陽暦1491年3月〜同期生たち⑩ それぞれの道
肌寒い日が続く中、ときおり届く春の陽光。
本日、初任騎士科程第276期の修業式が開催されていた。
年明けから3か月間、ジェイナス派とレオニード派はそれぞれ別々の場所で授業や訓練を行なった。
寮内の居住スペースも別、食堂利用も別。
異例の措置ではあったが、昔から騎士団員は貴族の社会と関係が深く、同期生同士で歪み合うことはままあるので、過去に例がある。
お互いの交流が減った分、相手を見る目は厳しく、陰口も増え、その対立の歯止めはもう効かない状態となった。
ただ、100キロ行軍のときのような直接の妨害は出来なくなっていた。
カイゼル公爵派を隠して中立な立場をとっているリョウたち3班は、ずっとすれ違い続ける同期生たちに居たたまれない気持ちを抱えたまま、本日、修業式を迎えた。
講堂に椅子を並べ、厳かな式典が開かれている。
1年前より逞しくなった276期生たちが、落ち着いて一糸乱れぬ姿勢で着席している。
国家を斉唱し、来賓紹介。
オード師がいる。
祝辞。
答辞。
淡々と進んでいく。
「成績発表。初任騎士科程第276期、首席、ヴィクトル・フォン・ヤーマス!」
「はい!」
「次席、グスタフ・ノーグル!」
「はい」
「三席、ジン!」
「はい!」
三人は起立し、壇上に上がり、それぞれ表彰状を受け取る。
「おめでとう」
バルガン団長が一人一人に声をかけ握手する。
ジンが演台の前に3歩進んで表彰状を受け取る。
バルガン団長はジンだけに聞こえる小声で「試験点数は1番だったぞ」と囁いた。
式典が終わり、各員、それぞれの班で待機させられていた。
今後の配属先の発表と、その迎えを待っている時間だ。
他の班員たちは、配属先を聞いて悲喜交々(ひきこもごも)。
泣いたり笑ったりしている。
「バルガン団長がお呼びだよ」
サイ教官が3班の皆を団長室に呼ぶ。
「?」
「おお、3班来たな。お前らカイゼル派は、今後の王都の治安維持に最重要な若手だ。だから、全員騎士団本部勤め決定な」
「えっ!普通、まずは周辺都市に配属でしょう?アルフレッド市とか、ジョージ市とか」
「有事が目の前に来とるのに、お前らを分散させてどうする」
団長は笑顔でそう言った。
「ファルクは魔力研究員に出向し、攻撃魔法を磨け。ジンはブラン教官の下で軍略科研究員、ヤナは近衛騎士として貴族社会を勉強しろ。アルマは特捜班で取調べ専門官見習い。セラは聖女アルシア付きの衛生兵。そして、リョウは、武術指導者見習いに任ずる」
「そんな!全員いきなりの出世コース……!」
ファルク班長が仰天する。
普通は周辺都市の騎士詰所勤務からのスタートだ。
3段飛ばしくらいの配置。
「違う。これは、近々訪れる最悪の未来に備えただけの配置……すまんな」
「分かりました。精一杯頑張ります」
ジンが察したように言う。
「ジェイナス派、レオニード派にはそれぞれの領地に戻ってもらう。もうそれぞれが交わることは無い……かもしれんな」
バルガン団長の少し寂しそうな言葉。
リョウはこの1年間を振り返っていた。
ジン、ヤナ、ファルク、セラ、アルマ。
気づけば毎日隣にいた仲間たち。
他にも集団生活を通じて知り合い、仲良くなった面々。
今日、今この時間からはそれぞれの道を歩み始める。
“また同じように集まれる日は来るのだろうか”
聞けば先輩たちは時々同期生で集まって会合したりしているらしいが、リョウからすると、今の状況ではその未来は想像できない。
背中を向けて去っていくグスタフ・ノーグルたちを見送るリョウたち。
マリア・サイファーが振り向いて止まる。
”またね“と口が動いていた。
マリアの動作に気づいて立ち止まるグスタフ。
振り向いてジンと目が合う。
数秒間見つめ合うグスタフとジン。
「…………」
踵を返し、無言で立ち去っていくグスタフたち。
“次に会うときは……”
ジンは胸の奥がギュッと締め付けられる思いがして考えるのをやめた。
「リョウ、同じ配属先だな」
ゼルダンが声をかけてきた。
「ああ。よろしくな」
リョウがゼルダンと握手する。
思ったよりガッチリと握ってきたので強く握り返すリョウ。
「ヤナ!一緒に近衛騎士ね、よろしく!」
エステルがヤナに駆け寄ってきた。
「エステル!良かったわ!貴族のこといろいろ教えてね」
「これから先生って呼んでもいいのよ?」
「上から来るじゃない、あはは」
「立派な淑女にしてあげるわ」
「えぇ……」
「覚悟しなさいよね」
「王宮勤めは、セラ、ヤナ、エステルの3人か。本部に入ったのは、リョウと僕、それにゼルダンとアルマ、1班のカルラさん。魔法研究院にはファルク班長と4班のランドル・ゴーン……と」
ジンは明日から近くにいる同期生を確認している。
「3班全員王都暮らしだね」
ヤナが言う。
「出来るだけ密に情報を交換していこう」
ジンがそう言うと、皆黙って頷いた。
隊舎の門の前で集まっている同期生の家族たち。
皆、思い思いに立ち話をしている。
セラ、アルマ、ファルクの親も来ていた。
それぞれが自分の家族に駆け寄っていく。
どこか寂しそうな眼差しで見つめるテオ村の3人。
「卒業おめでとう」
いきなり背後から声をかけられた3人。
見ればヤナの父フリードと母マギー、妹のリナ。
「お父さん、お母さん!リナ!」
「嘘でしょ!」
ジンの父バン、母シャリーもいる。
いきなり駆け出すハクヤ。
人に飛びかかる。
「えーっ!爺ちゃんたち!おおお!?」
セキサイも来ていた。
「お主らの晴れの日、祝いに来たんじゃ。……卒業おめでとう」
セキサイは“ビックリしたか?”と言いながらニヤッとする。
「見違えるほど逞しくなったな」
「これから一人前だね。大変だと思うけど頑張って」
「配属先はどこに決まったの?」
「お姉ちゃん、その服カッコいい」
「サイラーと騎士トールが結婚したぞ。それにベガス市のミレイユさんが会いに来たんじゃ……」
「騎士スミスは引退したけど村に住んでるよ」
「夜はみんなで一緒にご飯食べるよー」
いきなり久しぶりに家族と再会して立ち話を始める。
「ちょ、情報量が多いよ!」
リョウが苦笑した。
しかし嬉しくてたまらない。
いつの間にか涙が一筋溢れてきた。
見ればジンも、ヤナも涙目になっていた。
思い出せば、同期生の衝突もあった、喧嘩もした、意見を戦わせた。
訓練では、心も体もきつい思いをしてきた。
立場や政治信条は違えど、同じ場所で目的を同じく、寝食を共にしてきた仲間たち。
一年間という時間は、濃密で、得難いものだった。
“俺、おめでとうって言って欲しかったんだな”
リョウは自分の心を見つめていた。
数日後からはそれぞれの新たな職場で勤務を開始することになる。
“今日だけはこの充実感に浸っていよう”
リョウはそう思っていた。




