99話 黄昏の向こうに佇む闇の影《Hollow Shadows》
それからトロルを討伐、解体をしギルドに納品を済ませる。
そして再び街の外を駆けずり回った。
「ふふん♪ あの納品でギルド上位に食いこんだわ♪ このまま魔物を根こそぎ狩ってトップを独走してやろうじゃない♪」
先ほどからキュニュは大層なご満悦ぶりだった。
しかしあれは本当にたまたま不運と幸運が錯綜してだけに過ぎない。
ここからはちまちまと雨垂れ石を穿つ精神で稼がなければ。
「この辺に食べられるお花や野草やベリーがいっぱいありますよっ!」
「んなっ!? おばあちゃんでもないのになんでそんなものに詳しいのよ!?」
「ナイスだレーシャちゃん! さすが村育ちで家業を手伝っていただけのことはある!」
とにかく駆けずり回るのみ。
「あそこに雉子がいるぜぇ! 捕まえてやらぁ!」
「ちょっとぉ! 追い回すと魔法で狙いがつけられないでしょお!」
モルグとエリンも空回りながら次々に食材を確保していく。
雄大な世界には危険はあれど食材は至る所に存在する。
まさに食の宝物庫。自然という偉大なる母に感謝をしながら狩猟を行っていった。
「な、なによこれ……レーシャが作ったの?」
ときとして視界のとれる木陰でお昼の小休止。
当然のようにレーシャちゃんからパンがそそくさ配られる。
「もう何回か食べてるけどほんと美味しー! 甘くて滑らかでサイコー!」
「こんなうめぇパンそこらのパン屋じゃ食べられねぇぞ! しかもタダとか最強じゃねぇか!」
「あんパン以外にもソーセージを挟んだパンの新作もありますからねっ!」
レーシャちゃんは振る舞ったパンの評価にご満悦だった。
対してキュニュは恨めしそうに顔をしかめる。
「ぐぬぬぅ……悔しいけど信じられないくらい美味しいわね。これは私もいよいよ料理をがんばるときがきたのかも……」
「なんでキュニュは恨み節なんだよ。女の子なんだからもっと可愛い理由で料理ってのははじめるべきだろ」
小休止のなかに一方的な火花が散っていた。
さらにときには魔物に追い立てられたりすることもある。
「グレートホルンの群れだあああああああ!? ナエっちさん盾になってくれえええ!?」
「こっちくんじゃねええええ!? ここは二手に分かれるところだろがあああ!?」
「け、煙玉でサポートしますっ!」
「じゅるりっ。あれは食いでがありそうね」
「でもあの魔物は普通の牛と比べて可食部位が少ないらしいわよ」
さすがに5番目の街ともなれば油断できる環境ではない。
しかしそれでも他のパーティと連携しつつ、危険な環境で必死に生き延びた。
うんざりするようなこともある。だが冒険者として成果を上げる充足感はなにものにも代えがたい。
そして駆け回ること数時間。
忙しさは夕暮れまでつづいた。
分け与えたり協力したり。けっこうな量の肉や野菜の食材が大ギルドに集っただろう。
しょうじきなところ街の外に駆りだされた冒険者たちは――俺たち含め――くたくたになっていた。
「ぜぇぜぇ……そろそろギルド長の言っていた日の入りだな」
俺ももう疲労困憊だった。
バグっているからとはいえ体力は人並みていど。
1日中働かされれば相応に息も切れるし足も棒になる。
「で、でもまだ少しだけ時間余ってるんじゃない? ここまでやってきたんだし最後までがんばってみましょうよ?」
「そうだな! せっかく花の隊のおかげで強くなったんだし、やれるってところを見せねぇとだよな!」
すっかりエリンとモレグもいっぱしだった。
今日1日行動をともにしてひしひしと感じている。
2人は出会ったころの腑抜けではない。冒険者の顔つきだった。
「軟弱ねぇ? 1日ふらふらしたていどでもう根を上げちゃうとかやっぱり雑魚だったんじゃなぁい? ねぇ、ナエ・アサクラぁ?」
なんで名指しなんだよ。
ニヤけ顔でキュニュは俺のことを見下してくる。
しかし人を煽るだけあってか、彼女は微塵も疲れた姿を見せていない。
加えてレーシャちゃんも竹筒の水筒を手渡してくれる。
