陽暦1491年10月〜赤薔薇の騎士④
あの後、旧カイゼル公爵邸の捜索を行なったが、もぬけの空だった。
頼みの綱の残留思念も途切れ、なす術もなく王宮に戻った一行。
各級幹部を集めた捜査会議で情報共有を行っている。
「宝物庫から、ヤーマス軍の正統性の象徴とも言える“蒼天旗”が盗まれました。軍隊の戦意を鼓舞する効果の魔法の旗です」
ヤナが報告する。
騎士たちの間にさざなみのように広がるざわめき。
「一連の事件は、そのための盛大な陽動だったような印象があるな」
カルヴェイン隊長が総括し、バルガン団長が頷く。
「こう後手に回ってちゃ、どうもいけねぇ。今分かっている事をまとめようじゃねぇか」
ジュウゾウの言葉に一同頷く。
「アルマ、なんかあるか?」
いきなりアルマに水を向けるジュウゾウ。
何だこの小僧は?という各騎士たちの視線。
「はい……今回の件、目的が“蒼天旗”だとすると、首謀者は限定的です」
思っていたことを口にするアルマ。
「……続けろ」
目つきが険しくなるバルガン団長。
「テリー王子暗殺未遂、王族しか知らない地下通路の利用、“蒼天旗”の重要性の理解、私の精神感応魔法を知っていて逆手に取る……」
アルマははっきりそう言った。
「つまりは、王宮内部に精通し……」
「その条件に当て嵌まる者……」
“アルマ、しっかりしちゃってるわね……”
ヤナも聞き入っている。
エステルと顔を見合わせる。
「……推測で良い、言ってみろ」
ジュウゾウもピンときている表情。
すぅ、と息を吸って、吐き出すように言うアルマ。
「……首謀者は、レオニード公爵派の者……」
アルマが確信を持った表情でそう言うと、集まっている騎士たちはどよめいた。
“もっと言うなら、グスタフ・ノーグルしかいないんだ……”
ここは胸の内に留めておく。
「……もしそうなら、ここまでなりふり構わぬ行動に出るとは……」
「いや、他国の陰謀の可能性はまだ捨てきれんぞ」
「それでは地下通路の詳細を知って利用したことついては、説明がつかない」
「もしそうなら、内戦はもはや待った無しだ……」
パンパンと手を叩くカルヴェイン隊長。
「……さて、軍略科長、今の意見はどうですか?」
ドレン・デ・ブラン科長に向けてカルヴェインが問う。
傍にジンとカルラが控えている。
「……他国の動きは今のところ見えない。今の意見は、実のところ軍略科の分析と一致しています。ジン、補足を」
「はい。決め手は王宮の地下通路です。この存在については秘中の秘。王位継承権3位までの者にしか伝承されません」
驚いた表情の一同。
「それ以外で知っているのは……軍のトップだけ。そんな情報を詳細に利用できるのは、ジェイナス王子、レオニード公爵とカイゼル公爵しかいない。ここは消去法でレオニード公爵になります。さらに……」
続けて言う雰囲気か周りを見回すジン。
頷くブラン科長。
「テリスイースト州からの報告によると、レオニード公爵はもう内戦の準備を終えていると考えられます。今更なりふり構わず盗んだ“蒼天旗”は大義名分を得るための最後のピースです」
ジンの発言に静まり返る一同。
「……諸君、聞いた通りだ」
バルガン団長は一人一人に目を合わせて、言った。
誰も声を発しない。
「覚悟を決めよ」
バルガン団長の言葉に沈黙し、重苦しくうつむく一同。
「開戦の日付は?」
バルガン団長がブラン科長に聞く。
「ヤーマス王の崩御とともに」
ブラン科長は明言した。
「分かっちゃいたが、やり切れねぇな」
ジュウゾウの呟きにため息をつく者が多い。
「不敬とは分かっちゃいるが敢えて聞くぞ。ヤーマス王の容態は?」
バルガン団長が聖女アルシア付きのセラに目を向ける。
「アルシア様の見立てでは、もはや長くはないと」
アルシアの側近であるセラが答える。
「皆、聞いての通りだ。騎士団は、捜査では独立して動いている。しかし、内戦に入ったら半分はジェイナス王子の部隊に編成させられるだろう。残り半分で治安維持活動をせざるを得ない。どちらにしても大変な任務だ」
バルガン団長は努めて冷静に言う。
「希望は聞く。近いうちに部隊を編成しておくぞ……騎士団を辞めるって言っても止めはしねぇ……」
少し言葉尻が揺らぎ始めるバルガン団長。
「……だが、頼む……ヤーマス王都騎士団存亡の危機だ……」
次第に途切れ途切れになるバルガン団長の言葉。
「無理は承知で……どうか……」
言葉が詰まる団長。
誰も顔を上げない。
「みんな……国民の為に、騎士として、この国難、一緒に頑張って乗り越えていこうじゃねぇか」
いつの間にかバルガン団長の目の端に光るものがあった。
「俺たちの最大の目的は、死なないこと、だ。内戦が終われば、また日常がくる!必要とされる!その日まで……みんな、死ぬな!」
「おおおお!」
大広間は歓声に包まれた。
「……聞いたよ。レオニード公がやったってね」
王宮の夜。
テリー王子は、部屋の前で護衛についているヤナに話しかけた。
「おそらくは。なれば、あの手練れの実行犯、太刀筋から……正規の騎士かと……」
ヤナは暗い表情で返答した。
「……本来、味方同士であるはずの者と殺し合う……覚悟してはいたが、これが内戦……」
テリー王子も居た堪れない表情。
「……王子はどうあってもお守りいたします。ご安心ください」
「……ふふ、ありがとう。でも人が一人で出来ることなんてたかが知れているんだ。万が一があっても気に病むんじゃないよ」
優しいが少し寂しさを感じさせる笑顔のテリー。
「そんな未来、認めません」
不思議と動揺しているヤナ。
窓から差し込む月光に照らされている2人。
「……君の気高さ、高潔さ、薔薇のようだよ……いつまでも、そのままでいてくれ、我が赤薔薇の騎士……」
テリーは月光の中のヤナを真っ直ぐ見てそう言った。




