陽暦1490年9月〜ライデル動乱④
ライリー副団長とリョウは騎士団の療護院に戻って来た。
いつの間にかオード師の病室がある階の会議室に、仮の騎士団本部が設置されている。
2人からもたらされた情報に驚く団長たち。
サイ先生や他の教官らがナジームの情報をもとに戦術を考える。
しかし、なかなか良い考えがまとまらない。
今の条件では、夜間の戦闘で勝てる見込みが無い。
どうするか頭を捻る幹部たち。
「……リョウ、何か思い付かないか」
何気なく、リョウに水を向けるサイ先生。
「はい!こういう時、ジンが頼りになります」
リョウは、最精鋭である近衛騎士カルヴェインを圧倒する魔法剣士を、自分では捕まえられる気がしない。
相手は掛け値なしの化け物だ。
だが、知恵比べとなると、こちらにも分が有りそうな気がする。
「……ちょっと呼んできてくれる?」
ふと考え、サイはリョウに命じた。
「ああ、あのジンくんですね」
軍略科のブラン教官が目をつけていた。
リョウに連れられ、ジンが会議室に入る。
「……なるほどこれは強力な魔獣狩り……」
現状の説明を受け、ブツブツ言いながら即座に考え始めた。
リョウからは、ジンの目がワクワクしているように見える。
しばらく考えて、ジンの表情が明るくなった。
「……リョウ、副総代を呼んできてよ」
今度はゼルダンか、と思いながらリョウはひとっ走りする。
その間、ジンは、幹部に自分の考えを伝える。
皆、驚きつつ表情が明るくなる。
「呼んできたよ」
息も切らさず走って来たリョウとゼルダン。
「どういったことですか?こいつが何も説明してくれなかったので」
少し戸惑っているゼルダン。
バルガン団長とサイ教官から事情を説明され、ゼルダンは少しイヤな顔をした。
「……なるほど理解しました。全力を尽くします」
いつもの鉄面皮に戻るゼルダン。
「硬いよゼルダン。ま、頑張ろう」
サイ教官がニヤけ顔で言う。
「……果たして、上手く運ぶか……」
ライリー副団長が呟く。
ただ、時間は限られており、守る側も疲弊し始めている。
荘園にこもっているライデル伯を今、さらに追い詰めるためには、暗殺者を必ず捕らえなければならない。
「ライリーよ、俺は、若い可能性を信じる」
バルガン団長は覚悟を決めた表情だ。
同日夕刻、ナジームは、闇に紛れて騎士団の療護院を監視していたが、にわかに動きが慌ただしくなったのを感じた。
“動くか”
ナジームは空を見上げる。
丸い月が白くうっすら登っている。
“月夜は、俺の時間”
近くの暗がりに潜み、上から着ていた服を脱ぎ、隠すと、闇に溶け込む黒装束姿になった。
しばらく見ているうちに、辺りに夜の帷が降りてきて、闇に包まれ始めた。
ナジームがなおも監視していると、オード師が椅子に乗せられ、療護院を出て馬車に乗せられる。
馬車は王宮を目指す方向を向いている。
"やはり、来たか"
周囲には警護の騎士が8人もいる、が、オード師を暗殺するだけなら、不意をつけるナジームには可能だ。
“よく見ろ、罠は無いか“
ナジームは慎重に周囲の様子を窺う。
”手練れは……全員か……大層な"
ナジームは薄く笑った。
”罠の可能性、低い”
“月影に移り、見計らって馬車の下に潜む”
そう決めると、ナジームの体はあっという間に闇に溶け込み、影と影の間を次々と移りながら馬車に近づいて行く。
その時、馬車が動き始めた。
王宮までは大通りを一直線だ。
途中にさまざまな工作物があり、潜む影は無数に有る。
襲撃ポイントを王宮入口と定める。
そこで一度止まるはずだ。
移動しながら、ナジームには微かな違和感が湧き始めた。
"騎乗している護衛、少ない"
"馬車が、遅い"
そうしている間に、馬車が急に止まった。
塔のある噴水広場の辺りだ。
遮蔽物が少ない、あまり良くない場所だが、影はある。
"何だ、観察しろ"
すぐに護衛の2人が馬車の中に入り、中からオード師が運び出された。
4人がかりで、地面にうつ伏せに寝かせる。
オード師は意識を失っているように見える。
"背傷がたたったのか"
"だがここで仕留める"
ナジームは、月影の闇を移りながら、噴水塔の頂点付近の影まで来た。
何も無い中空から、突然湧きだしたように現れたナジーム。
すでに両手にソードブレイカーを把持している。
真下はオード師が寝かされている場所。
必殺の態勢で降ってきた。
"!?"
その刹那、強烈な違和感がナジームを襲った。
下にいる護衛が、魔力を溜めている!
「今!」
ジンの叫び声。
護衛の1人、ゼルダン・クレストは準備していた"大閃光"を発動させた。
辺りが爆発的に閃光に包まれる。
「ぬおお!?」
護衛が光った瞬間、咄嗟にナジームは手で顔を隠したが、片目の網膜が焼き付いて真っ白だ。
それは一瞬どころか、まだ護衛は光り続けていて眩しい。
落ちながら、刹那、かろうじて片目で闇を探すが、まだ強烈な光が継続している。
"輪郭がぼやける"
"涙が止まらん……が!"
"そこだ!"
真下の護衛、影が一点に重なり合っている。
ナジームは、そこを目掛けて体を捻り、着地体勢に入った。
"着地と同時に次の影に移る!"
しかし、ナジームはそこに着地したが、絶大な練度を誇る移動魔法が発動しなかった。
"ば、馬鹿な!影に沈まん!"
「これ、ボクの魔法」
護衛のサイの影に見えたものは、黒い紐状の魔力の帯に変わり、ナジームの全身を拘束した。
「ウォオオオオッ!」
絶叫するナジーム。
魔力拘束を解こうともがく。
一部が壊れ、破れそうになる。
慌てて突き出した拳に力を込めるサイ。
「誰か!」
危険を知らせるサイ。
その刹那、護衛に扮していたフェリクス教官、ジンとヤナが一斉に襲い掛かり武器を奪う。
直後、背後からリョウが首を絞めてナジームを気絶させた。
大閃光の継続に魔力を限界まで絞り尽くして、ゼルダンはふらつき、倒れそうになった。
そこをヤナが抱きとめる。
「頑張ったわね」
言いながら魔力を注ぎ込むヤナ。
「……すまない」
「そこは、ありがとうって言っといた方がモテると思うわ」
「そうか、すまない」
「名演技でした」
バルガン団長はオード師に肩を貸しながら馬車に再び乗せる。
「シナリオが良かったな。騎士団がいかに有望か、思い知ったわい」
ニヤリと笑うオード師。
だが一瞬顔が歪む。
「もう少し、病室にいて下さい」
「世話になる、アタタ……」
「誰も傷付かなかったな、なあ」
バルガン団長はナジームを縛り上げているジンたちを見ながら、ライリー副団長と目を見合わせた。
「まだ若いのに、みな頼もしい限りです」
「……さて、この落とし前、きっちりつけさせてもらうぜライデルさんよ」
そう低く呟く団長の目は、暗く燃えていた。
ナジーム編結末まで一気に書き上げました。




