100話 大陸冒険者統一協約機構新作料理グランプリ《UMAI☆MESHI》
夜の食堂は満員御礼だった。
冒険を終えた冒険者たちが食事を貪るさなか。
なにかがはじまろうとしている。
「レディースアンドジェントルマン! これより大陸冒険者統一協約機構プレゼンツ食堂の新メニューコンテストを開始いたします!」
女性の声が高らかに響き渡った。
すると食堂中から冒険者たちの鼓舞する雄叫びが上がる。
「なーにやってんだシセルのヤツ……」
「なんだかお祭りみたいでわくわくですね!」
当然のようにはじまったフェスティバル。
俺とレーシャちゃんは完全に置いてきぼりをくらっていた。
だがはじまってしまった祭りは俺たちを置いたまま盛大に進行していく。
「これからの実況はシセル・オリ・カラリナ、とぉ!」
「試食訳として期待の新生と恐れられるカイハ・リル・アンブプトでお送りしちゃうよーん!」
1人が知ってる顔だと思ったら、もう1人も知ってる顔だった。
シセルはテンション爆上げで卓の上って食堂内を見下ろす。
カイハのほうは椅子に座りながら首にナプキンを下げ、匙とフォークを構えている。
この状況を鬼気として見ているのは、俺だけなのか。
集う大ギルドの冒険者たちは熱気に満ちあふれていた。
「(まさか定期的に開かれてるのか! だとしたらコイツらのガス抜き上手すぎだろ!)」
数多ある危険な冒険。
そのさなかに食の祭典にて生の喜びを得る。
これもギルド長の指針なのだろうか。ちょっとよくわかんない。
「さあそれではまず1品目の登場だぁ!」
シセルの進行によってようやく1人目が現れようとしていた。
食堂のキッチンから姿を現せたのは、身長170はあろうかという大柄な女性だった。
「彼女はなんと西の戦士村からやってきた武闘派! 果たして料理の腕も武闘派なのかぁ!」
「(……なんだよ料理の腕の武闘派って)」
女性の姿は、今日の昼間に見覚えがあった。
大斧を担いで男顔負けに立ち回る。その豪快さは忘れようとしても忘れられない。
そして大柄の女性は、カイハの前に大皿をどすんと配膳する。
「これはホーンラビットと野菜の角切り焼きかぁ!」
皿の上では未だ野菜と肉がじゅうじゅう沸騰していた。
炭焼き特有の苦みとコクのある香りが食堂内を満たしていく。
冒険者たちも応と沸き立ち料理の前で垂涎を余儀なくされる。
「それでは試食のカイハ! お味の感想は如何か!」
「肉も野菜も大胆に角切りにされていて網焼きの焦げ目も美しいねぇ! しかも味付けはシンプルに塩のみときている! これなら冒険中でも根菜と肉による素材本来の味が楽しめちゃうよぉ!」
カイハの巧みな解説がまた冒険者たちを唸らせた。
「(カイハのやつ解説に慣れてやがる。とくに人前でも緊張もしてないし、解説役5回目くらいの饒舌ぶりだな)」
そろそろツッコミにも疲れてきた。
この異様な光景は飲みサーで盛り上がる大学生くらいのノリと似ている。
悪乗りというか。まあ、本人たちが楽しいのであれば文句は言うまい。
「ナエ様! そろそろ私たちもキッチンで調理に入らないとですよ!」
「あー……わかったわかった。じゃあレーシャちゃんは指示しておいた通りのパンを焼いてくれ」
「手のひらサイズの丸いパンを焼けばいいんですよね! パンを焼くのであればそこらの料理人にだって負けませんから!」
ぐいぐい。レーシャちゃんに背を押され俺も調理に参加する。
これ以降、俺はツッコミを放棄させてもらう。つまりダイジェストでお送りしよう。
「かなりの高評価を博したなか次の料理の登場だぁ! 畑の作物を荒らさせたらナンバーワン! 占領バッタの姿焼きぃぃ~!」
日本人なら嘔吐く人間のほうが多いはず。
しかしカイハは焼かれた巨大バッタに臆した様子はない。
一口大に切りとった肉をとフォークで口に運んでいく。
「きちんと節をとり除いて喉を通りやすくしているねぇ! 味のほうもバッタだからくせもなく食べやすいし、サクサクとした歯ごたえがたまらない!」
「冒険者の強い味方昆虫食! その王様とも言われるバッタの評価は留まることを知らない! これまた高評価のようだぁ!」
もうヤダ、このギルド。
みんな虫料理に興奮してるんだもん。
