陽暦1490年6月〜騎士実習⑤
関係者の取調べについては、熟練の騎士たちが行うことになったが、リョウも勉強がてら取調べの補助に入った。
といっても被疑者用のコップに水を汲んだり、便所に行く際の綱持ちだったりという雑用だ。
被疑者の人権などあまり重視されないが、建国王の指示で昔から取調べの際の苛烈な拷問は禁止されており、死ぬ寸前まで殴りつけてウソの自白をさせるようなことは出来ない。
なお、精神感応の魔力持ちがいる場合、取調べに駆り出されて、そこで得た情報も補強証拠として扱われる。
しかし、取調べ官が恣意的に有罪を捏造出来ないよう、それだけで有罪とはされないようになっている。
精神感応魔法が使えると知られてしまったアルマは、多数の被疑者全ての取調べに呼ばれ、倒れる寸前まで便利使いされた。
被疑者の記憶を読めて、時には嘘発見器のように使えるアルマは、一躍期待のホープ扱いに格上げされたが、本人は全く喜んでいない。
アルマが「有能な下っぱは使い倒される」という父の教えを思い出しうつむきながら実感していたとき、その様子を見ていたリョウはさすがにかわいそうな気がしていた。
アルマ献身の取調べ補助の結果、ティナを雇っていたのはジェイナス王子派のリガード伯爵という男であることが判明した。
リガード伯爵の密命を受けたティナが、ライデル伯爵の印璽を盗用して、レオニード公爵が売国しようとしているという文書を偽造しようとして捕まったのが今回の事件の経緯だった。
バルガン騎士団長はリガード伯爵、ライデル伯爵を呼び出して事情聴取をするため召喚状を送り付けたが、両家は知らぬ存ぜぬで全く取り合わなかった。
これ以上の捜査、つまり邸内の捜索や関係者の逮捕など両家を追及するためには王命による強制捜査が必要になる。
バルガン団長は宰相のオード師に対して事の顛末を説明し、助力を仰いだ。
オード師は平時にあって内政を能くする老爺で、このようなトラブルを収めるのに非常に長けており、現国王体制の要石とも言える人物だ。
なお、オード師はもともとはヤーマスに深く根ざしているフォル教という多神教の大僧伽だったが、王にその手腕を見そめられ、請われてヤーマス王の宰相を務めている。
その際にけじめとして還俗してはいるが、今でも師という敬称で呼ばれている。
また、オード師は、ジェイナス王子、レオニード公爵にとっては若い頃からの教育係を兼ねていたので、目の上の瘤のような実力者であるが、王都随一の戦力である騎士団との関係が良好であるため、両者とも迂闊に手が出せないでいる。
オード師はさっそく両伯爵家に対して王命による強制捜査を匂わせ、譲歩案として両家から騎士団への寄付金名目の金貨5000枚ずつの謝罪金を取り付けた。
そのうちの2割がオード師の懐に入った訳だが、騎士団としては運営費が潤ったので、落とし所としては上々と言える。
金で解決という方法についてリョウはあまり好ましいとは思わなかったが、人命が失われずに済んだので一応納得することにした。
なお、拉致被害を受けたティナについては、戻る場所も無くなってしまったので、本人の意思のもと、保護も兼ねて、暫定的に騎士団で雑用として働くことになった。
今は食堂で、もともといるオバちゃんたちに交じって料理の下拵えをしているところだが、体を動かしていることで少しでも気が軽くなれば……とサイ教官やライリー副団長は思っている。
「ケガをした団員には特別手当を支給する、くらいしかできず、こんな結末にしか出来なくて済まなかった」
団長室内、バルガン団長が今回の捜査に従事したメンバーを集めて頭を下げる。
「各方面に貸しが出来ましたし、若手にも経験を積ませることが出来たので、組織力の向上には良かったと思います」
今回一番の大ケガを負ったライリー副団長がそう言うなら、他の者はもう言うことはない。
なお、既に皆のケガは治癒魔法で治っている。
「……とは言え貴族どもの動きが活発になり始めたな」
バルガン団長は苦々しい表情だ。
「組織固めを急がねばなりませんね」
最近はライリー副団長も騎士団内部のごたつきを肌で感じている。
ジェイナス派、レオニード派で完全に分裂し始めている。
特に、本276期において、ジェイナス王子の3男ヴィクトル・フォン・ヤーマスが、そしてレオニード公爵の参謀の息子グスタフ・ノーグルが入校し、それぞれが暗に騎士団内部で派閥作りを活発化させている様子がうかがえており、団長たち執行部からすると大きな懸念材料となっていた。
騎士は王に仕え、国体と臣民の生命・身体・財産の保護に任じられているが、その他に対しては中立でなければならないとヤーマスの騎士法に定められている。
もしも王が弱っていなければ、王子たちも大っぴらに騎士団内部の派閥争いなどは出来ないが、もう王は内政に口を出すような気力もなく、ただ病床で寝ているだけだ。
団長や副団長は、今やヴィクトルやグスタフに対して思い切った処分をすると、いきなり各方面からの圧力で更迭されかねない自身の立場の危うさをひしと感じていた。
「コイツを見てくれ。さっき届いたジェイナス王子からの書面だ」
団長がライリー副団長に一通の書面を見せた。
しばらく無言で読み進めるうちにライリー副団長がしかめ面になっていく。
「……これは……ごちゃごちゃ書いてありますが、要約すると……貴族の案件に手を出すと騎士団幹部をクビにするぞ、と読めますね」
「もはや脅迫状に近い。まあ、似たような書面がやがてレオニード公爵からも届くだろう。情けないし腹の立つ話だが、貴族案件には慎重にならざるを得ないな。そうなると、内戦時に騎士団が割れたら、残るのは1割未満だな」
「そうなると騎士団の体は成さないですね」
「一人が10倍働けば大丈夫だ」
バルガン団長とライリー副団長は面白くもない冗談でガハハと笑い合っているが、その目は笑っていなかった。




