陽暦1491年10月〜国際武闘大会⑦
アヤメの前に立っているのは身の丈2メートルの美丈夫。
銀色の鎧を身にまとい、長大なバスタードソードをだらりと下げている。
豪奢な長い金髪がフワリと揺らぐ。
“現実味の無い人……絵画みたい”
ただ、その巨大な剣が放つ異様な雰囲気は現実の恐怖を惹起させる。
“あれを振り回すなんて本当に人間なの?”
「アラカンダル・エラ・カリス。お相手願う」
そう言うとアラカンダルは剣を両手に持ち、体の後ろに隠すように構えた。
「サギモリ・アヤメ!尋常に、勝負!」
アヤメは十文字槍を下段に構える。
「始めッ!」
審判の気合の入った掛け声。
「おお、さっきの暁月のヤツだぞ」
「相手は女か。勝負になんねぇんじゃねぇか」
「殺して失格だけはやめてくれよ」
観客たちのほとんどがアラカンダルの勝利を確信している。
“リーチは見えない、けど大体あの辺り”
アヤメは先の試合で見ていたアラカンダルの剣筋を脳内に再現する。
“この半円に迂闊に入ったら負け……迂闊じゃなければ……“
アヤメの全身から立ち上る紫のシマーが、体に収束していく。
ゼルダンにはアヤメの全身がうっすら紫色の光に包まれたように見えている。
「チィッ!」
会場の傍でリン・シュエフォンが盛大に舌打ちする。
「なんだあの女、速いぞ」
「ちょこまかとすごい」
「人間か?」
会場がざわつく。
「おおっ!」
ゼルダンが驚く。
「あれってお前たちの”無間“じゃないか……?」
「まだ未完成に見えるが……一年で発動させるか……やっぱ天才だな」
リョウも目の前のアヤメに釘付けになっている。
アヤメはそのまま前進するが、体が前後左右、幾つも分かれていくように見える。
「東方の武術……やはり器用な奴らだ」
アラカンダルは眼前に集中した。
アヤメの鬼火のようなゆらめく動きがゆっくりに見える。
“残像が多くて的を絞れない……ならば……!“
アラカンダルは左足を一歩踏み込んだ。
常人を遥かに凌駕するストライド。
「ヌンッ!」
一瞬で三度の剣の閃き。
凄まじい速度とリーチ。
通常ならこの剣で終わる技。
”ぎりぎり見える!“
アヤメの脳内感覚は”無間”の発動により上乗せされている。
三撃目のバスタードソードの先端を十文字槍の先に挟んで力の方向を逸らした。
「ぬおっ!?」
体がいなされた。
足を踏み出し体勢を整えるためのその一瞬、アラカンダルの動きが止まる。
“居着いた!“
アヤメの腕にシマーが集中する。
「ハァーァッ!」
思い切り体を横に広げ、最長のリーチで捻り突く片手技”二間通し・彗星”
「ガァッ!」
猛獣のような本能剥き出しで身を横にひねるアラカンダル。
ガキッ!という音が響く。
十文字槍の刃がアラカンダルの金属の胸当てを切り裂いていた。
そこから多量の血が流れ始める。
「見事だ……アヤメ・サギモリ……よくぞ……」
流れる血を指で拭って舐めるアラカンダル。
落ち着いた無表情から凶暴な目の色に変わっていく。
筋肉が膨れ上がり、鎧が軋む。
「よくぞ……」
凶暴な肉食獣が獲物を前にするような、そんな笑顔になるアラカンダル。
「……やってくれたなぁ!ハハ!」
なぜか口角が上がったままだ。
「あっちゃー!入っちゃったよ……何年振りかしら……」
シオリが舞台袖で呟く。
“なんだ!?雰囲気が変わった!”
