陽暦1491年10月〜赤薔薇の騎士③
「こんな隠し通路があるなんて……」
カルヴェイン隊長がドアをくぐり、中に入っていく。
「こんなのを知っているのは、ほとんどいねぇはずだ……それこそ王族の一部だけだろう」
難しい顔をしてジュウゾウが続く。
「どこまで続いているんですかね……」
暗く狭い地下通路。
真っ直ぐに進むと左右の分岐があった。
アルマが残留思念を辿ると、それは右側につながっている。
「こりゃぁ、きっと王宮の外まで続いているぞ。王族の非常用脱出路だろうからな」
ジュウゾウの推測に誰も異論を唱えない。
「負傷者がいる。まだ遠くに行っていないはずだ。追いつくぞ」
カルヴェインが早足になると、再び分岐。
今度は左側に残留思念が続いている。
「城の地下全体に張り巡らしてありそうだな……この工事、初代ヤーマス王の土木魔法か……?」
ジュウゾウは呟く。
通路の壁の幅が一定でツルツルしている。
人が手で掘ったものとは考えにくかった。
「初代ヤーマス王は用意周到な人だったんですね……こっちです」
アルマが先頭にいて早足で進む。
先に梯子があった。
通路はずっと続いている。
残留思念の先は梯子の上に続いている。
「ここから登ってます」
「さて、どこに出るのか。距離と方向感覚が狂ってしまって分からないな」
カルヴェインが梯子を登り、上にある石をどけた。
明るい。
「ここは……?」
大きな屋敷の庭に出た。
荒れて雑草が生い茂っている。
草が倒れ、人が通った跡がある。
「屋敷の中まで思念が続いています」
「よし、包囲しよう」
カルヴェインが配下の者に指示を出す。
部下が地図を持ってきて広げた。
「旧カイゼル公爵邸……だと?」
この場所の由来を知ってカルヴェインは驚いた。
「きなクセェな」
ジュウゾウも片目をつぶって苦い顔。
兵士たちによる包囲が完成した。
「馳せ参じました!」
鎧姿で駆けつけたエステル。
「ヤナはもうテリー王子の護衛についているか?」
「はい」
「ならあっちは大丈夫だな。じゃあ、入るぞ。殺さず捕えるんだ」
カルヴェインは手振りで部隊を屋内に入らせた。
「来てくれたのか、ヤナ」
部屋の前で警戒するヤナにテリー王子が声をかける。
「警備が破られ、申し訳ありません」
「君のせいじゃないさ。狙われる私にも責任はある。尊い兵を1人失ってしまった……」
俯くテリー王子。
無言のヤナ。
「全力でお守りします」
小剣を抜いて手に持っておく。
「私も自分の身ぐらい自分で守らないとな」
テリー王子は部屋からレイピアを持ち出す。
“手に持った感じが様になってるわね”
テリー王子が武にも長けているという話は本当だとヤナは理解した。
「いつ狙われるか分からないから、鍛えるしかなかったんだよ」
苦笑するテリー。
「理解できます」
テリーを見て微笑むヤナ。
その時、衛兵の叫ぶ声が聞こえた。
「宝物庫がやられた!」
「なにっ!?」
振り向くテリー王子。
廊下を宝物庫の方向へ駆け出す。
ヤナも間髪入れずに追随する。
宝物庫の扉の前で、衛兵が一人、血溜まりの中でうつ伏せに倒れている。
意識が無いようだがうめき声を上げている。
その傍に別の衛兵がいて懸命に倒れた者の応急手当てを行なっている。
「賊は!?」
ヤナはその場にいる衛兵に声をかけた。
即座に倒れた衛兵に回復魔法をかける。
袈裟斬りにされ深手を負っている。
”凄まじい剣の冴え!“
革鎧を切り裂いている傷の鋭さと滑らかさにゾッとする。
”これ程の腕なら、一撃で即死させられたはず……もしかして、わざと致命傷にならないように切っている?”
ヤナにはそんな気がした。
今ヤナが魔法で手当てすれば何とか命は救えそうだ。
「一人です!ローブを羽織った男!宝物庫から何か棒状の物を盗んで、窓から飛び降りました!」
ヤナは窓から下を見た。
5階でかなりの高さがある。
“ここを飛び降りたっていうの!?“
信じがたい賊の技量だ。
宝物庫は王の間と同じ階にあって、普段は十分な警備がいる。
「脱獄騒ぎで人が減ったタイミングを狙ったのか?」
テリー王子は宝物庫の中に入り、中を見回す。
宝冠。
王笏。
魔法の杖。
宝飾品。
王家に伝わる魔法の剣。
どれも手付かずだった。
「金目当てでは無い……?」
その時、ヤーマスの象徴たる軍旗が無いことに気付いた。
「初代ヤーマス王の旗が……盗まれている……」
呆然と立ちすくみ呟くテリー王子。
「王子、その旗とは……?」
倒れた衛兵の応急処置を終えたヤナが宝物庫に入り、テリーに話しかける。
「軍旗“蒼天旗”。戦場で掲げれば、兵の恐怖を払い、士気を高める魔法の旗だ……建国王は、バダ砂漠の戦いで、あの旗を掲げ、わずか二千の兵で一万の軍勢を退けたと伝わっている」
「大事な物ですね」
「正統ヤーマス王家の象徴とも言える旗だ……絶対に取り戻さなければならない!」
テリーは歯軋りしそうな顔。
一呼吸おいてその旗の形状をヤナに説明する。
「すぐに手配します」
ヤナはそう言うと、衛兵に声をかけた。
盗まれた軍旗の特徴を触れ回るよう依頼する。
「敵は恐るべき手練れのようです。しばらくこちらで警戒します」
「……ああ、すまない。頼むよ」
テリー王子は窓から下を見て少し身震いした。
旧カイゼル公爵邸の玄関ドアを開けると、そこは大広間になっていた。
誰もいない。
アルマが残留思念が無いか探るが、何も感じ取れない。
「……おかしいな?思念が消えている……?」
「そんな事があるのか?」
ジュウゾウが不思議そうな顔でアルマを見る。
「この部屋に何か違和感が……」
椅子が一脚、不自然な場所にポツンと置いてある。
カルヴェイン、ジュウゾウ、アルマが近寄る。
椅子の背に紙が貼ってある。
護符のような模様が書いてある。
「これ……何だ?魔力が阻害される……?」
アルマにとって不快極まりない護符。
また、その護符の他に、椅子の上に手紙が置いてある。
「ここまで来るとは見事」
とだけ書いてあった。
「どうやらワシら嵌められたみてぇだな……」
ジュウゾウが額を引き攣らせながら言う。
「ちくしょう……」
アルマが手紙の主を探ろうと手に持って精神集中するが、魔法が掻き消されてしまう。
と同時にその手紙がいきなり燃え上がった。
「うわっちちち!」
手を放すアルマ。
手紙は消し炭になってしまった。
「なんというヤツ」
カルヴェインも驚嘆する。
「全部上をいかれっちまったな。これは相当な相手だわ」
ジュウゾウの目が光った。
”俺の能力を知っている相手……なのか……まさか……”
アルマの脳裏に、一人の同期生の笑顔が浮かんだ。




