陽暦1490年10月〜同期生たち③ 100km行軍
リョウが警告を発した瞬間、1班、3班の皆は一斉に駆け出した。
元傭兵フォン・バルドの4班と、ライナ・グレイス姉御の5班が人型モンスターの群れに襲われていた。
「ホブゴブリンだ!10体はいるぞ!」
ジンが走りながら皆に知らせる。
4班、5班の面々は防戦一方だが、まだ倒れた者はいない。
「2対1で括弧撃破!」
「動きは早くないぞ、ビビるな!」
フォンとライナが的確に指示を出しながら態勢を立て直し始めている。
ヤーマス王国は騎士がときおり巡回しているため街道沿いにモンスターが出ることは通常少ない。
しかし都市と都市の中間地点付近、人の少ない場所ではどうしても警戒の目が届かず、群れが発生していることがある。
ホブゴブリンは人間かそれよりも少し大きいサイズの人型で、棍棒などを振り回して隊商などを襲撃する、身近で危険モンスターの一つ。
彼我の距離は約100メートル。
4、5班の面々も駆け寄ってくる援軍に気付いた。
「助けに来たぞ!」
ヴィクトル総代が大声で叫ぶ。
4班のケイト・ミラー、ランドル・ゴーンや5班のノルベルトがその声に同時に振り向く。
しかし少し嫌そうな表情をした後、すぐに前のホブゴブリンに向き直った。
「おお!総代、リョウたちも!助かるぜ」
フォン・バルドが戦いながら、明るい声で返答した。
「手出し無用!」
4班のケイト・ミラーがホブゴブリンの金的を背後から棒で跳ね上げ、悶絶して前屈みのところを首に突きを入れて絶命させる。
「貴族様の手伝いはいらねぇのさ!」
5班のノルベルトもそう言いながら、押し倒したホブゴブリンの後ろから手を回し、首を絞めて殺した。
そこに襲いかかる激昂し、棍棒を振りかざした別の個体。
そ同じ班のイザークが体当たりでよろめかせる。
距離ができたところに4班の風魔法使いランドル・ゴーンが“風刃”魔法で切り刻んだ。
全身から血を吹き出して倒れるホブゴブリン。
5班のグレンは棍棒が掠って頭から出血していたが、傷は深くないようだ。
同じ班のアレッサ・ブランが応急手当てを行なっている。
リョウたち援軍を見て「ゲギャ!」と叫びながら這々の体で森に向け逃げていくホブゴブリンの残党。
「お前たち、よく耐えたな」
ヴィクトル総代が街道に座り込んでいる4、5班の面々に声をかけた。
皆、肩で息をしている。
「……助けに来たの、貴族の義務ってやつですか?」
ノルベルトが立ち上がってヴィクトル総代に言う。
「同期生なら当たり前だろう」
含みのある物言いに少しムッとするヴィクトル総代。
「見ての通り、俺たちは俺たちで、自分の身くらい守れるのさ。あんたも自分のことだけ心配してなよ、総代。大事なお体なんだからよ」
4班で一番体格の良いモレノが吐き捨てる。
「おいおい、そんな言い方良くないよ〜、どうしたの」
フォン・バルド班長がたしなめるが、舌打ちで返すモレノ。
「ウチら、もう少し休憩するから、総代、先に行っててよ」
5班のライナ班長が済まなそうにヴィクトルに声をかける。
「……あ、ああ」
ヴィクトルは面々を見て、前を向き直り、そして1班は街道を歩き始めた。
「どーしちゃったのさ」
リョウが座り込んでいる5班のイザークに声をかける。
「リョウたちみたいに貴族とも上手くやれる人に、俺らの気持ちは分からないよ」
目を合わせないイザーク。
「ボクら同期生だろ、お互いに歩み寄れないかな?」
ジンがしゃがみ込んで難しい顔をしている5班のグレンに声をかけた。
頭には白い包帯を巻かれている。
「正直言って、ジェイナス王子が王になるのは頂けないね。絶対に国が悪くなる」
「そう?だから息子のヴィクトル総代に反発するの?筋がちょっと違わない?」
「そんなの分かってるさ、でも、内乱になったら、俺たちは騎士団を抜けるつもりですらいるんだ」
「そうなったら王都の治安は誰が守るの?ボクらじゃないの?」
「うちの親父はな……」
言いかけて沈黙するグレン。
「……正論だけでは生きていけねぇんだよ」
それだけ言って口を閉ざした。
重苦しい沈黙の中、ファルク班長が3班を出発させる。
「さあ、魔法による身体ブーストの練習の続きだ、ヤナ、頼んだよ」
作ったように朗らかな表情のファルク。
「そうね、もうちょっとでみんなコツ掴めそうだしね」
ヤナも重苦しい雰囲気は嫌いなので明るく返す。
それから20キロメートルほど北へ進む。
途中でサイ教官のチェックポイントを通過する。
“あれ、班長らの魔力操作が格段に向上してる”
気付いたサイ教官の口角が上がる。
「あと半分、頑張ってねー」
これまで結構なペースで進んできたため、まだ陽が高い位置にある。
残暑もあってか、段々とアルマの精神的疲労が顕著になってきた。
「足が痛くなってきた……」
重い軍靴がさらに重く感じるアルマ。
「なんで毎年こんなのやってんの……」
愚痴が出るファルク。
無理して慣れない魔力操作の練習を行い続けている弊害が出てきている。
そのためヤナはちょくちょくアルマに魔力を補充していた。
時々セラやファルクも辛そうなので、魔力を補充してやる。
100キロメートルを徒歩で移動するという行為が人体に及ぼす影響。
ヤナは少し見積もりが甘かったと思い始めていた。
リョウやジンはまだまだ全然疲れていない感じだ。
だが、ヤナは魔力が自然回復する量より消費の方が多いことが少し気になる。
いつの間にか、前後を見ても各班とかなり距離が離れてしまっているようで、人の気配が全然無い。
3班もそれぞれのペースが違うので、前にリョウとジン、後ろにヤナ率いるセラ、ファルク、アルマという状況。
しばらくそのまま歩いていると、ヤナは道のそばに死にかけている狼の子を見つけた。
何かの噛み跡があり、出血が酷く、ほぼ虫の息と言ってよかった。
かわいそうだ、とヤナは思ったが、自然界では当たり前にあること。
テオ村周辺でもしょっちゅう見てきた。
しかし、自分には気まぐれでも助けることができる。
もし見捨てると、少し寝覚めが悪くなるかもしれない、とも思う。
“この子が今後人間を襲わなくなるかも”
という理由を思いついた時には、すでに動いてしまっていた。
「ヤナちゃん?」
セラが振り返った。
「先に行ってて。後で追いつくから」
セラが見るとヤナは街道の脇の草むらで何か生き物を見つけた様子。
疲れているセラたちは逆戻りする心の余裕はなくなっていた。
「分かったー、先に行ってるね」
セラもアルマもファルクも、全然ヤナのことは心配していなかった。
ヤナの魔法で癒され、元気に動き始めたその狼の子は、一度だけヤナを振り返り、森に消えていった。
”意外に時間かかっちゃったわ“
街道を急足に進む。
そこから少し北、分岐した道案内の看板をセラたちが通り過ぎた後、何者かがその看板の向きを変えた。




