陽暦1491年10月〜国際武闘大会⑨ 夜から朝へ
リョウの脳内で、開いた扉から溢れ出す記憶の断片。
子供の頃の川で遊ぶ姿。
スーツ姿の若い男。
竹刀を振る姿。
食堂で食べる姿。
家庭での食卓。
スマホをいじる姿。
港でコンテナを確認する姿。
デスクでパソコンを操作する姿。
誰かに斬り殺される姿……。
数十年分の情報が流れ込んでくるのを一気に追体験する。
「大丈夫か、リョウ!?」
ゼルダンが心配そうに見てくる。
「……ぁあ……、ゼルダン……」
ボーッとなっているリョウ。
「どうしちゃったの?」
シオリが心配そうに尋ねる。
「……うん……俺……」
俯いていた顔をあげる。
「ヤマムラ・リョウだったみたいだ……」
口から出てくるその言葉を自分で確信するリョウ。
「えっ!?」
シオリはリョウを魔力越しにつぶさに見る。
シオリにはアラカンダルにしか教えていないが、人の魂を知覚できる魔力特性がある。
それは魔力により、相手の人間的な本質、善悪の意思や好悪の感情などを判別出来る能力。
シオリはその魂に魔力で直接影響を及ぼすことができる。
以前リョウを初めて見た時、“魂と体の間に隙間”があった。
それはシオリ自身を鏡で見た時と同じ姿。
それでリョウのことを転生者だと見分けたのだが、今ではそれが埋まっている。
「あんた、今、誰?」
シオリがズバリと聞く。
「俺は……リョウだよ。ヤーマス騎士団のリョウ」
「今、記憶はどうなっているの?」
「……昔見た、長い、長い夢を全部思い出したような……そんな感じだ」
「なるほど……おそらく、いや、きっと融合しちゃったみたいね」
「融合?」
「どうなるのか分かんないけど、アンタはアンタのまま。たぶん何も変化は無いわ」
「ああ……そうか。良かった。なんか流行りの小説みたいだなって言葉が頭の中に渦巻いてるんだけど」
「そう、そんなところが融合しちゃってるわね、フフフ。スマホって分かる?」
「無くても困んないね」
「アハハハ!」
何が面白いのか分からないゼルダンやアラカンダルがポカンとしている。
「まあ……よかったじゃない。あんまり変わらなくて。魂の色も変わらないみたいだし」
「自分が何者なのか、腑に落ちた感じがするよ。ありがとうシオリさん」
「何もしてないけどね」
リョウは頭の中で流れ込んできた記憶を反芻している。
明晰夢のような記憶と自分が過ごしてきた記憶との境界が曖昧で不思議な感じがする。
しかし自分の心境や性格の変化は今のところ感じない。
”親っていたんだな。そりゃそうか。ふふふ“
”爺ちゃんに教えたいなぁ“
「良かったなリョウ」
ゼルダンが声をかける。
「嬉しそうな顔でもしてた?」
「ああ」
「不思議な巡り合わせだな」
アラカンダルがリョウの目を見ながら言う。
「アンタも変わったことあるみたいだけど」
シオリが返す。
「女神が夢に出る話か?」
「そうよ」
「女神?」
リョウが気になって聞く。
「ああ。黒髪の女神がな。どこそこに行け、とかその類の話をしてくる」
「俺も、爺ちゃんの夢に金髪の女神が出るって。何ならその女神が俺を爺ちゃんに預けたって」
その話を聞いてシオリが難しい顔をしている。
「……複数の女神が……このヘリオス世界で……」
「どうした、シオリ?」
「いえ、何でもないわ」
タケルが欠伸を噛み殺している。
「そろそろ休憩しましょう。明日もあることだし。ワタシは試合しないから、みんなはゆっくり休んでていいわよ。結界を張っておくから安心して」
「そんなことができるのか」
ゼルダンが感心している。
「戦場を渡り歩いて来たんで、これまで魔力操作だけは死ぬ程頑張ってきたわ。そして、いつの日かこの仮面を外すのよ」
「趣味で着けてたんじゃないのか?」
リョウが何も考えずに口にする。
「んなわけあるか!」
笑いながら返すシオリ。
翌朝、アヤメが起きて、人の多さにびっくりしたのは言うまでもない。