「次の料理人はなんと各地で料理を学ぶ冒険料理人と名高い女性! そんな彼女が作ったのはアク抜きしたゴブリンの香草焼きぃぃ~!」
「ゴブリンは血液が毒だし肉もかなり生臭い。でもこの料理は焼く前に茹でることで臭みをとってある。しかも香草による香りづけで完全に臭みを制している。そこらの店でならんでいても頼んでしまいたくなるほどの完成度だねぇ」
「またまた高評価がでたぁ! 試食役の舌は唸りまくりだぞぉ!」
たまに本当に美味しそうな料理も並ぶのが困りものだった。
日中に駆けずり回たけにけっこう普通にお腹が減っている。普段ならば夕食を詰めこんで風呂に入って寝ている頃合いだ。
調理中のキッチンのほうにも食堂の熱気が伝わってきている。それに新作の豊かな香りが鼻腔をくすぐって腹の虫を刺激する。
「それで、私たちはなにを作るの? 手伝えって言うなら手伝うけど、料理は門外だから期待しないでよね?」
キュニュがちょこんと佇んでいた。
どうやらキッチンは彼女のフィールドではないらしい。まるで借りてきた猫のように大人しく、様子を見守っている。
他でパーティを組んでいた面々は、調理のほうでも協力体制をとっている。だからパーティのなかで料理の得意な代表を指名し、作品を提出する流れのようだ。
「牛の乳を温めておいたわよ! それと白玉根も細かく刻んでおいたわ!」
「俺のほうも言われた通りにアンクルホーンとトロルのもも肉をペースト状にしておいたぜ!」
エリンとモレグが食材の下処理を終えてこちらに戻ってきた。
それらの食材はあらかじめ俺が指示しておいたもの。
新作料理の協議会と言っても難しいことではない。
料理とは、下手か、できるか、やっているか。俺はそのなかでもやっている側の人間である。
「温めた牛の乳に潰した肉? それに辛みのある根野菜? なにができるのかまったくわからないんだけど?」
キュニュは常に棒立ちのまま首を傾げた。
料理をやったことがないらしいからか、手持ち無沙汰となっている。
「3品作るとか息巻いてたわよね? それにしては材料が少ない気がする?」
別に隠しているわけではないから教えてもいいか。
どうせ言ってもわからないだろうが。
「ハンバーグとメンチカツを作るんだよ。材料もほぼ一緒で調理も簡単だしな」
「はんばーぐめんちかつ?」
「ハンバーグとメンチカツだ。それと牛乳は3品目に使うから材料に入れなくてもいいぞ」
「??????」
ほらやっぱりわからないじゃないか。
キュニュの頭の上には見てわかるくらいクエスチョンマークが並んでいる。
このヴェル=エグゾディア世界に揚げ物があるのは、以前シセルの言葉で悪臭済み。
「おっとぉ! ここで有名食材スライムの唐揚げだぁ!」
「んー! これは衣がサクサクでなかはふんわりだねぇ! さっぱりしたスライムの味が衣の油っぽさを打ち消してくれてるって感じだぁ!」
「(スライムの可食部位ってどこなんだよ! ほぼ水分じゃねぇかアイツ!)」
キッチンの換算ぶりから察するに、ほとんどの料理は出尽くしていた。
そろそろこちらもラストスパートに入ったほうがいいだろう。
俺は木製の串を油のなかに沈める。すると串の先端からぽつぽつと気泡が漏れた。
「油の温度は……これくらいでいいな」
「ねぇねぇ? それなにやってるの?」
キュニュがぴょこんと鍋のなかを覗きこむ。
俺は首根っこを掴んで彼女をなるべく油から遠ざける。
「木の先端から気泡が出始めたら150度から160度。美味しい揚げ物を作る油の温度は原則がそのへんの温度なんだよ」
「へぇ~。料理って奥が深いのねぇ~」
油物を取り扱ってる人に近づかないよう教えたほうがいいのかも。
しかしどうにも興味津々に除かれると邪険にできない。
ここからは時間との勝負だ。こね合わせた合い挽き肉に衣をまぶす。それから半分の肉は空気を抜いて鉄板に投下する。
「揚げ物のほうは2度揚げするから1度目は軽く揚げて皿に移してなかにじっくり火を通す。鉄板のほうははじめから弱火でじっくり調理していく」
「これって味付けは塩だけよね? ちょっと味気ないんじゃない?」
「赤ワイン……葡萄酒とベリーでソースは作ってある。だから肉にはゴテゴテと味をつける必要はないんだ」
なにかをするたび横からキュニュが問いかけてくる。
なぜか妹と料理を作ってる気分だった。ちなみに俺に妹はいない。
