陽暦1490年9月〜ライデル動乱⑦
練武場の中心で衝撃音を上げ、何かが爆ぜたように見えた。
それは超高速でまっすぐぶつかり合ったセキサイとウーツァン。
セキサイとウーツァンは、動きが速すぎて、人の姿として捉えられない。
赤黒い暴風や帯のような残像が激しくぶつかり合い、絡まり合う。
時々互いが技を繰り出す瞬間にだけ蹴りや突きの攻防が見える。
どよめく観衆。
「なにが起こっているんだ!?」
「速過ぎる!」
その場ではリョウだけが知っていた。
「皆伝奥義“無間”だ……!」
2人とも“気”を全身に巡らせ、人間を超える動きに到達しながら、互いに技の攻防を行っている。
「こんな自在に使いこなせるようになるのか……!」
脳の全力を発揮して、一瞬たりと見逃すまいとするリョウ。
「こんな世界があったなんて……」
ヤナは己が少し強くなったからといって慢心していたことに気付かされた。
魔力でブーストした視力でも、彼らの動きは速すぎて完全には捉えきれない。
“自分なら5秒で死ぬわ”
サイは本気のセキサイとウーツァンの攻防に見惚れていた。
“人類ってここまでいけるのか”
胸が熱くなり、目が潤んで視界がボヤける。
慌てて目を擦る。
「どうした!息が上がったか」
互いに超高速、秘伝の歩法を駆使しフェイントをかけながら位置取りし合っている。
どちらかと言えば攻めているのはセキサイの方だ。
残像を複数体作りながらジグザグに動き、ウーツァンの領域に侵入してきた。
神速の左上段蹴り、をウーツァンがしゃがんで躱す。
空を切った勢いのまま、セキサイが一回転。
地面につく前に右足の後掃腿がウーツァンの足元を襲う。
「”無間“の最中に”螺旋脚“かよ!」
直撃の前に半歩踏み出て蹴りをカットするウーツァン。
セキサイの体回旋の勢いで砂が螺旋状に巻き上がって飛ぶ。
砂のとばっちりが観客に降り注ぐ。
「うわっぷ!」
蹴りの直後、一瞬に飛び退くセキサイ。
「ジジィ!なんでそんな元気なんだ!」
ウーツァンも得意の投げに持ち込もうと影歩や流水歩で距離を詰める。
しかし速度は互角で、追いつかない。
どんなフェイントをかけてもセキサイはその場に全く居付かず、常に有利な場所を取り続けている。
木製の盾を粉々にぶち壊す威力のウーツァンの剛拳が残像を次々に貫く。
円を描くように超高速で動いているセキサイ。
柵にウーツァンの拳がめり込んで爆散させた。
「ひえっ!」
木片を浴びて飛び退くガロン・ツェルク。
「山籠りしとったからの!」
そう言いながら、セキサイは一呼吸。
超高速の世界から止まった刹那、セキサイの体が一回り大きくなったように見えた。
そして、再び“無間”の世界に入り、すれ違いざまに両手の掌をウーツァンの背中に突き出した。
「遠いわ!」
そこは互いに一歩の距離がある。
ウーツァンは背後に回られ一瞬ヒヤッとしたが、身を捩って体勢を整えようとした。
しかし予期せぬとてつもない衝撃が背中を襲う。
「ウガァァッ!」
轟音と共に、弾けたように柵の手前までふっ飛ばされるウーツァン。
練武場に音が反響し、その後静まり返る。
誰も理解出来なかった。
セキサイは触れていない。
それなのにウーツァンが弾き飛ばされた。
ウーツァンは倒れこそしなかったが、つんのめってよろめいた。
しかし、苦痛の表情を浮かべつつ、すぐにセキサイに向き直る。
それは“無間”を貫く、かつてないほどの超絶ダメージだった。
めまいと共に膝をつくウーツァン。
追撃は……ない。
セキサイは少しの間、脱力したように背を丸めていたが、息を整えて構え直した。
「……なんだ今のは」
ウーツァンは驚いていた。
西方流ダンマ家の家伝書にもそのような技は書かれていない。
「ワシが編み出した新技よ」
真っ直ぐ立っていたセキサイ。
「ーーーバケモンか」
まだ立てない。
「なぁに、お主にも出来るようになるさ」
ウーツァンに向けて歩き、手を差し出すセキサイ。
その手を取るウーツァン。
セキサイが引き起こす。
「励むとしよう。……騎士団の山籠り訓練を採用するかな」
ウーツァンはそう言いながら立って笑った。
すでにお互いの顔から険が取れている。
リョウたちは、言葉もなく一部始終を見ていた。
が、いつの間にかどこからか拍手が沸き起こって盛大な歓声が上がる。
「すげぇよ爺ちゃんたち……」
リョウは感動を覚えていた。
やはり、日々、積み重ねることが大事だと再認識する。
「……私には全てが足りてないわ」
ヤナは今より一層激しく稽古を積むことを心に誓った。
「あれが一生を武に捧げると言うこと……捧げた時間の重さ……個性を活かすことの重要性……」
ジンは一人で考え込んでいる。
「やはり、父は、実力で挑んで敗れたのだな……」
ゼルダンはセキサイの戦う姿を見て全てを悟る。
父の妄執はすでに心の中から消え去っていた。
「あれが我々が目指し、超えるべき場所……」
サイとフェリクスは顔を見合わせる。
「泣いてるぞサイ」
「お前こそ」
“いつか必ず……!”
サイは胸の中が熱く燃えたぎっていくのを感じていた。
「とんでもねぇ化け物だったんだ」
「老いって逆らえるんだな?」
「俺たちはあんな人らから教わっていたのか……」
その他にも見ていた者たちは口々にそれぞれの思いを呟いていた。
「おう!みんなよく目に焼き付けたか!これが最強格の戦いよ」
アイザッツ・バルガン団長が騎士団員たちに大声で告げる。
そしてセキサイの下へ歩んでいく。
「シーツァイ先生、よくご健在でいらっしゃいました。お元気そうどころでは有りませんが」
「ふふ、老いてなお道の途中よ。お主は歳はとったがあまり変わらんなバルガン」
顎を触りながらもまんざらではないセキサイ。
「兄ぃ、昔より強くないか」
ようやくダメージから回復したウーツァンが言う。
「リョウが来てから、その影響を受けて、毎日激しく稽古し続けたんじゃ。……おかげで自分の限界がまだ先にあったことが分かったわい」
遠い目で思い返すセキサイ。
「やはりそうか。老いてなお。俺もさらに研鑽を積むしかないな」
「そのうち下が追いついてくるわい。ワシらがそうしてきたようにな」
「そうだな。特に今の騎士団は粒揃い。見込みのある者が多い」
「そのまま伸ばしてやってくれよ。ウーツァン指南役どの、バルガン団長」
「応!」
「はい!」
そのやり取りを興奮冷めやらぬ中、観衆はただセキサイたちを見つめていた。




