陽暦1490年9月〜ライデル動乱14 邂逅
ガレスが追手を見る。
水飛沫を上げながら走ってくる騎士、とその傍には猫科の猛獣。
その後ろから若い女騎士と背の高い若い騎士。
細身の褐色の肌の騎士。
長身の金髪の若い騎士。
その後も続々と騎士たちが集まってきている。
見えるだけでこちらの倍は迫ってきている。
後続には騎乗した者も見える。
先頭集団はどう見ても一筋縄では立ち行かぬ手練れ揃い。
ガレスは舌打ちした。
「もはやここまで……か」
ガレスはそう言って先頭に立ち、長剣を抜いた。
「おっさん、抜いたわよ。なんで降伏しないの?」
シオリがアラカンダルに聞く。
「団の存続のためにここで死ぬ気だ」
「厄介な稼業ね。バカだわ」
「人の価値観は相対的、ってシオリがよく言っているだろう」
「命を粗末にするのが嫌なの。平成生まれの日本人としては!」
「随分と平和な国だったんだな」
「平和ボケって言葉があるくらいよ」
先頭を走ってきたリョウが、お互いの声が届く距離で立ち止まる。
「黒の傭兵団!ライデルを差し出して降伏しろ!」
「あいつ……何者……?」
シオリがリョウを見て強烈な違和感を覚える。
魂が普通の人間のものではない。
ザアザアと降り頻る雨越しにも分かる。
肉体と魂の間に、シオリにしか見えないわずかな空間がある。
「まさか……あいつも転生者……?」
「どうしたシオリ……ウッ!」
急に頭を抑えるアラカンダル。
“あの少年をよく見ておくのです、神子よ“
アラカンダルの頭の中に声が響く。
「こんな時に託宣……」
周りの時間が止まったような感覚。
言われるがままにリョウを凝視する。
リョウは自分に向けられた視線に気付いた。
ふと見ると、馬上の大柄な金髪男がこちらを凝視している。
目が合った。
その刹那、2人とも同時に周りの時間が止まったような感覚に陥った。
「なんだ!」
「これは!」
リョウとアラカンダル、お互いに空、を飛び越えて、さらに高い、宇宙まで浮遊したような感覚に襲われる。
「うわァァァァァ!」
「ヌォォォォ!」
お互いの距離が急速に近づいていくような気がする。
そしてぶつかり合った。
その時見えたのは。
お互い、軍隊を率いて、対峙しているイメージ。
青い旗を掲げた軍勢。
金色の光を背負った軍勢。
二つの大軍が地平線を埋め尽くしていた。
そこに二人が雄叫びを上げ、走ってぶつかり合っていく姿。
二人の剣と剣が、ぶつかり合った。
その時、近くの木に落雷があった。
凄まじい轟音とともに大木が割れ、燃える。
しかし強い雨で少しずつ火が消える。
ふと我に帰るリョウとアラカンダル。
「……なんだったんだ今のは」
「おい、ボーッとしてんじゃない!」
シオリはアラカンダルの足を蹴った。
「……リョウ!」
ヤナがリョウの頬をピシャリと叩く。
「……あ、ああ、ごめん」
「……どうした、小僧。ライデル伯爵を捕まえにきたのだろう?」
ガレス団長が長剣を体の後ろに隠すような構えを取っている。
「そうだ!無益な戦闘は望まない!」
「この戦いが無益かどうかを決めるのは、お前ではない、俺だ!」
ガレスは吠えた。
「黒の傭兵団は、雇い主を見捨てない!それが、傭兵の仁義ってモンだ」
ガレスの続けざまの叫びに呼応して、側近たちが前に出ようとする、が、ガレスはそれを手で制した。
「団長……!」
「団長!」
団員たちは涙声になっていた。
”俺が死んでも、これで黒の傭兵団は存続する。いずれ立て直せるだろう“
リョウの背後から、一人の大柄な騎士がリョウの肩を押し、前に出た。
「俺がいく」
低い、落ち着いた声。
討伐部隊の一大隊長で武術指導者の一人、ボンゾ・クライス教官だ。
ジェイナス王子派では最強騎士の一角。
「教官……」
「第一大隊隊長、ボンゾ・クライスだ。いざ尋常に、勝負」
長大な長剣を正眼に構え、少しずつ歩み寄るボンゾ騎士。
「黒の傭兵団、団長、ガレス・ブラックウッド……恩に着る」
剣を後ろに構えたままの姿勢で少しずつ近寄っていくガレス。
二人の体から湯気と闘気が立ち上っていく。
誰もが冷たい雨の中、息を殺して見守っている。
ぬかるみの中、二人とも距離を悟られないように重心を前後にずらしながら接近する。
”強敵!”
ボンゾとガレス、お互いの技量に尊敬の念が生じていた。
“恨みはない”
お互い間合いがもう重なり合う。
そのとき、ボンゾ騎士は、周りの動きがゆっくりと見えていた。
間合いに入ったと同時、ガレス、足への神速の払い薙ぎ。
軌道はまっすぐボンゾの右脛を狙っていた。
ボンゾは右足を引いて上に上げ、そのまま前に踏み込んだ。
空を切るガレスの長剣。
「デヤァァァッ!」
ボンゾの長剣は短い距離を跳ね上がり、そのままガレスの胸元に振り下ろされた。
そしてその先端がガレスの胸当てに吸い込まれ、分厚い胸骨を貫いた。
口から大量に吐血し、後ろに倒れるガレス。
空から降る雨は、やや小降りになってきていた。
もはや痛みなどは感じない。
ただ手足の感覚がなくなっていく。
”涙雨ってヤツか“
気が遠くなっていく。
目を閉じ、ニヤッっと笑うガレス団長。
「団長!」
「団長ォォ!」
団員たちは、誰も前に出なかった。
団長が自分たちを生かすために死ぬこと、それを全員理解していたからだ。
最後の力を振り絞って頭をもたげるガレス。
“泣くな、お前ら……”
部下たちに笑顔を作って見せる。
“ああ、いい人生だった”
ガレスの頭が落ちた。
「……なんで死ぬのよ。なんで話し合わないの」
シオリは少し俯いて小さく吐き捨てた。
「……団長のために泣いているのか」
シオリ仮面の縁から伝う雨とは違う雫に、アラカンダルは気付いた。
「……自分でも分かんないよ」
消え入りそうなシオリの声。
リョウも、一部始終をその目に焼き付けていた。
泣きながら。
そこに“後悔のない、死”を感じ取っていた。