「ふむふむ。なんだか錬金でもしてるみたいで面白いわよ。あとで私もマネして作ってみようかしら」
「いきなり揚げ物は止めとけ。まずは鉄板で食材を焦がさないところからはじめなさい」
鍋と鉄板のほうは会場に負けぬ賑わいを見せていた
油のなかではパチパチという拍手に似た音が弾ける。
そして鉄板の上では肉の脂が滝のように爆ぜる。まさに肉と油のオーケストラ会場。
「ナエ様に頼まれていたパンのほうも完成しましたよっ! ふっくらこんがりに焼き上げましたぁ!」
新妻風ふりふりエプロンを帯びたレーシャちゃんの登場だった。
手にした皿の上には、キツネ色をした光沢美しいパンが完成している。
さすがパン屋の娘。俺が注文した通りの完璧なバンズだった。
「(ハンバーガーのためのケチャップを作りたかったけどトマトが見つからなかったんだよなぁ。自生のトマトって乾燥した荒れ地に生えてる印象だし、そのうち探してみるか)」
異世界ともなればさすがに食材のすべてが思うようにはいかない。
だがそこらへんは調理の腕でなんとかする。
「よしっ! ここからはオリジナルソース作りと並行して一気に完成へもっていってやる!」
からっと揚がったメンチカツにはベリーの酸味と酒を飛ばした葡萄酒に甘みを混ぜたソースをかける。
そしてバーガーの肉を少し濃いめに仕上げた甘酸っぱいソースへ沈めてしまう。さらにバターを塗ったバンズで葉野菜とパティを挟めば完成だった。
作業が進んで行くにつれて仲間たちの視線が手元に集約される。
「お、おいこれって……ヤバすぎるんじゃねぇか!」
「豪華に見えるのにぜんぜん難しい料理じゃないよ! それどころか見てるだけで美味しさが想像できちゃうかも!」
モレグとエリンがほぼ同時に生唾を飲んだ。
レーシャちゃんとキュニュも立ち昇る香りの魔力に魅せられている。
「衣に使ったサクサクは馬鈴薯や小麦じゃなくてパン荒く砕いたモノですね! まさか小麦に2回もつづけて火を入れるなんて思いもよりません!」
「このお肉料理なら野菜とお肉がどっちも食べられるのね! そのまま肉を潰してから形を作ったから普通に火を通すよりフワフワの仕上がりだわ!」
まだ食べてもいないのに全員が口元と頬を緩ませていた。
俺の料理の腕というより、レーシャちゃんたちのレビューが卓越しているのはどういうことだろう。
とにかくこれで作りたいモノはおおよそ作れた。
店にだせるほどの完成品にはほど遠い。しかしいちおうまともな料理にはなったはず。
「ここまでの熱戦を誰が予想できただろうかぁ! それでは次の料理お願いしまーす!」
実況のシセルに呼ばれて腹を決めた。
俺は料理を皿に盛って食堂との仕切りを踏み越える。
「(今日1日みんなががんばって手に入れた食材だ! そんなみんなが恥を掻くのだけは俺のプライドが許さん!)」
全力。久しぶりに魂が奮えていた。
トロルの合い挽きメンチカツにトロルの合い挽きハンバーガー。
その審議は如何に。
「さあ召し上がってくれ。これがうちのパーティが力を合わせて生みだした最強の料理だ」
「おほほっ! こりゃめちゃ期待できちゃうんじゃない!」
俺が審査役を務めるカイハの卓に皿を置く。
すると会場には沈黙が落ちた。誰もが同じ皿の上という1点を見つめる。
「なんだあの茶色い角の立った揚げ物は……?」
「2品だって? でも数が多ければいいってものじゃないし?」
「あっちのパン料理はカラフルでキレイだわ! 高級料理みたいに輝いて見える!」
おおよそ会場の空気は好感触だった。
しかし味の言及への言及には至らない。
カイハは呆然と料理を見つめてから首を傾げる。
「すげぇ美味しそうなのはわかるんだけどさ? これどうやって食べるのが正しい食べかたなわけ?」
やや前のめりで瞳には期待が滲んでいた。
だから俺はそっと背を押すように、最高の笑みを形作る。
「どっちもガブッと齧りつけ。メンチとバーガーにテーブルマナーは不要なんでな」
「いいね! ほんじゃ手づかみでいただきまーす!」
それを受けてカイハもニタリと笑みを浮かべた。
メンチカツにざくりと齧りつく。間を置かずにハンバーガーも貪るように頬張った。
彼が咀嚼している間にも冒険者たちの期待はさらに高まっている。