「でも根を詰めすぎるのもよくありません。引き際を弁えるのも冒険者の務めだと思います」
「ダメよレーシャ甘やかしちゃ! 人っていうのは諦める言い訳が得意なの! だから没落して惨めに成り下がってしまうのよ!」
なんで忍者組はこんなに元気なのだろうか。
レーシャちゃんもキュニュも朝とまったく変わらない状態だった。
俺のほうはといえば、ひと息ついてようやく呼吸も楽になっている。
「最後どこか回るにしたってそのへん一帯が狩り尽くされてるだろ。あんまり遠出できる時間もないぞ」
やり尽くしたといっても過言ではなかった。
なぜならアークグランツの周囲に動物どころか魔物の影すら落ちていない。本日のみ結成された狩り部隊によって根こそぎ狩られ尽くしている。
これでしばらくは街周辺で商人や巡礼者が脅かされる心配はないはず。
この状況でさえもまたギルド長の狙い通りか。街の外の危険区だというのに文字通りの安泰という空気が夕暮れのなか漂っていた。
「じゃあそろそろ俺たちも周りと一緒に大ギルドに戻っていいか?」
静寂は俺の言葉に同意するということ。
冷を運ぶ風が頬を撫でると、帰還ムードをいっそう強める。
「あっ! そういえば1箇所気になるところがあったのよ!」
ふと、エリンが指を鳴らす。
パーティ全員がいっせいに彼女のほうを注視した。
「トロルよ、ト・ロ・ル! アイツがでてきたであろう森ってあまり近づかなかったわよね!」
ああ。言われてみれば。
俺もそういえばと思ったし、たぶんみなが同じ意見だろう。
トロル討伐以降、不思議と足がそちらに向かなかった。
「あそこはトロルがでてきた森だぜぇ? 無意識でも近づきたくないのは当たり前じゃねぇの?」
「でもあんなすごいのが潜んでいたからこそよ! きっとあの巨体を育むほど潤沢な食材があったんだわ!」
これに関して言えば、おおよそモレグの意見に賛同だ。
しかしエリンの期待に縋る気持ちも汲んでやることはできる。
あれほどの魔物がおいそれとでてくるとは思えない。きっと森のなかに理由があると踏んで妥当か。
あそこは近隣であるため足を伸ばすことは可能だった。だがある意味で博打に近い行動でもある。
「もし向かったとしてなにも得られないかもしれないし、またトロル並の強力な魔物がでてくるかもしれない。ワンチャンスあってもこの2択があるなら俺はオススメしないかな」
「私もナエ様と同意見ですね。お疲れのかたが多い以上あまり無理をしないほうが得策かと」
レーシャちゃんも俺と同意見らしい。
これは簡単な危機分担だ。
得られる可能性が33%だとし、得られない確率も33%とする。
そこに危険生物の可能性の33%を考慮に加えれば、いかない理由は66%になる。
これ以上の危険を冒すのは、投資というより投機に近い。
「うーん……ちょっといい考えだと思ったんだけどなぁ」
「さすがにいまのコンディションでトロルのおかわりはきちーって。いい加減諦めて今日はうめーもん喰おうぜ」
肩を落とすエリンの背をモレグがそっと慰めた。
「(どのみち六冠チームがトップだろう。わざわざ2番を狙って無理するのはバカバカしい)」
それによって帰還という収束にに定まりつつあった。
だが、1人だけ現状に端を発する者がいる。
「甘いわ! さっき食べたレーシャの美味しいパンよりも甘いわね! 雑魚の甘ちゃんくらい雑魚甘ちゃんだわ!」
ふてぶてしいまでに威風堂々とした佇まいだった。
キュニュは鼻とバストをツンと張りながら腰に手を添える。
「思いついたら吉日って言葉があるのよっ! だから思いついたら行動あるのみっ!」
たっぷりと詰まった合わせの内側で形の良い褐色の鞠が、たゆんと弾む。
どこが自信の源泉なのだろうか。ドヤ顔には満ちあふれるほどのやる気が籠められている。
「あのなぁ……」
俺はため息交じりに言いかけた。
しかしキュニュの主張のほうが早い。
「それに今日みたいにパーティ組める機会はそうそうありはしないの! であればやっぱりやれること悔いなくやっておくべきよ!」
