陽暦1491年4月〜“落としのジュウゾウ”
アルマは”文化の道“を東に向かう馬車に揺られながら、頬杖をついていた。
”テリス・イースト……遠いなぁ……。初任務……上手くこなせるだろうか……“
いきなりレジェンドと組まされて気が重いアルマ。
今の直属の上司であるヒラタ・ジュウゾウは茶色のハットを目深に被ったまま、壁にもたれて口を開けて居眠りをしていた。
靴も靴下も脱いでいる。
小柄な老人だが中身の詰まった体格。
“普通のおっさんにしか見えんが”
アルマがぼーっと外を見ていると、目の前に広がる水平線。
テリス海という名前の巨大な湖。
南北の長さ約300キロメートル。
東西の幅は約80キロメートル。
”これに橋がかかってるっての、信じらんねぇなー“
ほどなく、ブリッジ・ウェストの街に着き、橋の門番に公務使用申請書を手渡す。
銀貨4枚の通行料を払わなければ通れないテリス海大橋を、公務でタダで渡る。
この橋を渡らず、テリス海を南北ともに迂回するルートがあるが、その際は山あり谷ありモンスターありの峻険な道を400キロほど回り道をすることなるので、よほどのことが無ければ皆橋を渡る。
アルマは生まれて初めて通るテリス海大橋の巨大さに圧倒されていた。
幅50メートルはあろうかという平坦な、木とコンクリート、金属を組み合わせた橋。
「どうやって作ったんだ……」
見回しながら思わず呟く。
「初代王様が、オメェと同じく魔法使いでよ。しかも異世界から渡ってきたってな。その知識と魔術を使って建てたんだってよ」
いつの間にかジュウゾウが目を開けて、外を見ていた。
「何べん通っても、これが人の仕業だってのが、信じらんねぇなぁ」
あくびをしながら言う。
アルマも完全に同意だ。
夕暮れ、ブリッジ・イースト市に着いた。
安宿に一泊し、1日かけて南北の街道に到着、そこからさらに南へ1日かけて、ようやく目的地である州都ヨークに辿り着いた。
途中途中で畑を見ると、野菜が大量に収穫されていた。
”土地が豊かなのかな“
アルマはぼんやりと思った。
「体が、バキバキだぁ……」
アルマが馬車から降りて背伸びをする。
「オッサンには堪えるわぃ」
ジュウゾウも背伸びをしている。
「さて、行こうか」
ジュウゾウはヨーク州都騎士団に向かって大通りを歩き始めた。
アルマは初めてきた場所なのでついていくしかない。
道中、市場や大通りは賑わっており、活況を呈していた。
「この辺りは景気良いみたいですね」
「レオニード公の手腕よ。他所より税率を敢えて下げ、経済を回しているんだ」
「へぇ……」
アルマが見たところ、確かに王都ヤーマスより商品の種類が多く、質も良い気がする。
ヨーク州都騎士団の建物は、質素な木造3階建てだった。
「お待ちしておりました、ヒラタさん。何卒よろしくお願いします」
体格の良い年配の騎士が入り口で待ち構えており、ジュウゾウに握手してきた。
「ちぃと世話んなるぜ、よろしくなイーサン団長」
手を握り返し、ニヤッとするジュウゾウ。
”州都騎士団長直々の出迎え!“
アルマはちょっと驚いていた。
「事件の概要は聞いている。ディーノ子爵の長女ルイスさんが、見も知らぬリア国人につけ狙われて殺害された事件だな。そいつは今、捕まってるが事件についちゃあ何も喋らない、と」
ジュウゾウがそういうと、イーサン団長は頷いた。
関連性が全く浮かび上がらず、動機が解明できないまま2週間が過ぎている。
「貴族案件のため、上からの容疑解明への圧力が強く、ご足労願った次第です……」
「まずは全部の書類と証拠品を見せてもらおうか」
捜査本部に入ると、そこには5人、書類を作っていたり、証拠品を拡大鏡で見ていたりしていたが、一斉にジュウゾウとアルマを凝視する。
ビクッとなるアルマ。
