陽暦1490年9月〜ライデル動乱13 追走
堀に囲まれたライデルの居城。
外から怒号が聞こえてくる。
それも周囲からだ。
だんだんと近づいてくる。
橋は落としてあるが、敵が渡ってくるのは時間の問題。
“夜鴉”の団長ルチアーノが窓の外を見る。
もくもくと大きくなっていく入道雲。
“夕立ちが来そうだ。やだねぇ、濡れたくないねぇ”
「伯爵、大勢が決したようだ。もはや逃げるしかないぞ」
黒の傭兵団、ガレス団長は部下からの報告を受け、無慈悲にライデルに告げた。
「バカな、バカな……なぜレオニード公は援軍を寄越さなかったのだ……そうか、ジェイナス王子も挙兵して……?」
「違う。アンタは、切られたんだよ」
ルチアーノが現実を突きつける。
「そんなことあるわけが無い!これまでワシがどれだけ公のために……」
ガレス団長が手で遮る。
「今さらどうこう言っても仕方がない。伯爵、前に言っていたな。地下道から外に、北へ抜けるぞ。時間との勝負だ」
ガレス団長は側近たちに貴重品を積んだ荷車を引かせ、ライデル伯爵、夫人、息子たちを連れて地下道へ進んだ。
すっかり平静さを失ったライデルと不安そうなその家族たち。
だがガレス団長は雇い主として扱い続けている。
「部下も一部連絡が取れない。ヤーマス騎士団、俺の見立てが甘かった」
ガレスは険しい顔をしている。
「この道はどこまで続いてるんだ?」
ルチアーノの”夜鴉“は少数精鋭、まだ全員生き延びている。
「ブリッジウエストの手前までです」
伯爵夫人が答える。
「おお、それなら逃げ切れるかもね」
口笛を吹くルチアーノ。
さっとガレス団長の横に行き、耳打ちする。
「コイツらのお宝奪って寝返んねぇの?」
「お前は、山賊か何かだったのか?」
一睨みで返すガレス。
「フン、それを聞いて安心したぜ」
前を向き直るルチアーノ。
「ワハハハ、お互いに戦わずに済んだな」
「舐めんなよ?」
ニヤッとするルチアーノ。
静かな地下道をゴトゴトと荷車が進む。
「もうすぐ出口です」
伯爵夫人が示す。
先の方にスロープがある。
ガレス団長が静かに合図を出すと、動きの速い団員が先行して明るくなっている辺りまで行き、姿が見えなくなった。
と思っていたらすぐに戻ってきた。
「大丈夫、伏兵はありません」
ほおぉ……と息を吐く一行。
「あとは、ブリッジウエスト市に入り、まずは人々に紛れてください。もし西側諸国まで逃げるなら追加金額で護衛してやっても良い」
ライデルは項垂れたまま何も言えずにいる。
代わりに伯爵夫人が顔を上げた。
「ガレスどの……!」
地上に出ると、ブリッジウエスト市は目と鼻の先の距離だった。
空が暗くなり始め、暗雲が立ち込めてくる。
「あー、仕方ねぇなこりや」
ポンチョを羽織るルチアーノ。
少しずつ進んでいくと、ブリッジウエスト市の正門に至る街道の真ん中に、大柄な男が銀色の鎧を着て騎乗していた。
傍には同じく騎乗した少女がいる。
その背後には馬上の数十人の男たち。
ガレス団長と部下たちには、そのシルエットに見覚えがあった。
ポツポツと大粒の雨が降り始め、雨の匂いが立ち込める。
「まさか……」
突然の雷光。
数秒の後、雷鳴が轟く。
浮かび上がった顔は、はるか西でお互いに戦い続けてきたエラディアの傭兵団。
「やはり……”暁月“、“金耀の神子”……」
さすがのガレス団長も驚いた表情を見せる。
ガレスは部下を制して、一人だけ先に行き、アラカンダルに声をかけた。
「なんだお前ら、どうしてこんなところにいる」
世間話の感覚に聞こえる。
「アンタらと同じような理由だと思うぞ」
馬上からガレス団長を見下ろすアラカンダル。
「まさかとは思うが、俺たちを今、殺すつもりか?」
ガレスの目の奥が光る。
「俺たちの任務は、この街に誰も入れないことだ」
アラカンダルが明言すると、隣のシオリが仮面越しにもギョッとしたのが分かった。
「ちょ!」
“馬鹿正直なんだから!”
「そうか、それが分かればいい」
ぬかるみ始めた道。
踵を返すガレス団長。
「ここからは通行止めだ。他を当たれ」
アラカンダルの声は朗々としてよく通る。
戻って雨の中、皆に説明するガレス団長。
「今、”暁月“と事を構えると、おそらく全滅だ」
「……そんなに強ぇのか奴らは?」
訝しそうな表情のルチアーノ。
「あの切り込み隊長と剣を交えて五合と保った者はいねぇ。特に横にあの女がいる場合、無敵だ」
「で、どうするよ?」
「テリス海を北上し、山越えするしかあるまいよ」
「この人数でそれは現実的ではないなぁ」
「団長!追手が来ました!」
最後尾で地下道を見張らせていた傭兵が叫ぶ。
「なに!」
想定より地下道を発見されるのが早すぎる。
「思っていたより、ずっと優秀だったなヤーマスの騎士団は」
ルチアーノは肩をすくめながらガレスにそう告げ、“夜鴉”の面々に声をかける。
「宴は終わりだ!テリス海を北へ。山ん中通ってリア方面まで逃げるぞ」
「ごめんな奥さん、子供たち。短い間だったけど世話んなった。が、ここまでだ。生きていたら、また会おう!」
済まなそうな表情だが軽く言うルチアーノ。
どこか恨めない男だ。
「行くのか」
「そうさ。じゃあな、ガレス。チャオ!」
ルチアーノは片手を上げる。
湖沿いに走り去る“夜鴉”の群れ。
「あなたたちは何故私たちを見捨てないのです?」
伯爵夫人がガレスに問う。
「この所帯を構えていると、個人の命より大事なものが有るのです」
ガレスがそう言って街道の後方を見据えていると、追手が見えてきた。
数人、武器を手に、水飛沫を上げながら走ってくる。
その先頭にいるのは、リョウだった。




