かの後をつけましょう」
リョウはわくわくしながら小隊長に提案する。
マーカム小隊長は少し思案した。
「よし、ハクヤ先行。レントを尾行する」
リョウが屋根の上で待機中のハクヤに目を向け、指でレントを追いかける仕草をしながら合図を出すと、ハクヤは屋根伝いに静かにレントを追いかけ始めた。
「うぅむ、やっぱり凄い」
マーカム小隊長は素直に感嘆する。
「小さい頃から一緒に育った家族ですから。このくらいは何でもないですよ」
ハクヤを褒められるとリョウも嬉しい。
レントが向かった先は、木造の施設だった。
屋根の頂点には、ジード教のシンボルが掲げられている。
“明日への扉“と書かれている看板が目に入った。
屋内からは子供たちの声が聞こえてくる。
リョウたちは近くの暗がりに潜んで様子を窺うことにした。
しばらくすると、玄関ドアからレントが出てきた。
その後ろから、30歳くらいの亜麻色の髪の、紺色の修道服を着た美しい女性が心配そうにレントを見送りながら何事か話している。
リョウは、修道女の口元に視線を固定した。
次の瞬間、無意識にその言葉をなぞる。
「レント、私たちのためにあぶないことなんてしなくていいの。私たちのことは心配いらないから……わるい連中とはつきあっちゃだめよ」
「そんなんじゃねぇよ。うまくやってるさ」
それを聞いたマーカム小隊長は思わずリョウを二度見した。
修道女はレントの腕を掴むが、レントはそれを振り解いた。
立ち去りかけて、ふと振り向き、一瞬泣きそうな表情を向ける。
口を開きかけたが、結局何も言わず、逃げるように暗がりに消えていった。
リョウは追いかけようと思って小隊長を見たが「追わなくていい」とたしなめられる。
その代わりマーカム小隊長は「行こう」と言って、施設に向かった。
施設の前ではまだ修道女が立ちすくんでいた。
「こんばんはシスター。夜分にすいません、王都騎士団シンス詰所の小隊長をしているマーカムと申します。ちょっと聞きたいことがありまして」
修道女はいきなり暗がりから現れた男2人に最初ギョッとしたが、丁寧なマーカム小隊長の物言いと、隣でニコニコしているリョウの雰囲気に表情が和らぐ。
「あ、ああ、騎士様でいらっしゃいましたか。普通の格好なのでちょっと驚いてしまいました。一体なんでしょう?」
騎士たる証拠を見せた訳ではないが、修道女は疑う様子もなく頷いた。
「まずお名前をお聞きしても良いですか?」
「もちろん。私はシスター・マリー・クラリスです。ここは孤児院で、私が院長です」
「そうですか、シスター・マリー・クラリス」
「クラリス、で結構ですわ」
「シスター・クラリス。大変申し訳ないのですが、さっきこちらに来ていたレントくん、今日ウチの管轄内で多人数のケンカがあったんですが、彼も当事者の一人でして。我々も彼のことを心配していまして。こちらとどのような関係が有るのですか?」
「見られていたのですね。レントはここの出身なんです。もともとは面倒見の良いみんなのお兄ちゃんなんですが、いわゆる不良みたいになってしまって……トラブルに巻き込まれていないか心配なのです」
シスター・クラリスは目を伏せ、悲しそうに告げる。
「それに、少し前、この孤児院に対する嫌がらせがありまして……レントはそれをやめさせるって言っていましたが……」
少し言いにくそうなクラリス。
「どんな嫌がらせなんですか?」
「動物の死骸を敷地内に投げ込まれたり、私が道を歩いていたら、背後から服を切りつけられたり、子供たちが外で遊んでいると柄の悪い男たちから軽い暴力を振るわれたりと……」
「なんとそれはひどい。ノース地区の……ここの管轄はポンド詰所かな、そこに相談なさっていますか?男たちや嫌がらせの原因に心当たりはありますか?」
「心当たりは全くありません。ポンド詰所には一度相談しましたが……特に動いてくれませんでした。まあ、今は収まっているので……レントが何かしてくれたのかしら」
「そうでしたか……。その件についてはまた騎士団長とも検討しますね。今度また危険だと感じるようなことがあれば、ウチのシンス詰所に言いにきて貰って大丈夫です。情報を共有しておきますし、出来る限りやりますので」
マーカム小隊長のような責任者が言うと安心感がある。
「それは、ありがとうございます」
クラリスの表情は少し明るくなった。
「ちなみに、こちらの孤児院、運営はどのように?やはりヤーマス王都教会の出資によるものですか?」
「……申し訳ありません、それについては出資者から内密にと言われておりますので……」
とても言いにくそうに言い淀むシスター・クラリス。
これまで協力的だった分、リョウにも気になってしまう。
「おお、そうでしたか。野暮なことを聞きましたな。失礼失礼」
マーカムはそれ以上踏み込まず、軽く頭を下げた。
「いいえ」
「それでは、シスター、今日のところは失礼致します。夜分にすいませんでした」
「いえいえ、こちらこそ、よろしくお願いします」
リョウとマーカム小隊長は、詰所への帰り道で話し合いながら情報を整理する。
「リョウ、何が分かったかまとめてみろ」
「そうですねぇ……レントたちウエスタン地区の不良少年たちは、ウエスタン地区の盗賊ギルドに属していながら、ノース地区の盗賊ギルドとも関係していることが分かりました」
「そうだな。その他は?」
「ノース地区とウエスタン地区の不良少年グループが、新しく出回っている違法薬物“石”をめぐりケンカしました」
「そう、ウチが本件を知った端緒はそれだ。そして、他は?何が言えるか?」
マーカム小隊長は、リョウが意外に頭も使っていると分かり、ちょっと嬉しくてさらに問いかける。
「あとは、ウエスタン地区の不良少年レントは、孤児院出身で、そこに対する嫌がらせを止めたがっていた……レントが何かしたのか、その嫌がらせは止まっている、くらいですかね」
リョウも必死になって考える。
「上出来だ。あと、俺が気になったのは、嫌がらせ被害者から被害申告を受けたノース地区のポンド詰所が全く動かなかったこと、だな」
リョウはマーカム小隊長の言葉に思わず口元を緩めた。
マーカム小隊長はリョウと話しながらも「今、ポンド詰所の小隊長は……アイツか……」と思い当たり、表情が険しくなる。
「小隊長、ポンド詰所がどうしたんですか?」
リョウには小隊長の懸念については全く分からない。
「いや……ちょっとな……まさかとは思うが。それは良いが、どうもレントたち、”石“の密売をエンリケ一家にやらされてる節があるな」
少し言葉を濁すマーカム小隊長。
「そんな気がしますね。ところで小隊長、ウエスタン地区の盗賊ギルドの頭目のルカに話を聞きにいきませんか?」
「ああ、その必要性は感じているが……うまいことやらないとな。ただしまだ予感止まりだが、俺には本件がただの盗賊ギルド案件じゃなく、もっと上が絡んでいる……そんな気がしてならん」
マーカムの声は、わずかに低く沈んでいた。