「乙女の寝顔を何と心得るか!」
恥ずかしそうなアヤメがタケルを叱る。
「……昨日はいい勝負だったな」
アラカンダルが部屋の角から顔を出す。
「あ!アンタたちも何でいるのよ!?なんか仲良くなってるし!」
仰天するアヤメ。
「お前の分まで背負って戦う」
「そ、そんなの言われたら、怒れないわ。次は、もっと強くなってるから!覚悟しなさいよ!」
「ああ」
微笑するアラカンダル。
”この天然タラシが!“
シオリが心の中で突っ込む。
一行は闘技場に揃って向かった。
昨日と同じく超満員の観客席。
一行を見て怒号、歓喜の叫びなどさまざまな反応が起こる。
「いよいよ、本日、予選リーグを勝ち抜いた8名によるトーナメントが開催されます!」
司会者のアナウンスに、観客の興奮は最高潮に達していた。
「まず、ヤーマスから来た謎の戦士、リョウ!」
選手紹介に対してまばらな歓声と拍手。
毎試合、最小限の動きで戦い、気がつけば勝っていた、という印象。
「魔剣に頼り過ぎるな!」
「もっと頑張れ!」
観客の声に苦笑するリョウ。
両手を振って観客にアピールするが反応は薄い。
「次に、ディリアの貴公子、超絶武器のアーサー・グレイウス!」
観客の反応が強い。
「今日も剣の威力を見せてくれ!」
「頼むぞ!大金かかってんだ!」
アーサーが右手で剣を掲げると大歓声が上がる。
リョウをチラッと見て微笑みかける。
「いい勝負をしよう」
「ああ」
「次は、アパンの剣士、タケル・シラヌイ!」
「タケルー!」
「今日も技を見せてくれ!」
「俺はお前に賭けてるぞ!」
歓声にはにかむタケル。
「次は、一枚目のワイルドカード、タジ出身ラージャン・ヴァルマ!」
アラカンダルと同じリーグで、アヤメの怪我により2位となっていた男。
アラカンダル戦は不戦敗で流していたが他の試合は全て圧勝。
アッバーク国王の采配で決勝トーナメントに引き上げられた。
歓声はまばらだ。
「次は、ヤンホァの虎、リン・シュエフォン!」
その紹介にリンはその場で一回捻った宙返り、着地と同時に手足を伸ばして低く構える。
結構な歓声が上がる。
「待ってました!」
「クンフーマスター!」
「さて、どうなってるヤーマス、2人目の謎の魔法剣士ゼルダン・クレスト!」
ゼルダンが前に出て右手を上げる。
主に女性客から黄色い叫びが上がる。
「いけすかねぇ……」
「負けちまえ……」
「お次は、ご存じエラディア、”暁月“の切込隊長アラカンダル・エラ・カリス!」
それまでで1番の大歓声。
「全財産賭けた!頼んだぞ!」
「頼むから相手を殺すなよ!」
「金耀の神子ー!」
一歩前に出てお辞儀をするアラカンダル。
「最後は2枚目のワイルドカード、スリャの英雄!アミル・イブン・ラシード!」
アラカンダルの時以上の大歓声。
観客席は割れんばかりに盛り上がっている。
アミルはリンと同じリーグで2位だった男。
リンとは不戦敗。
昨日は湾曲刀を提げていたが、今日はその上で先の尖ったムチを持っている。
「頼むぞ!開催国の意地を見せてくれ!」
「英雄アミル!」
「神の導きを!」
アッバーク国王が満足そうにアミルを見ている。
「では、開催国を代表して、アッバーク国王の号令により、試合が始まります!」
司会者が告げる。
「今年は、本当に過去例がないくらいにレベルが高い大会となっておる。このような大会に集いし戦士たちに祝福を!そして、戦士たちよ!今日もその実力を遺憾無く発揮し、高めあうのだ!神の導きのあらんことを!」
「神の導きのあらんことを!」
観客たちも一斉に唱和する。
そして上がる大歓声。
闘技場の上から一斉に戦士たちが降りて行く。
残っているのはリョウとアーサーの2人。
シン、と静まり返る闘技場。
アーサーを見つめるリョウの目は静かに燃えている。
「第一試合、リョウ対アーサー・グレイウス……」
溜める審判。
「始めッ!」




