陽暦1490年10月〜同期生たち② 100㎞行軍
「そうそう、帰り道は馬車だから安心して行けよ。もちろん希望者は走って帰ってもらっても良いぞ」
ボンゾ教官もどこがおかしいのか笑っている。
“そんなの誰がいるんだよ”
アルマはそう思っていたが、すぐ隣のテオ村3人からやる気を感じて引く。
「では、スタート」
いささかやる気のないサイ教官の合図で、同期生たちは棒を持った稽古着姿でゾロゾロと隊舎を出て、白み始めた石畳の街道を北に進み始める。
周りにはまだ農作業の人はいない。
予定通りヴィクトルたちの1班とリョウたちの3班は横並びでスタートした。
ファルク班長は“ペース配分が大事だよな”と思っていたら、2班の面々が駆け足でさっさと目の前から遠ざかって行く。
「なんだ?あのペースで保つのか?」
ファルクが唖然としていたら、ヤナが隣に来た。
「全員は保たないと思うけど、マリア・サイファーが回復役でいるからね。なんで一番乗り目指してるかは分かんないけど。こっちはこっちでやることやりましょ」
ヤナは歩きながらファルク、アルマ、セラを横に並べて、魔力の身体循環方法を教え始めた。
最初にコツを教えて、自分がやってみせ、個別に指導していく。
「アルマ、どんくさいわね。そうだ、自分に精神感応魔法をかけて、客観的に自分を見てみると捗るかも」
「お、そうかも」
「でもアンタの闇、無駄に深そうだから、引きずられないようにね」
「一言多いよ?」
悲しそうなアルマ。
「班長はもっと柔軟に考えて。出来ないって思わないで……そうね……火の魔法エネルギーを体の内側から灯すイメージでどうかしら……そうそう」
「なんだか体が熱って来た」
「ときどき冷やしたりしてちゃんとバランスを取るのよ。班長、無駄に突っ走るタイプなんだからね」
「そんなこと思ってたんだ」
しゅんとするファルク。
「セラは、理解が早いわね。そうそう、うっすら、うっすら自分を癒し続けるイメージよ。あなた天才ね。可愛いし。言うことないわ」
「ヤナちゃん……」
目がうるうるしているセラ。
リョウはそんな様子を横目で見ながら、ヤナにシマーの感覚を掴む方法を教わっていたとき、ヤナの辛辣さがとても辛かったことを思い出していた。
ゼルダンが横に来た。
「ヤナは教えるのに向いているな」
「そうだかね?」
おかしな返事になるリョウ。
「オレの見立てでは、ヤナは同期生最強だと思うが、お前はどう思う?」
至って真剣な表情のゼルダン。
「俺もそう思っている。しょっちゅう手合わせで負けるぞ。本気出したらいろんな方面で隙がねぇんだよアイツ」
よく分かってんじゃねぇか、と言わんばかりのリョウの表情。
「やはりそうか」
「したかったのはそんな話か?」
「いや、実は、最近ヴィクトル総代が元気なくてな」
「……2班の奴らのせいか?」
「そうだ。お前らの中立な立場で話を聞いてやってくれないか」
「いいけど……ほら、もうジンが横で話しをしてるぞ」
「察しが良いのかな」
「さあねぇ」
リョウはジンが何か腹黒い意図を持ってヴィクトルに接触していることを分かっているが、余計なことは言わなかった。
そのやり取りを後ろでエステル・フォン・カーミラが歩きながら黙って見つめていた。
“言わなきゃ……”
リョウに戦場で命を助けられたことへの感謝の気持ちをまだちゃんと伝えらていない。
そっと脇腹の傷跡を服の上から手で押さえた。
だが、その一言が切り出せないまま黙々と歩く。
「総代、最近悩んでいませんか?」
ジンはヴィクトルの横から話しかけた。
2人とも上背があるので並ぶと壮観だ。
「……そんなことはない」
少し顔が曇りつつ否定するヴィクトル。
「ほら、それ、入団当初と全然違いますよ。最近、4、5班の面々から避けられていますよね」
「ジンは意地が悪いのか?」
「いえ。同期生としては気になるので。なんとか出来ないかと思っています」
「そうか……俺も、総代という役職を与えられていること、最初から理解しているさ。いろんな立場の違いはあれど、同期生をまとめねばと常に思っている」
「総代が戦場に出なかった、いや出してもらえなかったというのが本当でしょうが、そのことに対する不満……ですかね」
「確かに俺は父ジェイナスの息子、だが、三男だ。王位など回ってこないのは幼少期から理解している。ずっと自分がどうすれば国ために役に立てるか、そう考えて生きてきた。それで自らの意思で騎士団に入ったのだ」
“これがヴィクトルの人間性か”
ジンの脳に深く刻まれる。
「それなのにこの求心力の無さたるや……笑うか?」
自嘲気味のヴィクトル。
「いいえ。こうして初めてちゃんと話す機会があり、よく分かりましたとも。私たち3班は皆どちらかといえば中立。ですが心では総代を応援したくなりましょう」
「ジン……今までお前を誤解していたかもしれんな、ハハハ」
ようやく少し表情が明るくなるヴィクトル。
「そうですか?少なくとも同期生一同の絆が崩壊しないよう、尽力いたしましょう」
少し芝居がかったジンの言葉。
「3班には期待しているよ。頼んだ」
軽く頭を下げるヴィクトル。
1班のヘルムートやカルラ、ロナルドがその様子を少し遠巻きに見ていて、軽く顔を見合わせて微笑した。
「あれ、もう40キロも歩いてんだ?あんまり疲れてねぇ……」
それでも汗を拭きながら、ファルク班長が街道の看板を見て呟く。
「それが魔力による身体ブーストの恩恵よ。ただ、魔力が切れると急に疲れるからね。その時は言ってちょうだい。補充してあげる」
ヤナは3人の様子を見ながら言う。
「……先生、ちょっと、しんどいです……」
アルマが肩で息をしている。
「精神魔法を身体強化に変換するの、課題があるわね。興味深いわ」
ヤナは面白がりながらアルマに魔力を流し込んで補充してやる。
急に元気になるアルマ。
「お礼はお金でいいですか?」
「はした金は要らないの。いつかの将来まで恩に着といてね?」
「こわっ!絶対覚えてるやん」
そのようなやり取りの中、前方からガチャガチャという音と怒号が聞こえて来た。
「4班と……5班だ、なんかモンスターの集団に襲われてるぞ!」
目の良いリョウが大きな声で皆に知らせた。




