陽暦1491年4月〜それぞれの新生活
リョウは、騎士団本部隊舎の訓練場で、ゼルダン・クレストと一緒に剣術を稽古しながら必死になって汗を流していた。
思い返す配属初日。
ウーツァン指南役の部屋。
「リョウ、お前、ヤベェ剣を持ってるよなぁ」
「はい……」
「戦場で暴発したそうだな?」
「今でも思い出します……」
苦い表情を浮かべるリョウ。
「それを使いこなせるようになれ!それまでその剣は抜くな」
ウーツァン指南役はハッキリと言った。
「分かりました」
リョウの目は燃え始めた。
「ゼルダンもいるから、一緒にやれ」
「はいっ!」
「期限は半年!その理由は……いずれまた教えてやる、ガッハハハ」
「半年後になんかあるんすか?」
「フフフ。いいから、命懸けでやれ!”無間“の制御も古流歩法も今より2段階レベルを上げておけ!」
「おおーっす!なんか知らんけど、燃えてきたぁ!」
リョウは、その時のウーツァンの眼差しがセキサイに似ていたと感じた。
”絶対に俺の為になることを考えてくれてる!“
その確信があれば、どんな修行でも耐えられる、とリョウは思っている。
ヤナは近衛騎士筆頭のカルヴェイン付きとして、毎日忙しくオード師や他の有力貴族の護衛を行なっていた。
「ヤナちゃん、今日のスケジュールはどうなっとるかね?」
オード師がヤナに聞いてくる。
「午前中は各種決裁。昼はドレル・サンマイ候爵と会食。午後3時にはマーサ市長の陳情対応。夕刻は……フーベイ商会の代表と懇親会となっています」
「ほほぅ、それはそれは。分かったわい。それにしても、ヤナちゃん、もう慣れたようじゃなぁ。優秀優秀。……彼氏は出来たかね?」
「ふふふ、斬りますよ?」
ヤナはすでにオード師のあしらい方を心得ていた。
「ヤナ!師もやめてください」
頭の痛いカルヴェイン騎士。
「明日の護衛はエステル嬢ちゃんか。結構結構」
楽しそうなオード師。
だが、オード師がおどけるのはこの部屋にいる時だけだとヤナは知っていた。
また、油断すれば他の貴族から懐柔されたり、誘惑されたり、賄賂などを持ちかけられたりする。
”王宮って思ったより魔境じみてたわ“
ヤナは隠れて自分の頬を両手で叩いた。
「ジン、頼まれていたオーロ帝国の軍事情報の分析は?」
軍略科の一室で、同期生のカルラ・デ・ブラン女史が尋ねてきた。
背は低め。
眼鏡をかけ、茶色髪をボサボサにしている女性。
軍略科のブラン教官の娘。
「……まだかかりそう。国境付近の動きはある。隊商の目撃情報では、監視哨が増えているんだ。軍馬用の飼料の輸入量も増えているみたい。でもあの国とは交流が少なすぎて。直接見に行けたらなぁ。いっそドルガ山脈越えするか……」
「死ぬと思う」
淡々と喋るカルラ。
「ふふ、冗談だよ」
壁に巨大な世界地図が貼ってあり、机の上に各都市と結ぶ風話器がずらっと並んでいて、先輩職員たちがじっと眺めたり、風話器の向こうと話したりしている。
国境の要所の様子が映し出された魔道具の画面が、幾つも壁にかかっている。
それらをこの部屋で操っている軍略科の職員たちは総勢50名。
ここがヤーマス王国の国防の中枢を担っている。
初めてこの光景を見た時にジンは驚かなかった。
ベガス市のカジノで似たような物を見た時、当然これらの軍事利用を考えていたからだ。
「魔法研究院との連携をさらに強化していかないとね」
「そうね」
打てば響くカルラ女史。
「捗っているかい?」
カルラの父親であるブラン科長がコーヒーを持って入室してきた。
「まぁ……ブラン科長、オーロ帝国、実際に見に行って良いですか?」
「出張案、作っといてくれたら、幹部会議で決裁にかけるよ。人選はどう考えている?」
「カルラと一緒とか?」
ジンはカルラといても何も気にせず気楽だと感じている。
「それはダメ!」
親バカなブラン科長。
「科長それは公私混同ですか?」
ジンが意地悪を言ってみた。
「ダメ!でも3人以上なら視察は有りかな……隣国で唯一情報が少ない国だ……。そうだ!現地に行って協力者を設定して、風話器を設置し運用しよう。ジン、やってくれるか」
「もちろんです!」
ジンは以前からオーロ帝国に興味があったから、この仕事は嬉しい。
ファルクは、大荷物を背負って魔法研究院にいた。
そもそも自分がこんな所に来るなんて想像していなかった。
「お前が、ファルクだな」
魔法研究院の階段を上がると、広場の入口に立っていた男性が声をかけてきた。
背は高く、白いローブを纏ったガッチリした男性。
ちょっと悪そうな雰囲気を湛えた三十路の男前。
