陽暦1491年4月〜聖女アルシア
「えっ……呪われた……とは……どういうことですか?」
衝撃の言葉に驚くセラ。
「……癒しを行おうとすると、何かに邪魔されて魔力が暴走するのです……ちょっと離れていてください……」
少し遠ざかるセラ。
アルシアは両手を胸の前で組み祈りを捧げ始めた。
組んだ手が白く光り始めるが、何処からともなく黒い紐状の力場が現れ、そこに纏わり付く。
パシッ!という破裂音と共に、魔力が弾け飛ぶ。
陶器のコップが落ちて割れた。
「アッ!」
破裂した魔力の欠片がセラの頬に当たった。
ビリッとして驚くセラ。
「ごめんなさい、大丈夫だった!?」
両手を解くアルシア。
セラを気遣う。
「大丈夫です」
いまだに痺れる頬。
手を当てようとして我慢する。
「……もう半年以上続いています」
俯いて項垂れるアルシア。
「心当たりはお有りなのですか?」
「……昨年の夏、私は北のオーロ帝国に招かれて、皇后オリガ陛下の治療を行っていました。とても難しい病の治療でしたが、時間をかけて癒すことが出来ました。しかし、私が帰国の途に着いた時から急に異変が起こり、このような事態になってしまったのです……」
「……そうでしたか」
「魔法研究院の方に見ていただきましたが、これは、通常の魔法と全く異なる理によって行われている“呪い”だと分かりました。しかし、その解呪方法は分からないと……」
俯いて悲しそうな顔をしているアルシア。
「呪い……」
“どこかで聞いたことがあるような……”
セラは、そう思った瞬間、かつてリョウから、聞かされた話が脳をよぎった。
リョウの祖父セキサイがかつて呪われていた……とか、それを女神に解いてもらったとも。
恐る恐る話してみる。
「……アルシアさま。私の友人の祖父が、かつて呪いを受け、苦しみ、神にそれを解いてもらったという話を聞いたことがあります……」
「まあ!そのような事が……その呪いをかけたというのは……?」
「それも神だと」
セラがそう言うと、アルシアはハッとした表情をした。
「……なるほど……神による力……ならば神にしか解けないのかもしれない……セラ、ありがとう。……私は試したい事があるので、しばらくここに居ます。セラは別室で通常の業務を行っていてください」
聖女アルシアはそういうと、眉に力を込めて何か考え始めた。
「承知しました」
セラはそう言うと、部屋を後にした。
セラはそれから当面の間、衛生兵として比較的状態の良い怪我人の手当てを行っていた。
その間、毎日聖女アルシアの部屋を訪れている。
聖女アルシアは寝食を忘れたかのようにずっと一心不乱に祈り続けていた。
食事も手をつけていないことが多い。
髪は荒れ、力を込めすぎて血が滲んだ手。
時折、床に倒れているアルシア。
「アルシアさま!」
今日も夕方、仕事終わりに様子を伺うと、アルシアが部屋で倒れていた。
抱き起こすセラ。
「……ああ、セラ。もう少しで……つかめそう……」
血の気が引いて、痩せ細って真っ白な顔のアルシア。
長くは生きられないのではないか、という疑念。
「今はゆっくりお休みになられてください!」
必死に回復魔法で癒すセラ。
「あなたの癒し……温かいわ」
そう言うとアルシアはセラの腕の中で気を失ってしまった。
「……誰が……このようなことを……」
怒りが湧いてくるセラ。
アルシアを抱き抱えたままベッドに運ぶ。
“……軽いわ”
アルシアをそっと寝かせて、ベッドの脇の椅子で座って様子を伺う。
「はっ」
セラはいつの間にかうたた寝していた。
見ると、アルシアの体が発光している。
その周りを黒い紐状の力場が取り囲んでいる。
その力場がゆらゆらと揺れ、次第に形を作っていく。
”えっ、なに!?“
目を凝らすと、その黒いモヤは大きな人型となった。
装飾を身につけ、手が6本生えており、刀をそれぞれの手に持っている黒い肌の無表情の女性の姿。
これまで見たことのない禍々しい黒いシマーを纏っている。
寝ているアルシアの上から剣で何度も突こうとするが、その都度アルシアの光に阻まれる。
”なに……これが……呪いの正体……異教の……神さまなの!?“
セラはその悪意の塊を睨みつけて集中を始めた。
焦りながらも、深呼吸して、ヤナから教わった魔力による能力向上を行う。
ーーー身体能力、ブースト、視聴覚能力、ブースト。
ーーー脳内感覚、ブースト!
