陽暦1491年10月〜赤薔薇の騎士②
あれから1カ月が過ぎた。
今日は非番の日。
エステルは、紺色のパンツスーツ姿。
カーミラ伯爵令嬢として屋外茶話会を楽しんでいた。
「やあエステル」
乗馬服姿のテリー王子が現れた。
「これはテリー王子。ご機嫌麗しゅう」
エステルは、立って恭しく挨拶した。
テリー王子を幼い頃から軽薄なお兄さんという印象で見ている。
「今日は非番みたいだね、掛けても?」
エステルが促すとテリーは同じテーブルに腰掛けた。
"来たわね"
エステルはなんとなく口元が緩んでいる。
「含みのある笑みだね?」
「そうですよ。ときどき赤い薔薇を贈られているみたいじゃないですか。ヤナに」
「……王族にもプライバシーは必要なんだけど。まあ、命を助けられたお礼だよ」
苦笑して肩をすくめるテリー王子。
気を取り直してエステルに向き直る。
「さて、そのヤナさんのことなんだけど……」
"まっすぐ聞いてきたわね……"
「どういった話が聞きたいのです?」
「彼女、どんな人なのか知りたい」
「……直接聞かれてみては?」
「ホラ、私が近づいて風評が立つと迷惑をかけるかも知れないだろ?過去に女性関係いろいろあったしさ」
「ご自覚されているんですね」
「そう言うなよ」
「わかりました。……私から見たヤナは、すごい人です。男より強く、その上美しい。でもちょっと不器用かも」
「恋愛観とか聞いたことある?」
「あの子は男より剣が好きなんじゃないですか?浮いた話は聞いたことありません」
「そうか」
少し明るい表情になるテリー王子。
「……いつものように、ではありませんよね?」
「まさか、そんな気はないさ」
「あの子に不埒な行為は通用しませんからね。私もそれは許しませんよ……」
エステルは一呼吸あけて続けた。
「それに、あの子には山奥の村で一緒に育った幼なじみが2人いるんです」
「幼なじみ?」
「ええ。みんな同期で騎士になっています」
「3人とも騎士になったのか」
「絆は固いですよ」
テリー王子はテーブルの一点を見つめている。
「……ますます興味が湧いてきたよ。あれほどの逸材は見逃せない」
呟くテリー王子。
「さて、お邪魔したね。聞かせてくれてありがとうエステル」
立ち上がるテリー。
テーブルを後にする。
「いえ。どういたしまして」
”本気なのかしら……"
エステルはカップに口をつけながら考えていた。
しばらくしていると城内が慌ただしくなってきた。
警備兵たちが走り回っている。
エステルはテーブルを離れ、走っている兵に声をかけた。
「一体何事ですか?」
「エステル様!例の暗殺者、牢から姿が消えたのです!」
「なんですって!」
エステルは急いで近衛騎士の待機宿舎に戻った。
「……という訳だ。内通者の手引きにより、牢番が殺され、暗殺者が逃がされた。ただ発見が早く、封鎖が間に合った。まだ城門から出た不審な者はいない。目下総力をあげて捜索中だ」
大広間。
カルヴェイン近衛騎士隊長が応援で集まった騎士たちに説明する。
捜索部隊を編成し、場所を割り振る。
「質問はないか」
「はい」
年配の普段着の男性が手を挙げて質問する。
ヒラタ・ジュウゾウだ。
隣にはアルマが座っている。
「ヒラタ殿、どうぞ」
「ウチの若いのが、こういうのとは相性がいい。現場を見せてくれ」
「おお!そうかアルマが居ましたな」
「全力を尽くします」
アルマは落ち着いてカルヴェインに言った。
"目の色が変わった?師匠が良かったな"
カルヴェインがすぐにジュウゾウとアルマを地下牢に案内する。
「ここだ」
薄暗い地下への階段を下ると、そこは騎士たちが現場の検証中だった。
明明と照明で現場を照らしている。
房は5つ。
一番手前の牢の扉が開いており、その前にうつ伏せに倒れている中年の牢番の兵士の遺体。
遺体見分中の兵士が「正面から首を一突きされたと考えられる」と説明した。
石畳の上で、足跡などは残っていないらしい。
地下牢は15分おきに見回りをすることになっているが、今回の被害者が予定時刻に帰ってこなかった。
相方が気になって見に行って惨状を発見したらしい。
被害者が見回りの最中、発見者はトイレに行って目を離しているタイミングがあった。
その間、地下牢への通路を誰か通っていないかは分からないという。
「正面から一突き……油断したのか?顔なじみの犯行……?」
アルマがそう呟く。
「まぁ今はその可能性も有るってだけ覚えておけ」
ジュウゾウが周囲を見回しながら言う。
アルマも注意深く周囲を見回す。
先着の騎士たちは現場直近の見分に終始している。
“現場百回って言葉があるくらい、現場が基本なんだ”
まずジュウゾウから教えられた言葉。
現在、地下牢は他の囚人はいないため、目撃者もいない。
“何か手掛かりはないか……奥は……“
アルマは床に這いつくばって地面を見る。
その四つん這いの姿勢のままあちこち探し回る。
「ん?」
照明から少し離れた、入り口から4番目の房の前の地面に、わずかにテラっと光る何か。
近寄って指でなぞると赤黒い。
匂いを嗅ぐといつもの鉄っぽい匂い。
少量の血液だと思われた。
「師匠、ここに血です」
「おや……返り血か?奥に……?」
訝しむジュウゾウ。
照明を一つ借りて奥を照らしながら進む。
地下牢は周囲を堅固な石で組まれた壁で出来ており、奥は行き止まりになっている。
「目で見てもなんもねぇか。アルマ、現場思念を探ってくれ」
ジュウゾウは目を押さえて言う。
「はい!」
アルマはそう言うと、目を閉じ、精神を集中させて、現場周辺に残る思念がないか探る。
現場にうっすら残っている“恐怖感”がだんだんと消えていく。
“他に無いか……”
アルマの精神感応魔法は、その思念に触れた時にアルマにその感情が流れ込んでくる。
少しずつ移動しながら他の思念を探す。
“おっ、これは……!”
“興奮と強い安堵感”がアルマに流れ込んできた。
同時に、誰かが負傷者を支えるような、おぼろげな影が脳裏をよぎった。
その思念は地下牢の奥の方に続いていく。
跡を辿るアルマ。
「ここ……?何も無いぞ……?」
奥の突き当たり付近まで続いている残留思念。
ジュウゾウと2人で顔を見合わせる。
照明でよく照らして見る。
石壁の横に小さな石があり、その上のコケが一部払拭された跡があった。
「何だこれは……」
ジュウゾウがその石を押してみる。
奥に動いた。
房と反対の壁あたりでカチリという音が聞こえた。
「聞こえたか?」
「はい」
2人が音のした方に近づく。
照明で照らしてみると、石の一部に線が入っている。
「まさか……」
ジュウゾウがそこを手で押すと、巧妙に石に模されていた扉が開いた。
冷たくカビ臭い空気が流れ込んでくる。
奥に通路が続いていた。
「……隊長!」
ジュウゾウが叫ぶ。