「さあ!次は俺の番だぞ!耐えてみろ!」
アラカンダルは予備動作なく飛び上がり、長大なバスタードソードを振り下ろしてきた。
”雑!だけど、さっきより速い!“
「そら、そらそら!」
まるで軽い木の枝でも振り回しているかのような勢いで攻め続けるアラカンダル。
リーチと勢いが違いすぎて受けられないアヤメ。
「ほら、もっと、見せてくれ!俺に、技を!」
攻め続けてくるアラカンダル。
その体が少しずつぶれ始める。
”残像!?“
「こうか!どうだ!?」
アラカンダルの猛攻に残像が生まれる。
縦横無尽にさまざまな角度から攻撃がくるように見える。
”これは!影歩の応用!?“
”無間“を一部発動しているアヤメでも防戦一方。
咄嗟に全力で飛び下がる。
「そこだぁッ!」
アラカンダルは体を広げ、片手で最長の捻り突きを繰り出した。
”これは……私の……“
「グゥぅゥッ!」
アヤメの正中線に届きそうなその攻撃は、十文字槍の先で受けた。
しかし、十文字槍の先端は曲がり、バスタードソードの勢いはアヤメの胸骨に直撃した。
後方にたたらを踏むアヤメ。
片膝をつく。
口元から血が流れて、咳き込むアヤメ。
吐血。
「ああなったら見ただけで他人の技、出来ちゃうのよねアイツ」
独り言のように呟くシオリ。
幼い頃からたまに見せられていたアラカンダルの才能の片鱗。
気丈に立ち上がり、曲がった槍を足で踏み、真っ直ぐに戻して構え直す。
睨みつけるアヤメ。
”まだ、出し切っていない“
目が爛々と輝いている。
「強いな!さぁ、まだやろう!」
アラカンダルは上段にバスタードソードを構える。
「死ぬんじゃ無いぞ……!」
楽しそうなアラカンダル。
バスタードソードを嵐のように連続に回転させながら切り込んでくる。
つむじ風が巻き起こる。
「ウォリヤァァァ!」
迫り来る剣風。
アヤメは十文字槍を上段に構えている。
”見えた!“
「霹靂!」
アラカンダルの剣の隙間に斜めに振り下ろす十文字槍の先端。
「甘いっ!」
アラカンダルは返す刀でその先端を受けた。
ーーーはずだった。
槍の先端は振り下ろす途中で軌跡を変え、アラカンダルの剣をすり抜けたように逆側から現れた。
そのまま逆方向からアラカンダルの小手を深く抉る。
この技はセキサイがかつて幼きリョウに伝授した秘伝”稲妻“と同じ術理。
”取った!“
とアヤメが思った刹那、十文字槍の先はアラカンダルの右腕の筋肉に食い込んだまま外れない。
「フンーッ!」
アラカンダルはその右腕を引っ張ってアヤメを引き寄せる。
そのままの勢いで左膝をアヤメの腹に蹴り込んだ。
宙を舞うアヤメの体。
目の色が落ち着くアラカンダル。
表情が理性的になる。
地面に落ちる前にアヤメを片手でキャッチする。
「……強かったぞ」
気を失ったアヤメを地面に寝かせるアラカンダル。
「胸骨が折れている。早く手当を」
落ち着いて審判に告げるアラカンダル。
「勝者!アラカンダル・エラ・カリス!」
静かに見ていた観客たちが騒ぎ始める。
「あの女強かったな」
「しかし、あの男の底も見えない」
「途中で人が変わったぞ」
舞台を下りるアラカンダル。
「楽しかったみたいね?」
シオリが声をかけてきた。
「ああ……最後の技……あれはわからん。もう一度見たい」
口角が上がったアラカンダル。
「本当に困ったヤツねあんたは」
肩をすくめるシオリ。
夕刻、予選試合が全て終了した。
翌日の本選に駒を進めたのは8人。
その中にはリョウとゼルダンの2人の顔もあった。
アッバーク国王は苛立ちを隠さないまま、取り巻きと共に奥に消えていった。