無表情のままセラに向き直る禍々しい女。
一本の剣がセラに向けられ、横薙ぎに払ってきた。
剣先からつむじ風のようなものがセラに向けて飛んできた。
セラは必死に躱すが、避けきれずに頬を切り裂かれてしまった。
血が後方に飛び散る。
“痛い!けど、浅い!”
“こんなのにどうこうできるとは思わないけれど!”
「アルシアさま!」
セラは全身全霊で、癒しの魔力をアルシアに注ぎ込んだ。
セラの突き出した両手から、温かみのある薄紅色の光の奔流がアルシアに注ぎ込まれていく。
だが手応えがまだ足りない。
布団が波打ち、ベッドの天蓋が揺れ、窓枠がガタガタと鳴る。
黒い女の姿の塊は、無表情のまま、だが明らかにセラを睨みつけて、全ての剣を向けてきた。
振りおろせば届きそうな距離。
“こわい!でも!“
「あたしが、やるんだーッ!」
セラは一歩近づき、アルシアの手を握ってさらに強く癒しの魔力を送る。
呪いの権化の女は、今まさにセラに対して剣を振り下ろそうとしていた。
スローモーションの世界。
”あ、死……“
セラは死を覚悟した。
しかし、剣は振り下ろされなかった。
突然、呪いの権化の女は、口が開き、驚いた表情になっていた。
ガタガタと動揺しているような動き。
突然、アルシアから出る光が強くなる。
辺りは眩い光で満ち溢れた。
そして、アルシアの胸の辺りから、光り輝く、神々しくもたくましい男の腕が2本出てきて、女の姿を掴まえる。
“な、何がおきてるの!?”
頭が混乱して思考が追いつかない。
あまりの神々しさに自然に溢れる涙。
その輝く腕は大きく、6本生えた腕を両側から掴むと、力づくで握り始めた。
怒張する腕の筋肉と肌に食い込む爪。
苦しむ表情の黒い女。
”アーーーーー!“
声にならない叫びを上げ、黒い女は弾けた。
室内を突風が襲う。
「わっ!」
もんどり打って尻もちをつくセラ。
静まり返る寝所。
「アルシア……さま……?」
セラは立ち上がってベッドを見ると、アルシアは目を開けていた。
「よくやってくれた」
アルシアは口を開いてハッキリと言った。
優しい眼差しでセラを見ている。
だが、何か違和感がある。
「君の後押しのおかげで使徒を失わずに済んだ……ありがとう」
明瞭な口調でそう言い、再び目を閉じるアルシア。
”……はい?使徒?”
意味が分からず呆然となるセラ。
「……う……ぅん……」
アルシアが再び目を覚ます。
瞼が重そうだ。
「アルシアさま、大丈夫……ですか?」
見慣れたアルシアの顔に見える。
痩せたままだが明らかに先刻より血色が良くなっている。
「……セラ……。夢を見ていました……ああ、セラ、傷付いて……」
アルシアはセラの切れている頬に手を当てる。
ポワッとした温かい銀色の光がセラの頬を包む。
一瞬にして癒えていくセラの傷。
「ーーーアルシアさま!呪いが!」
流れ始めるセラの涙。
「……ふぅ…う……あ……あぐっ……」
アルシアの泣き声。
言葉にならない。
しばらくの間、二人は抱き合ったまま泣いていた。