「――っ!?」
唐突に俺の涙腺が刺激されてしまう。
今日のパーティを集うときの瞬間が俺の脳裏をよぎった。
キュニュは誰からも声をかけられず立ち尽くしていた。
いままではどうだったのかはわからない。今回だけだったかもしれないし、そうではないのかもしれない。
しかしいまのキュニュは暗にこう言っている。
楽しかったからもう少し遊びたい、と。
「行こういますぐ!! もしまたトロルがでてきても俺がぶちのめす!!」
「私もナエ様に大賛成です!!行きましょうみなさん!! 幸運なことに目的地はすぐ近くです!!」
こうなって即断即決だった。
しかもレーシャちゃんも悟ったか、俺に完全な同意だった。
あんな後ろ手に上目遣いの孤独なシルエットを見せられて黙っていられるか。
「でもよぉ……このあと美味い飯を作れ的なこと言ってなかったか?」
「食材とっていくだけじゃないみたいだしあんまりゆっくりできないと思う。言いだしっぺの私が言うのもなんだけどね」
モルグとエリンの言い分の決して間違ってはいなかった。
ギルド長の指示は食材の調達のみではない。食堂に新たなメニューを考案しろと言っている。
だが、問題はない。その点に関して言えば俺がいる。
「バカヤロウ! そっちの心配ははじめからいらん! トロルと牛の魔物を手に入れた時点で作るモノは決まってる!」
「そうです! こちらにはあんパンやソーセージサンドを考えた料理発明の天才ナエ様がいるんですから!」
あまり地球の記憶をひけらかすのは控えていた。
土地どころか世界レベルで成長させた文化や風俗というものがある。それを破壊するということは文明を破壊するエゴでしかない。
しかし今回は違う。キュニュのためならひと肌脱いでも痛くはない。
「料理に関しては俺に任せろ。知りうる知識を総動員して2品……いや、追加で汎用性の高いもう1品ほど新作を作ってやる」
「さ、3品だと!? マジで発明家じゃねぇか!?」
「つまりそれが作れて評価されたら優勝すらあり得るんじゃない!?」
これにてモルグとエリンの説得は完了だった。
そもそも2人ともちょろいからな。軽く餌をぶら下げてやればこうもたやすい。
「そうと決まればトロルを退治した森に向かうぞ!!」
俺の激励に全員が拳を空に突き立てる。
いざ日を背負うように草原を歩きはじめた。
涼やかな風が冷たく感じる頃合い。傾く日により影が伸び、やがて夜に溶ける。
周囲でドンパチやっていた冒険者たちの姿はかなり少なくなっていた。
多少怪我を負った者もいた。だが団体行動をしていたため死傷者は、なし。
おそらく俺たちが助けたパーティもとうに撤退しているだろう。
これも大ギルド長の采配ということか。
手のひらで転がされた気分だった。しかしここまで巧みだと悪い気はまったくしない。
そしてなだらかな丘を2つほど越えて目的地が見えてくる。
するとそこにはヤツらがいた。
「おっやぁ? こんなところでいったいなにをしているんだぁぁい? さっさと大ギルドに戻らないと時間切れになってしまうよぉぉ?」
「がおっ? しかもナエ・アサクラともと問題児のいるパーティじゃん?」
六冠だった。
サーファとトルパルメが件の森の前にして佇んでいる。
佇んでいると言っていいのだろうか。俺にはなにかを探しているように見えた。
「アンタらこそこんなところでなにやってんだよ? 六冠なんだからどうせとっくに山のような魔物を大ギルドに届けてんだろ?」
「はっはぁ! それはもう当たり前すぎて言葉にする価値さえないよぉぉ! 魔物の生息マップや巣の位置、周辺の植物の群生位置! そのすべてが僕の脳にマッピングされているのだからねぇぇ!」
「実働したのはほぼオレだったけどな。肉と野菜の割合は6対4で荷車ざっと20台分の納品だ」
「に”っ!? にじゅうだいぶんだとぉぉ!?」
問いかけたエリンが息を呑むのも頷ける。
俺たちが1日駆け回ってざっと荷車5台分ほど。
他のパーティも3か4台が関の山。それを2人で5~6倍も上回るとは。やはり六冠は化け物か。
