陽暦1490年10月〜同期生たち④ 100km行軍 孤立
少しづつ陽が傾いてきた。
ヤナは小走りで街道を進む。
少しだけ足が重く感じる。
”こんなに疲れてるなんて久しぶりね”
ヤナは魔力が続く限り疲労せず、傷も自然に治っていくので、多少の無茶は全く厭わず前面に出ていけるし「自分は一人でもやれる」そこに絶大な自信を持っている。
もちろん上には上があることはセキサイ先生たちをみて重々承知だ。
今も悩まず努力を継続しているし、切磋琢磨する仲間がいる。
それだけで十分だった。
少し行くと道案内の看板が立っていた。
「後20キロか、こっちね」
ヤナが本気で走ったらあっという間に着いてしまう距離。
看板はどちらかと言うと細い道を指している。
「森を通るの?」
しばらく進むと辺りに背の高い樹木が鬱蒼とし始めた。
それらが陽光を遮って、辺りは薄暗く、空気が湿っている。
途中、道に木片が散らばっていたが、誰かが片付けたような跡。
「何これ?」
訝しげなヤナ。
聞いたことのないような鳥の叫び声。
木々の間を大きな蝙蝠も飛んでいる。
”本当に道合ってるの?ちょっと不気味なんだけど“
1キロほど進んで行くと、建物が見えてきた。
古く、立派な……四階建ての廃屋。
蔦が絡んで、窓も壊れている。
貴族の別荘跡だろうか。邸宅の横に墓地がある。
窓の内側で何か動いた気がする。
「気持ち悪い……」
そう言いながら、少し気になったヤナは廃屋にゆっくり近づいて行く。
人の気配はしない。
その時、周囲あちこちの地面からガサ、ガサという音がし始めた。
土の上の堆積物が盛り上がって行く。
”生き物じゃない、なんだ!“
棒を把持し、周囲5メートルに魔力を展開して制空圏を形成する。
これは入ってきたものを自動的に感知するヤナの防御網。
今のヤナにとっては負担に感じる。
地面から続々と人の手が出てきた。
一部白骨化しているものもある。
「アンデッドの巣窟!?」
ヤナは知識があったが、実物と対峙するのは初めてだった。
”気持ちわる!”
思わず叫び出しそうな気持ちを抑える。
“非常事態、一先ず判断して、平常心じゃ”
染み付いているセキサイ先生の教え。
そして、アレサ・カーン教官に講義で教えられたことを思い出す。
”弱いアンデッドモンスターは物理攻撃で倒せますが、霊体のアンデッドモンスターは魔法しか通用しない場合があります“
ヤナはスゥーと口で深呼吸した。
「来い!もう一回葬ってやる!」
地面から這い上がってたちあがり、ノロノロと近寄ってくる生きている腐った死体たち。
ヤナが棒で全力で突いてみると、そいつは呆気なく後ろへ倒れたが、ダメージが無いのか、おかしな姿勢のまま起き上がってくる。
「棒じゃダメね。剣があったらバラバラにしてやるのに……」
いつもより口数の多いヤナ。
負担になるが、棒に魔力を込める。
ヤナが把持する棒がうっすら光り始める。
次に近寄ってきた個体の頭部を叩くと、その個体の頭は爆散して動かなくなった。
制空圏で背後の敵を感知。
振り向きざまにそいつを叩く。
浮遊して襲いかかってきた霊体だった。
動きが早いが、ヤナの魔力撃を受けると雲散霧消していく。
「こんなヤツまで!」
そいつらは次々と四方八方からヤナに襲いかかってくる。
「数が、多い!」
一体この地で何があったのか、地面からボコボコと腐った死体が次々に湧き出してくるわ、浮遊した霊体が何体も森から出てくるわで、ヤナは必死になって対処せざるを得ない。
10数体を再度あの世に送り返した頃、ヤナは急に頭痛がし始めた。
“ヤバい!魔力切れ!”
体が重くなり始め、一気にのしかかる疲労感。
腐った死者たちはまだまだ何体もいる。
浮遊霊体も辺りを飛び回っている。
どんどん小さくなっていくヤナの制空圏。
“ほんとに……死ぬ……かも”
気を抜くと意識が失せそうだ。
そこに浮遊霊体がヤナの体にぶつかってきた。
「あぐっ!」
全身に痺れが走る。
意識が刈り取られそうになる。
「こ、こいつ……」
なけなしの魔力を持っていかれ、ヤナの動きが鈍くなる。
いきなり足元から手が生えて、ヤナの足首を掴まえた。
逆の足でそいつの手を踏みつける。
「ウワッ!」
少し前屈みになったところ、後ろからのヤツに肩を掴まれて引き倒されるヤナ。
稽古着の肩のあたりが破れ、血が溢れ出す。
そいつの体の位置目掛けて突きを繰り出し、後方に吹っ飛ばす。
前からのしかかってくる別の腐った死体。
「ウォォォ!」
なりふり構わず魔力を込めた手刀を死体の目に突き入れる。
その顔面の半分以上が吹き飛ぶ。
全く傷が治っていかない。
ヤナは立ち上がって野生を剥き出しに吠えた。
「死んでも、お前らとはあの世で戦い続けてやる!」
鬼神の如き気迫で、その時、ヤナの魔力が爆発的に向上した。
ヤナの全身が真っ赤に光る。
“ゼルダンがやってたやつだ、これ”
自身の生命力を魔力に変換して、元の器以上の攻撃を行う禁忌の技。
近寄ってきた浮遊霊体がヤナの体にぶつかった途端に霧消する。
「……さあ、お前らとアタシ、どっちが先に滅ぶかな」
目の前にはまだ10体ほどの亡者たち。
もう増えてきてはいないように思える。
ズキズキと頭が痛む。
しかし、束の間の全能感に包まれていた。
目の端に止まる敵全てに対して全力で攻撃を始めた。
体が異常に軽く感じる。
”一段階上があったのね。でもこれはやっちゃいけない死と隣り合わせの技”
何体か一息で葬った後、視界が急激に狭まってきた。
跪いて顔を押さえるヤナ。
視界の端に止まった何かを棒で払い、消し飛ばす。
鼻血が出ながら、息が上がって呼吸が戻らない。
心臓は早鐘のように打ち鳴らし続けている。
手足の感覚が無くなってきた。
ボロボロになっても、それでも必死に戦い続ける。
一陣の赤い暴風のように暴れ狂うヤナ。
"父さん、母さん、マギー……"
"セキサイ先生、サイ先生……班のみんな"
"ジン、リョウ……"
"ごめん、アタシ、これまでかも……“
薄れゆく意識の中、ヤナは自覚していた。
自身の死のカウントダウンが始まっていることを。