「お疲れさん。ワシはヒラタ・ジュウゾウ。こっちは見習いのアルマ・キルステル。聞いとると思うが、しばらく世話んなるね。よろしくな」
「よろしくお願いします」とアルマ。
ジュウゾウの挨拶に、帳場の中の騎士たちは一斉に立ち上がる。
「よろしくお願いします!」
皆礼儀正しく返してきた。
ジュウゾウはニヤッと笑う。
「さっそくだが、被害者と被疑者の基礎資料、逮捕時の状況と参考人の目撃調書、ガサで出てきた証拠品の精査報告書を読ませてもらうぜ。アルマは、これまでの被疑者の取調べ調書とその報告書に目を通しておきな」
「ハイッ!」
アルマと帳場の若手騎士が動き出す。
ジュウゾウは各資料を、分かりやすく順番に並べ、読み込み始めた。
気になる箇所を全部メモしていく。
「被疑者は、マルコ・ロッシ、26歳。学歴無し、荷役労働者として各地を転々としてきたリア人移民……。ヤーマスの子爵令嬢とは住む世界が違って縁もゆかりも無い……が。執拗に3日間付け狙って、一人の所を、持っていたナイフで背後から一突き……と。恋愛のもつれ、はなさそうだが……」
ジュウゾウは鉛筆を上唇の上に乗せて、まとめた資料を眺めながら思案している。
被疑者の自宅アパートの捜索差押え調書を見ながら目が止まる。
「ん?」
何かのメモが1枚だけ押さえてある。
だが極めてざっと書かれており判読出来ない。
裏返したり角度を変えつつ見るジュウゾウ。
紙を横に置いて模写してみる。
「もしかして人名……か?リア人の……?誰かー、リアに詳しい奴いねぇか?」
リア系移民の騎士が呼ばれ、ジュウゾウに聞かれて答える。
「字を書き慣れてない奴の字ですか?リア人の姓なら多分リッツォって書いてあると思います。割とある名前なので」
なお捜索従事者によれば、自宅からは他に本人が書いたような物は一切見当たらなかったとのことだった。
「取調べは、共通語が完全に通じます。一部雑談には応じていますが、事件については完全に黙秘でした」
アルマが報告する。
「雑談って、どんな?」
食いつくジュウゾウ。
「食べ物とか……仕事のことに関してとか……国のことに関してとか……」
「ほう……完黙じゃない……思想犯ではなさそうだ……一丁話してみるか」
ジュウゾウはそれからアルマに事細かに指示を出し始めた。
慌ててメモを始めるアルマ。
取調べ室にマルコが連れられてきた。
無精髭が生えている日焼けした大柄の男。
26歳という若さにしてはくたびれた感がある。
しかし眼光は強い。
「チャオ、マルコ。ワシはヒラタっちゅうもんだ。こっちは丁稚のアルマ。よろしくな」
和かに話しかけるジュウゾウ。
”さて、どんなやつかな“
少し高揚感のあるジュウゾウ。
新顔に戸惑うマルコ。
手錠を外され、腰縄がくくりつけられた椅子に無言で腰掛ける。
「さて、お前さんの出身地はリアのどこだっけ?」
「……資料を見ていないのか?」
警戒した表情のマルコ。
「そんな言いなさんな。ワシは親父の親父の代にアパン国のムサシっちゅう所からヤーマスに移民で来た。お前さんとおんなじ、移民組よ」
「……リアのルベロって田舎町でさぁ……」
「おお、あのとんがり屋根の町か、良いところじゃねぇか」
「知ってるのかオッサン」
少し表情が明るくなるマルコ。
「知人が新婚旅行で行って聞かせてくれたよ。童話の国みてぇだったってなぁ。おい、アルマ、お茶持ってきて」
アルマは予定通り退室して、お茶を持ってきてマルコの前に置く。
しばらくリアの経済の話やマルコの普段の仕事内容について興味を示しながら聞くジュウゾウ。
「アンタ話せるね」
マルコが少し打ち解けた。
冷えた茶を飲んで驚愕する。
「!」
深く焙煎した麦茶に砂糖を入れてある。
故郷の味に不意を打たれ、項垂れ口数が減るマルコ。
「なんでおめえさん、ルベロからヤーマスに出てきたんだい?」
