陽暦1490年9月〜ライデル動乱⑧ 荘園の戦い
「暑っついなー」
湿気を含んだ空気がまとわりつく。
サイ・ハグーダは、荘園の入り口に勢ぞろいしている「ライデル伯爵討伐混成騎士団」の右から4番目の部隊の先頭にいた。
目の前には簡素な柵がある。
誰もおらず、収穫が終わった小麦畑が広がっている。
ライデル伯爵が籠っている城砦まで5キロメートル。
騎乗だと目と鼻の先の距離に思える。
まだまだ残暑が厳しく、太陽はギラギラと銀色の金属鎧に照り付けている。
後ろを見ると、276期生の面々が後方に位置している。
“彼らは死なせる訳にはいかない”
遠方のリョウが手を振ってくる。
“アイツ緊張の欠片もないな”
サイは苦笑した。
「やるべき事は、籠っている逆賊ギニウス・ライデルの捕縛!敵の主力は徴兵農民だが、本命は傭兵団だ。数の上ではこちらが圧倒的に有利。門をぶち壊し、一気に叩く!」
ライリー副団長が開戦前に檄を飛ばす。
「おう!」
正規騎士ばかりで編成された部隊は、秩序の乱れはない。
今回の討伐部隊の総指揮はライリー副団長が執る。
合計人数は1000人。
5つの大隊で構成されている。
念の為にレオニード公爵派の人間はほとんど外してあるが、エグバルド・クラウスだけは教官という立場上指揮系統に加わっている。
なお、主力の一大隊の指揮はジェイナス王子派のボンゾ・クライスが執る。
二大隊はエグバルト・クラウス。
三大隊はフェリクス・ナイトレー。
四大隊はサイ・ハグーダ。
五大隊がドレン・デ・ブラン。
有力な教官の騎士たちがそのまま大隊長を務め、その下に各地の正規騎士たちが割り振られた。
“教鞭を取っていた翌週には戦場か、おかしな気分だ”
サイは周りの面々を見回して思う。
“ヤーマスはこれまで平和だった”
“今回は賊や魔獣退治とは違う……戦争”
サイ自身もこの規模の人間同士で殺し合うのは初めての経験。
躊躇していては、自分も部下も死ぬ。
また、相手も同じ国民。
本来は守るべき相手だ。
出来れば、優位に立った時点で降伏させたい。
「……ちょっとは無理するしかないかなー」
サイは少し嫌そうに呟いた。
大隊長たちがテントに集められ、軍略科のブラン教官を中心に幕僚による作戦会議を行う。
ライデル荘園は基本的に遮蔽物のない穀倉地帯で、今は麦の種まき前。丈の高い草はない。
敵が待ち伏せできるような地形はなく、このまま整備された農道を進めば一辺2.5キロメートル四方の城砦が見えてくる。
記録では、城壁の高さは約10メートルで、四方に門がある。
その内側は小高くなっており、さらに堀があってその内側に居城がある。
「門は木製だが、分厚く、物理的な破壊はなかなか難しいと考えます」
ブランは地図を広げて各隊長に説明する。
「破城槌は2本だが、運用するのに30人必要。使用中は無防備です」
ブラン教官は続けて説明する。
「隙間は守備役でカバーしよう」
エグバルド・クライスが意見する。
「強力な範囲魔法でもあれば、ずいぶんやり易いのですが……」
ブラン教官は少し元気のないトーン。
「魔法研究院からは、虎の子の魔法部隊は出せんとさ」
ライリー副団長が苦い表情だ。
「この有事にヤツらなんのつもりか!」
一大隊長のボンゾ・クライスが台を叩く。
魔法研究院はジェイナス王子管轄だが、不満をあらわにした。
「味方にも晒したくないんでしょ」
フェリクスが頭の後ろに両手を組んで軽口を叩く。
「そのせいで余計に国民が死ぬのだぞ……」
悔しそうなボンゾ隊長。
“おや、ボンゾ教官は思ったより熱いお人だ……”
サイは少し目を見開いた。
議論は夕刻にまで及んだ。
「さて、伏兵無しの報告を受け、明日の方針が決まりました」
地図上に駒を配置するブラン。
「一、二、三大隊の混成主力は、南側正面の門に集中。四大隊は時間差で荘園の北方から隠密で北方の門に取り付く。うちの五大隊は四大隊と呼応して東側に秘匿配置」
「そうだな。これが現時点で最良の戦術だ」
ライリーは腕組みをしている。
「損耗は避けられませんな……」
エグバルドも気が重い。
「最善を尽くしましょ」
サイは本気を出す心づもりになっていた。
その頃、276期生のテント。
「リョウ、なんだそれは……?」
ゼルダンは、リョウの腰に下げている不思議な剣に目が止まった。
「うーん、お守りみたいなもんかな。使いたくはないんだけれど」
鞘を上から撫でてみる。
「お守り……どころか不気味な青い瘴気が垂れ流れているのだが……」
「えっ、やっぱ見えちゃう?」
「お前の爺さんよりも危険に見える」
ゼルダンは引いた目でそれを見ていた。
「そっかー」
「……リョウ、持ってきちゃったんだね、そいつ」
ジンがリョウに声をかけた。
「ああ、こいつ、昨日ベッドの横でカタカタ震えててさ……俺を持っていけ、って風に思えたんだ……」
「きもちわるっ」
ヤナが後ろから声をかけ、嫌そうにその剣“蒼雷剣ジンライ”を一瞥した。
そのヤナを後ろから睨みつけているゼルダンの幼馴染、エステル・フォン・カーミラがいた。
黙って剣の柄を握りしめながら。