「たしかに私たちは土地勘すらなかったですもんねぇ」
「やっぱり情報も武器だったかぁ。それに今回のお題はサーファとトルパルメの相性がよすぎる」
「相手は運動性能と情報の達人。はじめから私たちに勝ち目なんてなかったってことじゃない」
さすがに勝負する相手を間違ってしまったらしい。
レーシャちゃんと俺はハナから勝負というよりこなしていただけ。
しかしキュニュは若干ほど悔しそうに奥歯を噛み締めていた。
「さあさ、負け犬はさっさと帰って次の課題に入るといい。親父殿の課題をこなせれば実力を示せるかもしれないよ」
サーファは風で乱れる髪を押さえている。
それでいて犬を払うみたいに手を振った。
だが、なんとなく俺はその森から遠ざけようとする姿に違和感を覚えてしまう。
「正午過ぎのころだったか。その森から飛びだしてきた魔物を俺たちが退治したんだよ」
「へぇ? その話を僕たちにしてどうしろというのかな? そのへんの雑魚を仕留めたから褒めてほしいってことかい?」
「それがすっごい強いゴブリンの亜種でさ。倒すのにめちゃくちゃ苦労したんだよな」
「……なに? そんな話はギルドから訊いていないぞ?」
明らかにサーファのまとう雰囲気が変わった。
あれほど余裕をかましていたというのに全身から緊張感を発している。
「おいトルパルメ。管理局から流れてきた情報と齟齬があるな」
「そんなわけねぇって! オレはたしかにここで昼前にトロルが倒されたって言われたぞ!」
どうやら2人とも知っていたらしい。
しかし誰がどのように退治したという情報まではないようだ。
「どういうことだあれ? なんで俺らが倒したトロルのこと知ってるんだよ?」
「たぶんギルドに納品したからでしょ。そのときに実績がわかるよう倒した場所とか時間も記入して提出したじゃん」
そう、モルグとエリンの言う通りだ。
俺たちはギルドに魔物の姿と情報を提出した。
そしてなぜかその情報を六冠の2人が握っている。
「(もう少し探りを入れてみるか?)」
追撃しようと口を開きかけた。
そのときだった。
「ああっ! もう日の入りの時間ですよ! 早く帰らないと時間切れになっちゃいますよぉ!」
レーシャちゃんの慌てふためく声に思考を乱されてしまう。
すでに日は丘に沈みかけて3分の1を残すのみ。つまり話している間にタイムリミットが直前まで迫っている。
このままでは実力を示すどころか。時間切れによる失格となってしまいかねない。
「やっべ! 走って帰るぞ!」
「もー! さっきあそこで引き返しておけばよかったじゃーん!」
「キュニュちゃん! 街の入り口まで競争しよっ!」
「――言ったわねッ!! その勝負受け立ってやろうじゃないの!!」
まるで蜘蛛の子を散らすかのよう。
パーティメンバーは駆け足で丘を登っていってしまう。
「…………」
「なんだい? いい加減にキミもいったらどうかな?」
「さっきのゴブリンは嘘だ。本当は別のパーティが森の奥からトロルを引っ張ってきて、それを俺たちが倒したんだよ」
別に妨害をしたいわけでもない。
協力をしたいわけでもないし、首を突っこみたいわけでもない。
ただ知らないということを盾にしながら見過ごせるほど、バカでもない。
「もし捜し物があるとするならこの森のなかのどこかだ。この辺に絶対現れない魔物がでてくるナニカがある」
「――っ! キミはいったいどこまでこの話を知っている?」
「なにも知らされていない。だけど、相当ヤバいと思うからアプローチする前にギルド長と相談してからのほうが賢明だろう」
「……。忠告感謝するよぉぉ! たまには下々のモノに心配されるのも悪くはないねぇぇ!」
一瞬、凄まじい殺気を放ったくせによく言えたものだ。
サーファは仮面を被ったかの如く余裕の笑みを浮かべたのだった。
この件、確実に裏がある。
「……ナエ・アサクラ」
それを裏づけするように。
獰猛な獣の瞳が夕焼けを反射しながら瞬いていた。
◎ ◎ ◎ ◎ ◎




