陽暦1490年12月〜同期生たち⑨ 年末
年の瀬の押し迫ったある朝、王都は、昨夜降った雪のため、珍しくすっかり雪化粧に包まれていた。
初任騎士科程の第276期生たちは、束の間の冬休みに入っていた。
実家が遠い者などを除いて、多数が里帰りしているため、寮に残っている者は少ない。
教官たちも当直以外はおらず、通常よりもがらんとしていて隊舎内はもの寂しい雰囲気だ。
リョウたちテオ村出身の3人は遠いのでもちろん里帰りせず、隊でいつものように過ごしている。
3人とも高山出身なので寒さには慣れているし、むしろ雪景色が懐かしく、テンションが上がっている。
今は大はしゃぎのハクヤと一緒に隊庭を駆け回ってトレーニング中だ。
「……寒ぅ……あなたたち、ホントに元気ね」
2班の紅一点、マリア・サイファーが腕を組んでさすりながら隊庭に出て来て、声をかけてきた。
マリア・サイファーはグスタフ・ノーグルといつもつるんでいるレオニード派の急先鋒だ。
長身、金髪で巻毛の美女。
魔力持ちで入団当初から優秀な成績を修めている。
「あら珍しい。どういう風の吹き回し?」
ヤナは2班の面々には並々ならぬ不信感がある。
「ご挨拶ね。雪を見たくなったから来たのだけれど。お邪魔だったかしら」
マリアはそう言いながらも、視線はハクヤを追っている。
「ハクヤ、マリアにご挨拶」
リョウが気づいて、ハクヤを呼んだ。
ハクヤはマリアを一目見て、すぐに近寄っていき、足のまわりに擦り寄り始めた。
「ひゃぁぁぁ……」
普段のクールなマリアから思わぬような高い声が出る。
おっかなびっくりかつ大胆にハクヤの背中を撫でるマリア。
“猫好きなんだ……”
3人とも思った。
「なんだ、楽しそうじゃん」
「アタシも混ぜてくれよ」
そこに4班のランドル・ゴーンと、5班のライナ・グレイスが混ざってきた。
「良いね、雪だるま作ろうぜ!」
リョウが小さな雪玉を転がし始めた。
「でかいヤツ作ろう!」
ライナ姉御が張り合って雪玉を転がし始める。
「子供か」
ヤナはそう言いつつ、こっそりと足で雪の上に線を描き始めた。
二つの陣地を分ける線を引いている。
「どうよ!」
巨大な雪だるまが出来た。
と同時に、ヤナがいきなりリョウに雪玉を投げてぶつける。
「うわっぷ!」
「はい、死んだ!外に出なさい」
ヤナがリョウを場外に押し出す。
「げぇ、いきなり、きたねぇぞ!」
「武人に言い訳無用!……ってアタ!」
ヤナの後頭部にジンが放った雪玉が命中する。
「強いユニットから落とすのは定石……」
ヒットアンドアウェイで雪だるまの陰に隠れるジン。
そこから6人で激しい雪合戦が始まった。
ランドル・ゴーンは風魔法を駆使して雪嵐を巻き起こす。
マリア・サイファーは魔力を全身にまとって機動力抜群に走り回っており、ハクヤが面白がってそれを追いかけ回している。
「楽しそうじゃないか」
ゼルダン・クレストも現れた。
「ゼルダン!お前も残ってたのか!家すぐ近くだろ!」
リョウは少し驚いた。
「忘れ物を取りに来ただけ……だったが、クレスト家投雪術、見せてやる」
そう言いつつゼルダンは屈んで雪玉を丸め始めた、がヤナがその隙を見逃さず、雪だるまの頭の部分をゼルダンに落とした。
「……ぶぇへ」
「アッハハハ!」
ライナ姉御のツボに入った。
「……光屈折からの多重分身投げ!」
光魔法全開で暴れ回るゼルダン。
古流歩法でこれまた擬似的分身を作って対応するリョウ。
「やるな!リョウ!」
「ドルガ山脈育ちを舐めるなよ?」
当直で残っていたサイ教官が、腕組みをしながらそれを微笑みながら眺めている。
しばらく見ていたが、ふと隊舎内に引っ込んでいった。
「……ハァ…ハァ……」
雪の上に寝転がる一同。
「あんたたち……ばっかじゃないの……ムキになっちゃって……」
息も絶え絶えなマリア・サイファー。
ハクヤが近寄ってマリアの顔を舐める。
「うっひゃぁぁぁぁ……」
「お腹空いたわね」
ヤナが呟く。
「おーい!」
皆を呼ぶ声。
「サイ先生!」
「鍋用意した!」
「ホント!天才!」
ヤナが飛び起きる。
一同ぞろぞろ起き上がって、隊舎内の当直室に移動していった。
2つの鍋から湯気が上っている。
「こっち海鮮。こっち肉」
「まじか、2種類も!って先生、飲んでるの!?」
「いいんだよあと8時間で勤務終了だから」
「悪いよこの人……」
ランドルがちょっと引いた顔。
皆んなで鍋を囲んで他愛もない雑談をする。
「貴族も平民も関係なく同じ鍋を囲むなんて、初めてさね」
ライナの姉御が蟹の足を折りながら呟く。
「わたし、とっても楽しいわ」
マリア・サイファーが女性陣の目を見ながら言う。
ついでにハクヤに煮えた魚をフーフーしながら食べさせている。
「エステルも呼べばよかったな」
ゼルダンが呟く。
「ほんとね、もっと多くのみんなとも遊びたかったわ」
ヤナが言うと少ししんみりとなった。
「ちょっと……」
皆の食べるペースが落ちた頃、ライナの姉御が席を外す。
「麦酒なら、あっちだよ?」
ジンが言う。
「飲まねぇっつーの。アタシは未成年だ!」
「えっ」
「えっ」
わざとらしい顔をするリョウとランドル。
しばらくするとライナの姉御は6本弦の楽器を手に戻ってきた。
切なげなメロディーを弾き始め、合わせて歌い始める。
ハスキーな声で歌う西方訛りの歌。
皆しんみりと聞いている。
終わったと同時に盛大な拍手。
「お前らも歌えよ、知ってる曲なら弾いてやるからさ」
思わぬライナの特技。
ランドルが王都で流行っていた曲をリクエストする。
爪弾き始めるライナ。
最初は小声で口ずさむ面々。
ライナが大きな声で歌い出すと、いつしか合唱になっている。
笑い声と歌声が響く隊舎。
しばらく後、雑魚寝し始めた男ども。
「あ、また降り始めた……」
ヤナが窓の外を見ると、また雪が降り始めていた。
「わたし、何か誤解していたかも知れない……」
マリアが独り言のように言う。
「こんなふうに、ずっと楽しい時間が続けばいいのにね……」
ヤナの言葉。
「来年も、こうして皆で鍋を囲めるかしら」
マリアが雪を眺めている。
ヤナが少し口を開きかけて、俯いた。
誰も答えないまま、雪だけがしんしんと降り続いていた。




