陽暦1490年10月〜同期生たち①
「最近、王のお加減が悪い。もはやご自身の意思で何かをなせることはないだろう」
オード師はバルガン団長に語った。
「……そうですか……」
「聖女アルシアの見立てでは、保って1年……時間がない」
「はい」
「王が崩御なされば、ワシは一線を退く。水面下でその準備を進めておる」
「……師はまだこの国に必要なお方です」
「ありがとうよ。だが、ワシは余生をゆっくり過ごしたいんじゃ。そうなればヤーマスを頼むぞバルガン」
「……。師はどなたが次期王に相応しいとお考えですか?」
「決まっておる。最後に勝った者じゃ」
オード師はイタズラ小僧のように笑った。
初任騎士科程276期生は総勢30名。
6名ずつの5個班。
ヴィクトル総代率いる第一王子ジェイナス派の1班。
ヴァルター・ノーグル率いる第二王子レオナード公爵派の2班。
リョウたちが含まれる第三王子カイゼル公爵派の3班。
平民出身の4班、5班となっている。
入団当初はそれぞれの班は目立った動きはなかったが、ここ一ヶ月、ライデル動乱後、同期の関係性に変化が生まれ始めていた。
実戦経験を積んだ者は、より一層ハードな訓練を自らに課した。
討伐に行かなかった組は、より政治的な活動をし始めていた。
「明日は、お待ちかね、アルフレッド市までの歴史街道踏破訓練。午前5時出発だ」
組み打ちの稽古をみっちり終えた夕刻。
ボンゾ・クライス教官が道場で告げた途端、同期生はみな暗い顔で嘆息した。
入団当初から聞いていたこの訓練は、毎年恒例、ただ進むだけの訓練。
ただその距離が約100キロメートルと長い。
ルールは一つ。
班ごとに進んでいき、チェックポイントを班全員で同時に通過するだけ。
遅かったからといってペナルティは無いが、アルフレッド市に到着した後、夜の自由時間があるということが、若者たちが急ぐモチベーションとなっている。
「……はぁ…………」
セラが盛大なため息を吐いた。
セラは、ライデル動乱に参加後、リョウたちテオ村出身の3人と一緒に自主トレーニングをするようになっており、入団当初からは比較にならないほど体力がついた。
とはいえ100キロメートルを1日徒歩で移動するなど正直言って正気の沙汰とは思えない。
「大丈夫、疲れたら癒してあげる」
ヤナはセラの目を見つめて言う。
「やだ、ヤナちゃん……好き」
「動けなくなったらおんぶして運んでやるからな」
リョウは本心からそう言っている。
「それは恥ずかしいから本当にやめてほしい」
「午前中には着いちゃうね。向こうで何しよう?」
ジンが皮算用するように言う、が全くの真顔だ。
「俺たちをお前らと一緒にするな……着くのは早くて夜だよ。そして普通は着いた後は半分死んでるんだよ」
ファルク班長がゲンナリした顔で言う。
「いい機会だから、みんな魔力による身体ブースト練習しながら行くと良いわ」
「そう、それ。なんで出来るの?他の班にも出来る人いるよね。ゼルダンくんとか、マリアさんとか」
「魔力を血液の循環に乗せて流しながら体を動かし続けると、コツが掴めるようになってくるわよ。習得までは時間がかかるけどね。でもやらなきゃ覚えないし。私は小さい頃サイ先生に教えて貰って出来るようになったの」
「……私、頑張ってみる」
セラが拳を握る。
「班長も頑張ってよ」
ヤナがファルクに上目遣いで言う。
「だいたい俺の専門はショボい攻撃魔法なんだよ……まあやってみますとも」
少し目を逸らしながらもファルクは悪い気はしていなかった。
「アルマもね」
ヤナはわざとらしい満面の笑みをアルマに向けた。
「これ以上便利遣いされてたまるか」
「体が疲れにくくなるわよ」
「…………う……ぅん。じゃあ……やろっかな」
アルマは頭の中で何かを秤にかけて答えを絞り出した。
「じゃあ、明日はアルフレッド市一番乗りを目指すぞ!」
カラ元気に見えるファルク班長の宣言。
「おー!」
本気のテオ村の3人。
「おー…」
アルマとセラ。
「途中で荷車買ってリョウが班長たち乗せて引いて行ったら早いのに……」
ジンは真顔だ。
「そういうことは普通しないの」
ヤナがたしなめる。
“ジンくんってなんか変よね……顔が良過ぎるから最初誤魔化されてたけど“
セラの認識は正しい方向に向かっている。
「じゃあ、明日に向けて、今からみんな魔力制御の特訓だな!」
「付け焼き刃じゃだめだから。明日やりながらアタシが教えます」
”リョウくんは相変わらず、いっそ清々しいわ。そしてヤナちゃんは常識人で助かってるわ“
「セラなんで笑ってるのさ?」
「いいえ。笑ってませんよ」
「本当に?」
いきなり変顔をするリョウ。
一瞬だけ両方の鼻の穴に親指を突っ込んで顔を歪め、歯茎を剥き出していた。
セキサイと風呂場で稽古した技。
吹き出すセラ。
「ガキね」
肩が震えているヤナ。
翌朝、まだ暗い時間、276期生全員が隊庭に集められていた。
「お前らよく寝れたか?お待ちかねのお散歩だぞ」
エグバルド・クラウス教官が真顔で言うが、若者たちは気が重そうな顔をしながら無反応だ。
「ボクらが馬で先回りする。ほぼ一本道だから迷ったりしないと思うけど、それぞれ棒を持って行くように。まあ、みんな、通常モンスターならそれであしらえるくらいには強いから大丈夫さ」
サイ教官が相変わらず軽い口調。
「……はぐれないでね。騎士団の長い歴史で、事故が何回か起こっているから」
おまけで不吉なことを言う。
「リョウ」
「なんだゼルダン」
「途中までウチの班と一緒に行かないか?」
「良いんじゃない?班長どう?」
「いいよ」
「だそうだ。なんか話でもあんのか?」
「いや。そういう訳ではないが、いい機会だと思ってな。これはヴィクトル総代からも提案されたんだ」
ゼルダンとリョウが話をしている後ろで、グスタフはそれを見ながら、聞こえないように少し舌打ちをしていた。