そしてカイハは咀嚼を終えた。料理をごくりと喉元を鳴らして胃の腑に落とす。
「こ、これは――極上の肉料理だねッ!! なによりこんな柔らかい肉を俺は食べたことがないッ!!」
沈黙の会場が180度ほど、一転した。
「クマとイノシシの肉を混ぜたようなワイルドさ! その肉が堂々としていながらなによりかかっているこのソースがヤバい! しかもこのソースに使われてる甘さの正体は、花の蜜だよ!」
「(いや蜂蜜だよ。普通に街で売ってるヤツだぞ)」
カイハが歓喜に打ち震える。
会場のほうはどよめきがひしめいている。
「この蜜についた花の香りとベリーの酸味が魔物肉特有の臭みを美味く調和しているんだ! さらにどちらの肉のなかにも火を通して柔らかくなった白球根を紛れこませている! その細切れにした野菜が肉の脂を吸いながら甘みを際立たせているんだね!」
レビュワー顔負けの饒舌な評価だった。
俺はこの世界をバッドエンドにしたが、料理系にはしていない。
さらに会場の観客たちからは拍手と喝采が鳴り止まずにいる。
「(さっきのレーシャちゃんたちもそうだけど、なんでコイツら気持ち悪いくらい料理の品評が上手いんだよ)」
「試食役からの高評価再びだぁぁ! しかも2品つづけての大絶賛ははじめてだぞぉぉ!」
「(シセルも会場の盛り上げかたが上手いなぁ! やけにこなれてる感がよけいに腹立つ!)」
圧巻だった。
いままでのメニューにない圧倒的な大盛況だった。
美味しいという評価は心から喜ばしいし、これが仲間たちの実績にも繋がる。
しかし作った俺が言うのもはばかられるのだが。冒険者たちのハイテンションさに少し引いてしまう。
「それでは最終料理の試食も終わったことですしいよいよナンバーワンを決めていただき――」
「待ってください!! ナエ様の作ったメニューはもうひと品で完成するんです!!」
シセルが会場を眺めてから締めようとした。
そこへレーシャちゃんの活気ある声が割りこんでくる。
そう、それこそが俺の作ったメニューの最終兵器。
メンチカツとハンバーガーは、パンとライスどちらにも合う。
卓の上に乗りだしていたシセルの動きがピタリと制止していた。
「ま、まさかの3品目が登場ですって!? いったいこのパーティの発想力はどこまで群を抜いてくるのか!?」
そしてキッチンからでてきたレーシャちゃんが最後のメニューを卓に添える。
「し、白い……! まるで王都の料理屋に並ぶデザートのようだ……!」
「なんて非凡で研ぎ澄まされた純白なのかしら……! アレは本当に料理なの……!」
深皿に注がれているのは、白い粥。
しかしそれは普通の粥ではない。
「それは牛乳で小麦がとろけるまで煮詰めて仕上げた、小麦の牛乳粥だ。肉料理との相性も抜群だがなにより締めとして食べてほしい」
牛乳麦粥。
腹持ちが良くダイエットや健康維持に人気の主食である。アスリート気質な性分の冒険者にもってこいの食事だった。
カイハは匙で粥を口に含むと、うっとり目を細める。
「んー……なんて優しく味わい深い風味なんだろう。味もシンプルで塩のみだから脂っこい肉料理の脂をすぅっと断ってくれて食欲が湧いてくるのがわかるよ」
すでに先ほどまでの隆々とした食卓ではない。
会場全体に乳と麦の香りがまかれて、ゆったりとした時が流れていた。
「俺の優先したのは味わいだけじゃない。なにより冒険者に必要なのは、調理の簡単さと栄養の2つだ」
冒険者とは苦戦し苦悩する冒険中での食事に時間をかけていられない。
だからこそ俺は簡易で栄養補給のできる美味しい食事を目指した。
「3品の料理に注がれているのは気遣いや労りの心だね。そしてこのパーティの作った料理には、食に対する新たな可能性を示している」
そして味見役の匙が卓に置かれる。
「(コイツ味見役とか言いながらぜんぶ平らげやがったな。ただ1人だけガチの食事してやがる)」
俺の不本意とは別として。
食堂という会場に満ちたされていくのは、厳かな沈静だった。
それはまるで裁決の下される直前のよう。群れた冒険者たちは固唾を呑んで味見役のカイハを待っている。
「つ、ついにどのパーティのお料理が1番美味しかったのか決まるんですね!」
レーシャちゃんもはらはらする鼓動を抑えられないらしい。
