陽暦1490年9月〜ライデル動乱⑤
“月闇”ナジームが捕えられたことは、瞬く間に広められた。
翌日の昼間、騎士団本部隊舎に、ウェイトレスの娘が一人、配達に来た。
「ライリー副団長へのお届け物です。渡せば分かるわ」
そう言ってその娘は、名も伝えず、酒瓶と、金貨の詰まった小袋を門番の騎士に預けて帰った。
その話を聞き、少し苦笑いするライリー副団長。
小袋の中身は金貨90枚以上あった。
「乾杯しろってことかな」
めったにない程の高級酒を見ながら、ライリーは呟いた。
ナジームは、騎士団の取調べを受けた。
当初は完全黙秘だったが、雇い主を喋れば死罪にはしないという司法取引を受諾し、一部内容を話し始めた。
案の定、雇い主はギニウス・ライデル伯爵その人で、暗殺対象はオード師だった。
なお、目的達成後、次はジェイナス王子が標的となっていた。
取調べた結果、今回の目論見はライデル伯爵の独断専行のようで、証言の中にレオニード公爵の名前は一切出て来なかった。
オード師は、病床に有りつつもギニウス・ライデル伯爵を内乱罪首謀者として断罪した。
そして、王命によりライデル伯爵家の「家名取り潰し」の処分が下されることとなった。
傘下にいるライデル伯爵家の取り潰し問題に関して、レオニード公爵は沈黙し続けており、結果、手続きに横槍が入ることはなかった。
「……ライデル奴、なんと浅はかな……」
テリスイースト州の州都ヨーク市の中心、一際立派な城の一室で、レオニード公爵は窓の外を眺めながら呟いた。
外は夕立ちの真っ最中だ。
レオニード公は50手前。
痩せ型の長身、冷酷な目つきの男。
白を基調とした服装にマント姿。
「残念ながら、もはや手遅れ。ヤツには知恵者を一人付けておくべきでした」
傍に佇む中肉中背の中年が、雷光のたびに浮かび上がる。
頭髪は薄く、気苦労が多そうな顔をした男。
「どうだヴァルター、この件、当方にどの程度の影響するか」
「まだ瑣末、と言いたいところですが、資金力で1パーセント程度の減となります」
「フン、我が見立て通りか。次なる手筈を速やかに進めよ」
窓の外を見たままレオニード公は指示を出す。
「畏まりまして。早急に」
「それにしても目障りは騎士団よ……」
一際大きな雷鳴。
振り返るレオニード公爵。
「お前の息子を通じて、騎士団内部の監視を続けよ。内から弱らせろ」
「ははっ」
王命を受け、ライデル伯爵討伐のため、各地から騎士が王都に集まり始めた。
ライデル荘園には、元々600人程度の兵力がある。
そこに傭兵がいくらかいるはずだが、正確な数は不明。
王都騎士団は元々1000人いるが、そのうち、治安維持に必要な500人を残し、残り500人程度を討伐に投入。
その他を地方騎士でまかなって、数的有利の状況で討伐に臨む。
「なかなか壮観じゃのう」
騎士団本部隊舎入り口にセキサイが来ていた。
各地から続々と王都入りしている騎士たちで、騎士団本部は賑わっている。
「爺ちゃん!もう帰ったと思ってた」
本部玄関の受付業務に当たっていたリョウは驚いた。
「せっかくじゃから、従弟に会ってから帰ろうと思ってな」
「ああ、ウーツァン指南役ね。呼んでこよっか?」
「いや、入れてくれさえすれば良い」
「じゃ、ここに名前書いてね、ふふふ」
「その鎧、似合うのぅ。ちゃんと働いておるようで安心したわぃ」
嬉しそうな祖父と孫。
セキサイは、すたすたと騎士団隊舎内、武技指南役の待機室を目指して歩く。
かつて自分がいた場所だ。
部屋の入り口に「不在」の札がかかっている。
「ああ、指南役を訪ねられて。今の時間は練武場ですよ。行かれても大丈夫かと」
30代半ばのたくましい騎士がセキサイに声をかけてきた。
リック騎士だ。
「そうでありましたか。ありがとう」
「……もしかして、リョウのご家族でいらっしゃいますか?」
「おや、分かりますか?」
「雰囲気が、それはもう」
「ワシはセキサイと言います。リョウの爺さんです」
「やはり!お噂はかねがね聞いております、というか私からヤツに質問していろいろ聞き出したのですが!」
目が輝くリック騎士。
伝説の”鬼槍“を目の前にして興奮が隠せない。
「あいつ、碌でも無いことを吹き込んでおらんかのぅ」
「ウーツァン師範の下へ、ご案内します!」
「それは助かる」
リック騎士とセキサイは、練武場までの道を歩く。
途中で若い騎士たちが固まっている場所に出くわしたが、セキサイが近づくと、皆、自然に道を空けていく。
「……誰だあの爺さん」
そのままセキサイが歩いていると、年配の騎士がセキサイを凝視し、目の前で手荷物の袋を取り落とした。
姿を見て畏まるリック騎士。
「ほい」
セキサイが拾って手渡す。
「ど、どどどどうも」
手が震えている。
「おや、お主は……?」
「2、215期生のワイラー・ドノヴァンです!30数年ほど前に御指南頂きまして、おかげさまでどうにかまだ生き延びております」
絵に描いたように恐縮している
「そうであったか。済まぬが、忘れてしもうとる。年を取るといかんのぅ。215期は確かにワシが稽古をつけたが……誰がおったかね?」
頭をかくセキサイ。
「同期には、バルガンがおります」
「その期か!……思い出して来たぞ、お主、痩せのドノヴァンか!肥えたのぅ」
「先生、お若いお姿のままで、大変驚いております。一時期、亡くなった、と話が聞こえてきたもので……」
「ふふ、生き返らせてもらったんじゃ。スリャの奴らには内緒じゃぞ?」
いたずらっぽく冗談めかして言うセキサイ。
「お元気そうで、嬉しいです」
目の端が光るワイラー・ドノヴァン騎士。
「今からウーツァンと会う。良かったら見ていかんか、多分アイツびっくりするから面白いぞ」
「それは、貴重な機会!ぜひ」
"戦略部長も初任騎士に戻ってるな"
リック騎士はクスッと笑った。
そろそろ練武場に着く。
気合いの入った掛け声と、木剣がぶつかり合う音や、足を踏み込む音が近づいてくる。
リック騎士がふと気づく。
練武場に近づくに辺り、セキサイの周りの空気が揺らぎ始めており、その揺らぎは段々と激しくなっていく。
歩きながら悪い顔をして笑っている。
"なんかやばくないか?"
不安そうなリック騎士。
「止めぃ!!」
練武場から聞こえたその声とともに、喧騒が静まり返った。




