陽暦1491年10月〜国際武闘大会④
ジグルド・ルーンへイムは大陸北西部に位置するノール国の代表。
アラカンダルのいるエラディアの隣国。
2メートル近い長身で、ガッチリした大男。
長めのロングソードと金属盾を持っている。
丈夫そうな鱗の鎧とツノのついた兜。
“デカいな”
ジグルドは試合場の反対側から上がってくるアラカンダルを見て思う。
自分と変わらぬ体格の持ち主。
油断なく一挙手一投足を見定めようとするジグルド。
アラカンダルは豪奢な金髪をなびかせた絵画のような男前。
金属のプレートを貼り付けた銀色の鎧姿。
長大なバスタードソードを両手持ちのスタイル。
“噂に聞いていた通りの見た目……鎧の上から人をぶった斬るというが……“
「始め!」
審判の掛け声と共に試合が始まった。
興奮する観衆たち。
アラカンダルもジグルドも動かず、相手との距離を取ったまま。
アラカンダルはバスタードソードを後ろに回していつでも横薙ぎにする姿勢。
ジグルドは金属盾を左手に持ち、ロングソードを盾で死角になるように構えている。
リョウは遠くからその2人を見ていた。
2人とも重い武器を軽々と扱っており、馬鹿げた身体能力の持ち主だ。
アラカンダルの初撃を盾で防ぎ切って反撃すればジグルド有利、と思える。
しかし、アラカンダルの構えの圧倒的な迫力。
体から異様な空気が立ち昇っている。
リョウはその姿から目が離せない。
唾を飲み込むリョウ。
”やっぱ普通じゃねぇぞアイツ“
互いにジリジリと歩を進め、近づく両者。
”間合いだ!“
リョウがそう思った瞬間、アラカンダルは両手でバスタードソードをフルスイングした。
目にも止まらぬ剣の一閃。
ジグルドは左手の金属盾に身を預けて、全体重で受けた。
ーーーはずだった。
ズガァン、という重い音が会場に響き渡る。
「グオオォォォ……」
ジグルドの苦鳴。
金属盾はひしゃげて内側に食い込み、腕は肘から先があり得ない方向に曲がっていた。
ダラリと下がる盾。
どよめく観衆。
異常な状況に水を打ったように静かになっていく会場。
脂汗を垂らすジグルド。
それでも右手のロングソードをアラカンダルに振り下ろす。
アラカンダルはその剣を冷静に見つめ、その軌道とは逆方向にしなやかに動いて躱した。
同時に手首の返しでバスタードソードを回転させ、剣の腹をジグルドの小手に叩きつけた。
ガツッ、という鈍い音が響く。
「ウガァッ!」
痛みに叫び、剣を取り落とすジグルド。
アラカンダルはそこから踏み込んで猛烈な勢いの体当たり。
ドォンという重いものがぶつかり合う音と共に、5メートル以上吹き飛ばされたジグルド。
痺れ続ける左右の手。
痛みをこらえながら頭を振って前を見る。
目の前にはアラカンダルが眼前に剣を突きつけていた。
「降参だ……」
項垂れるジグルド。
”本来なら腕を両断されていた……“
「勝者!アラカンダル!」
静かだった会場。
徐々に大きな歓声になっていく観客たち。
「圧倒的……!」
「噂に違わぬ化け物!」
「誰か勝てるのかアイツに!」
「全財産かける」
「優勝でいいだろコレ」
「すげぇぞアイツ……」
リョウは驚愕していた。
凄まじい膂力に身体能力。
猫科の猛獣のようなしなやかな動き。
何よりその目。
戦闘中に一切の感情を表さない。
「……規格外だな。実戦経験が桁違いなんだろう」
ゼルダンが横に立っていた。
「戦場での命のやり取りなら勝てねぇ……かもな……」
リョウは絞り出すよう言った。
”あいつ、アヤメと同じリーグだな……“
「……控えめに言って化け物ね」
試合場の横で見ていたアヤメ。
思わずそう口から出る。
だが口の端が上がっている。
「もし棄権しても、誰も何も言わないと思うが……」
タケルが腕を組んでアヤメに言う。
「……鷺森流は強者に立ち向かうために編み出された槍術……全身全霊を持って立ち向かうよ。見ててねタケルちゃん」
徐々に目の色が変わってくるアヤメ。
手が震えている。
”あ、武者震いだなこれは“
少し表情が和らぐタケル。
「タケルちゃん、すぐ試合なんじゃない?」
アヤメがふと気づく。
「おお、もう出番か。忙しないな」
おっとり口にするタケル。
「次の試合、ハーリド・ファルーク対、タケル・シラヌイ!前へ!」
会場で審判が呼び出しの声を上げる。
「では、行って参る」
飄々と試合場に上がっていくタケル。
”どっかズレてんのよね……“
アヤメは苦笑する。
”……おかしな人、だけど負ける姿が想像できないんだなぁこれが“
鷺森流と不知火流、互いにアパン有数の武門の出。
幼い頃から共に顔を見知っている間柄。
アヤメは、タケルの第一印象を今でも覚えている。
薄めながら整った顔立ちで、人当たりも穏やか。
しかし会話のテンポがどこか独特で「なんだか変わった子だなぁ」と思ったものだった。
しかしその剣筋はまさに比類なきものとすぐに思い知らされた。
幼い頃、タケルが鷺森家の石灯籠を剣で断ち切ったのを見た時の衝撃をアヤメは今でも忘れられない。
もちろんその後アヤメの母セイからしこたま怒られたのだが。
だが母セイは、その日から他家のタケルにも熱心に稽古をつけてやっていた。
そのためタケルは不知火流のみならず、鷺森流も修めてしまっている。
”今、ちょっとだけ負けてるけど、そのうち追い越してやるんだからね”
アヤメは試合場に向かうタケルの背中を眩しそうに見つめていた。
開催国スリャ代表の試合、観客の興奮は最高潮に達している。
「アパン人か……デカくねぇな」
「英雄ハーリド!やっちまえそんなヤツ!」
「スリャの強さ、見せつけてくれ!」
「死なない程度にぶっ殺せ!」
怒号にもヤジにも似た叫びがあちこちから上がる。
当のタケルはいつも通り、のんびりとした足取りで試合場に歩いていく。
この時まで、会場のほとんどは、まだタケル・シラヌイの名を知らなかった。




