陽暦1491年9月〜赤薔薇の騎士①
ヤナが近衛騎士として王宮で働き始め、すでに5カ月が過ぎていた。
今日は“ジェイナス王子の次男テリーの誕生祝い”の現場の警戒に当たることになっている。
テリー第二王子は24歳。
高身長、金髪の長髪で精悍な顔立ちのハンサム。
朗らかでユーモアがあって文武両道。
数々の女性と浮き名を流し過ぎているのが玉にキズの色男。
今回はそのテリー第二王子の要望があり、護衛の騎士もドレスアップして警護に当たることになっていた。
ヤナの白のドレスはエステルが時間をかけて自前の衣装の中から選んで貸してやったものだ。
「……だめだめ、恥ずかしいわ!」
ヤナの形の良い胸とスラッとした筋肉質の美脚が強調された白のドレス姿。
鏡で見て顔が上気する。
しかし、似合っていると自分でも思う。
「何言ってるの!最高じゃない!社交界じゃこのくらい当たり前よ!」
鼻息を荒くして興奮を隠しきれていないエステル。
「ざわつかせてやんなさいよ」
親指を立てる。
「……趣旨が変わってるんだけど……足の傷も見えるし……」
よく見るとヤナの体には目立たないほどの細かな傷がたくさんある。
「そんなの逆にプラスポイントよ!ほら、もう時間よ!行かなきゃ!」
謎に力が入っているエステル。
「……もう!」
ヤナはエステルに見送られ、慣れないヒールの靴に苦い顔をしながら大広間に向かった。
1時間後、ヤナはグラスに入った果汁をなめながら出入り口の横で社交場を眺めていた。
"当然ながら不審者はいない……けど情勢的には油断が出来ない任務。でも、さっきから鬱陶しいわね……"
ヤナは警戒員だと分かるように胸元に騎士団の記章を刺しているが、さっきから下級貴族の子弟がひっきりなしに入れ替わり立ち替わり声をかけてくる。
「あの……お話を」
「任務中ですので」
「僕と踊って頂けませんか?」
「任務中ですので」
「妾にならないか?」
「おととい来てください」
もう何人断っただろうか。
少し苛立ってきたのでスイーツの皿からケーキを一切れ取るヤナ。
背後から声がかけられた。
「こんばんは、ミレイディ」
振り向くとそこには今日の主賓がいた。
金髪を後ろで縛って少し前髪を垂らしている。
金の刺繍がふんだんに入っている白いタキシードを着こなしている。
「わ、王子、お恥ずかしいところを」
「……その傷は戦場で?」
テリーは小さなカップを渡して来た。
コーヒーが入っている。
ヤナはそれを受け取る。
「いえ、幼少期からの訓練で。生傷が絶えませんでしたもので」
「それは大変だったね。お名前をお聞きしても?」
「ヤナ、と申します。ヴィクトル様とは同期生になります」
「アイツと……騎士団にこんな逸材の花がいたなんてね。フフフ」
気恥ずかしい気持ちでケーキを急いで食べ終わるヤナ。
何となく立っている風のテリー。
「さて、ヤナさん。私と踊ってはくれませんか?」
体を前に倒し、手を差し出すテリー。
全くのキザな感じがしない。
「えっ、王子、私は任務中ですので……」
「私のすぐ近くで守れますよ」
「簡単なワルツしか知りませんので……」
テリーは従者を呼び、声をかけた。
すぐに大広間の音楽が優雅なワルツに変わる。
微笑みかけるテリー。
"油断ならない人ね"
ヤナはテリー第二王子の手を取った。
「では」
テリー王子はヤナの腰に手を回し、リズムに合わせて踊りの輪の中にヤナを誘導する。
「すごい筋肉だね……」
驚いた表情のテリー王子。
「王子こそ引き締まってますね」
これはお世辞ではないヤナの感想。
社交場の皆が一斉に注目し、ざわつき始めた。
「誰だあの美女は」
「テリー様がエスコートしてる……」
「騎士団……?」
「無敵の近衛騎士らしいぞ……」
「お似合い過ぎる」
「わ、わ」
慣れないヒールで、多少の緊張もあって足がもつれるヤナ。
「大丈夫。足さばきの練習だと思って」
苦笑するヤナ。
周りの上手い人の動きを集中して見る。
"123、123、123……あら意外とシンプルね"
一気に動きの精度が上がるヤナ。
「もう慣れたみたいだね」
「的確なアドバイスのおかげです」
2人は周囲の羨望の眼差しの中、優雅に踊り続けていた。
”ん?"
ヤナはふと踊りながら周囲に違和感を覚えた。
演奏の最中にチラチラとテリー王子を見てくる楽団員がいる。
その時、少し音楽が乱れた。
ヤナは楽団を注視する。
バイオリンの2列目から中年の男が飛び出してきた。
その男のバイオリンの弓の尖端から硬そうな金属が飛び出した。
わずかにそこが濡れている。
"毒か!ジンみたいなヤツね"
「毒です!離れて!」
ヤナは左手でテリー王子を柔らかく後ろに押しながら賊の前に出る。
「死ねぇ!」
男は右手で武器を把持し、真っ直ぐテリーに向かって突進して来た。
かなりの速度と勢い。
あと1秒もなく激突する。
そのとき、ヤナの身体が一瞬赤い光に包まれた。
「おお……!」
凝視するテリー。
ヤナはすっと音もなく近寄り、男の武器を持つ右手を弾いて、そのまま相手の足を払った。
盛大に宙を舞い、半回転して後頭部を強打する男。
ゴツンと響く音。
「がッ!」
なんとか頭を振って起きあがろうとする暗殺者。
周りから人々の悲鳴がする。
ヤナはその男の後頭部に、引っ掛けるように強烈な右後ろ回し蹴りをお見舞いした。
再び真下に倒れる男。
蹴り終わっても全くブレずに立つヤナの姿。
一歩近づき、倒れた男の膝を踏みつけた。
「うげぇぁ!」
悲鳴を上げ、膝の関節が外れて動けなくなった男。
他の衛兵がわらわらと駆け寄ってきた。
「お手柄だったな!」
「凄かったぞ!」
ヤナはその間も追撃がないか油断なく周りを見渡していた。
"強い女もいた、可愛いだけの媚びる女も"
"俺を下がらせ、暗殺者の前に立ち塞がるなんて……そしてあの落ち着きよう……何という……"
"こんな女性は初めてだ……"
「リッター・デア・ローテン・ローゼ(赤薔薇の騎士)……」
思わず口をついて出たその名は、彼女によく似合っていた。
テリー第二王子は、赤髪を揺らしながら周囲を警戒し続けるヤナの姿から目が離せなくなっていた。