金髪の長髪で杖を持っている。
「はい。どちら様でしょう?」
「俺は、レオンハルト・ヴァイス。今日からお前の指導をする」
「分かりました。よろしくお願いします」
頭を下げるファルク。
ファルクはこの時知らなかった。
この男が王国最強の”狂乱のアークメイジ“と呼ばれていることを。
じろじろファルクを見てくる。
「……フン、魔力総量はそこそこ、多重属性の素質もある……なるほど、だが制御がどうしようもなくゴミだな」
杖を地面にトンとつくレオンハルト。
空中にいくつもの色違いの魔法陣が浮かび上がり、それらがものすごい勢いで大きく円を描くように回転を始めた。
「わ!なんだなんだ!」
驚きすぎて尻もちをつくファルク。
大気がゴゴゴゴ……と唸り始める。
魔法研究院の窓ガラスが振動し始める。
「筆頭!また!やめてください!」
窓を開けて叫ぶ研究員の女性。
「アッハハハ!」
レオンハルトの高笑いの後、魔法陣は上を向き、そこから轟音と共に炎、雷、水、氷、光、闇などの様々な魔法が放たれ、お互いに螺旋状に巻きついて天空に伸びていく。
雲に大穴を開け、はるか上空まで伸びていって見えなくなった。
「……出来るようになれ?」
”えらいとこに来た!“
失神しそうになるファルク。
「無理です」
「お前幾つだ?」
「19歳ですが」
「安心しろ。俺も19の頃は出来なかった。20で出来るようになった」
「無理ー!」
アルマは、騎士団本部隊舎の特捜班にいた。
「おう、オメェさんがアルマかい」
小柄な老人が声をかけてくる。
くたびれた白シャツに紺色のスラックス、履き古した革靴。
優しい語り口調。
細い目を片方開けてアルマを見ている、がその眼光は不思議な光を湛えている。
「はい!」
「ワシはヒラタ・ジュウゾウ。今日からオメェさんと組むことになった。よろしくな」
「よろしくお願いします!」
目が輝くアルマ。
”落としのジュウゾウ!“
先輩たちから聞かされていた人物。
「ヘンドリック伯長子誘拐事件」や「ヤボン事件」、「ワイス商会対象連続強盗事件」など、数々の難事件を解決に導いてきた伝説の名探偵。
その取調べ技術に比肩する者は王国内にはいない。
「ワシらの出番は、大事件の取調べ担当よ。ま、おいおい知っていけや。で、早速だが、今からテリス・ノース州のトロイト市に行くぞ。子爵家の令嬢殺しの捜査だ。準備しな」
「し、承知しました!」
”えーっ、4日はかかるぞ“
「フッ、遠くて嫌と顔に書いてあるぞ」
「す、すいません」
「オメェさんの精神感応、期待してるぜ?」
「はい……」
「今度は”精神感応いらんやろ“って顔に書いてあるぞ」
”とんでもないとこに来た!“
そこからジュウゾウはニヤニヤしながら黙っていた。
その日、セラは王宮のとある一室を初めて訪れた。
ここは”慈愛の聖女アルシア“が日頃過ごしている部屋。
広いが、部屋の中は思ったより質素。
というか”物が少ない“とセラは思った。
がらんとしていて生活感がほぼない。
壁には聖人ジードの殉教の像が掲げられているだけ。
聖女アルシアはジード教の大司教であり、ヤーマス王国で最高の癒し手。
死んでいなければ大抵の怪我や病気は癒せるとして、国の内外から訪問客が絶えないが、もちろん癒しの順番は王宮によって忖度されている。
”そんな人がこんな所に一人で……?“
部屋の奥。
白い礼服を身に纏った女性が鏡の前で座って目を閉じていた。
他に誰もいない。
セラのゆっくりとした足音が室内に響く。
「……あの……」
遠慮がちに声をかけるセラ。
目を開いて鏡越しにセラを見る。
そして聖女は振り向いた。
「私はアルシア。貴女がセラ・ヴェリオールね?」
落ち着いた声の美しい女性だ。
歳の頃は20代後半。
白銀の長髪が緩くウェーブしている。
「は、はい」
”神々しい銀色のシマー……圧倒されちゃうわ“
「そんなに緊張しないで、気楽にしていいわよ」
微笑むアルシア。
「ありがとうございます」
一息吐くセラ。
「あ、あの……」
気になったことを尋ねる。
セラの物怖じする性質は、リョウたちを見てから少し変わっていた。
「なぁに?」
「アルシアさまは、他にお付きの侍女は居ないのですか?」
「……今はそうなのです。皆辞めていきました……」
沈黙の後、伏目になって悲しげなアルシア。
「……差し支えなければ理由をお聞かせ願えますか?」
「実は、私は呪われてしまったのです」
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