「……決まってる、金さ。ヤーマスで働けば3倍の給料だ」
「家族のためか」
「……自分のためさ」
「大丈夫だ、分かってる。オメェさんは自分の金儲けを第一に考えちゃあいねぇ。その若さでその分厚い手が物語ってるぜ。学校も行かず家族のため働いてきたんだろう」
「…………」
俯いて固まるマルコ。
「さて、そんな真面目なオメェさんがよ、なんで縁もゆかりもねぇ子爵令嬢を殺したんだね?」
ジュウゾウは、落ち着いて、ゆっくり諭すような口調で質問した。
「金のためなら隠す必要はねぇはずだ」
耳を塞いで机に突っ伏すマルコ。
ジュウゾウはしばらくそのまま時間が過ぎるのを待っていた。
マルコの背中は時折けいれんしたようにビクッとなる。
息を殺し、鼻を啜っている。
1時間あまり過ぎ、マルコはジュウゾウに向き直った。
目が真っ赤で、放心状態だ。
「……頼まれたんだな?」
「……………言えねぇ」
「恩人とかか?」
「……………言えねぇって」
「オメェさん、字はあまり書けねぇな?」
ビクッとなるマルコ。
アルマが袋から押収品のメモ書きを取り出して机の上に置く。
ただの走り書きの紙切れに見える。
「オメェさん、字が書けねぇのに、わざわざここにリッツォ……って書いたよな?リッツォってのは誰だい?」
「………」
黙して語らないマルコ。
「マルコ、オメェさんの身の回りのリッツォ、当たってみたらすぐわかる話だ。自分の口で言っておけ。これ以上心証を悪くする必要は無いぞ」
マルコはジュウゾウの言葉に号泣を始めた。
”いたたまれねぇ“
アルマは取調べの一部始終を見ながら心を揺さぶられていた。
じっと取調べ室でマルコが落ち着くまで待つ2人。
頭を上げるマルコ。
真っ直ぐにジュウゾウを見つめ、口を開いた。
「リッツォさんは、こっちのリア人移民の代表みたいな人でさ……俺がまだリアにいてガキだった頃、うちの……母親を助けてくれた、家族全員の命の恩人なのよ……」
「うむ、それで?」
「そんな人がこのヨークで俺らリア人移民を集めて頑張ってた……しかし目立ち過ぎたのか……ディーノ子爵家に目を付けられて、その娘ルイスを窓口にした偽の取引で嵌められ、商会ごとぶん取られちまった……」
「そうだったのか。それは辛いな」
「俺たちリア移民は、日々奴隷同然にこき使われながら我慢して過ごしていたが、いよいよリッツォさんがブチ切れてルイスを殺そうと決めたとき、”俺がやる“って言っちまってたのさ……そっから先はご想像通りよ……」
憑き物が落ちたかのようにスッキリした顔のマルコ。
”喋った!“
アルマは驚きつつもその背景の重さが胸にのしかかっていた。
だが同時に目の前で何かが解けたのを感じていた。
アルマは、自分なら最初から事件の核心を問い詰めていたと思った。
だが、ジュウゾウは違った。
故郷の話を聞き、茶を出して、手を見て、沈黙を待った。
結果、それだけで男の閉ざされていた口が開いた。
取調べが終わった。
「リッツォってリア人の組合代表がおそらく話を知ってるぜ。今から参考人で調べな。そして、後な、こっち厄介だが、ディーノ子爵家の荷役業関係の帳簿が真っ黒っぽい。それが事件の裏付けになるはず」
ジュウゾウは帳場の面々にテキパキと指示を出す。
アルマはジュウゾウに話しかけた。
「すごかったです。学ばせてもらいました」
目が輝いているアルマ。
「いや、所詮は人と人の関わりの話なのさ。オメェさんの精神感応魔法の方が何倍もスゲェんだぞ?」
「いいえ!今度から師匠と呼ばせてください」
「なんだなんだ大袈裟な。まあ、勝手に学べば良いさ。人には自分に合ったやり方ってぇのがある。そいつを見つけなよ。まだ若ぇオメェさんならワシどころか世界を股にかけるような活躍が出来る……かもしれねぇなぁ。シシシ」
どこまで本気か分からないジュウゾウ師匠だった。