乗りだすように1歩ほど前にでて、抑揚あらたかな谷間へ手を添えた。
「つーかギルド長はどこいったのよ? 私たちなんで急に料理対決させられてるの?」
「ギルドの食糧事情を救ったとなりゃかなりの功績がもらえるよな!」
「もしこれで優勝なんてしちゃったら私たちもプライムナイトになれちゃったりして!」
キュニュのお腹がぐう、となる。
モレグとエリンは希望に満ちていた。
そして実況のシセルが脇を見せるように高々と手をかざす。
「それでは味見役のカイハ! 本日の大陸冒険者統一協約機構新作料理グランプリの優勝を発表してください!」
「(アイツいま本日の、って言ったか? それってやっぱり本日以外もやってるってことだよな?)」
いよいよ裁定が下されようとしていた。
本日丸1日を懸けて行われたこの戦いに幕が下ろされようとしている。
「それでは優勝者は――」
会場は、不自然なほどに静まりかえっていた。
参加した者、いま帰ってきた者、はじめから待っていた者。全員が一丸となって真一文字に口をつぐむ。
視線が1箇所へと吸い寄せられ、期待と不安の入り混ざった空気が張り詰めている。
次のひとことですべてが決まる。
そう、冒険者たちは次の展開をいまかと待ちつづけていた。
そしてついにカイハの結ばれていた口が開かれる。
「これもう全員が優勝でいいっしょー! いやー食った食ったぁ!」
一瞬ほど時が壊れたかと思った。
カイハは椅子にどっかり身体を預けて膨らんだ腹鼓をぽん、と打った。
次の瞬間。あれだけ緊張感に満たされていた空気が音を立てて破られる。
「はっはっは! また決まらないのかよ!」
「いつもこのパターンじゃん! たまには真面目に1位を決めなさいよ!」
「でも今回のメニューは当たりの会だったろォ! でてきた料理も全部美味そうでたまんなかったしなァ!」
まさかの抱腹絶倒の嵐だった。
外部の冒険者たちはみな一様になって高笑いで喉を転がす。
当然だが俺たちはその様子に置いていかれたまま。
「なんだこの空気……」
「えぇっと……どういうことでしょう? つまりみんな1位ということですか?」
まさかの展開だった。
全員仲良く1番とは、ただの茶番でしかない。
そもそもを考えてみれば依頼内容自体があやふやだった。
獲物を捕ってこい、上手い料理を作れ。以上。
こんなのが冒険者の依頼かと問われれば、度し難いと答えるしかない。
「え? じゃあクラスの昇格とかって?」
「まさかあれもただのデマ?」
どうやらモレグとエリンも訊かされていなかったようだ。
まるで燃えかすのように白くなっている。ただ流されるままに会場の豹変を漠然と眺めていた。
「このていどのこと如きで冒険者のクラスが上がるわけないっしょー! 美味い料理作って評価されたいのなら料理屋で頭さげてこいっつの!」
「だ、だったらなんのためにこんなことやらせたんだよ!? なんの評価にもならねーとかくたびれ損じゃねぇか!?」
煽られたモレグは、たじたじだった。
いっぽうカイハは満足そうに木串で歯の間を掃除している。
「そもそも大ギルドの食糧が足りてないことじたいあり得ないからさぁ! だいいちこのイベントそのものが暇そうなヤツを働かせるためのモノだっての!」
「クッソマジかよぉ!? じゃあ俺らのやったことってただの無駄足かよぉ!?」
カイハは膝から崩れるように地面に伏せた。
しかしそれは違う。俺が言うよりも先にカイハが彼の背を叩く。
「顔あげて周りをよく見てみろ。そんで無駄とか言えるのならとんだ甘ちゃんだよ」
「……は?」
すっかり冒険者たちは解散していた。
その解散した冒険者たちが一同に集うのは、ソコだけ。
だってここは食事を楽しむ場。食堂だから。
「おーい! さっきでてきた新メニュー頼むぜ!」
「私も私も! あの白いお粥が食べたーい!」
まさに、こぞって集う。
今日を生き、腹を減らした冒険者たちは、濁流の如くカウンターに向かっている。
「今日はとれたばかりの新鮮な食材がたっくさんあるからねぇ! たんと食べてお行きなさいな!」
「おばちゃん! さっきの新メニューもう作れるの!」
「この道40年のベテランを見くびらないでもらいたいね! あのていどの料理なら完成品を見ただけで十分さね!」
振る舞う者も、貪る者も、全員が活き活きとしていた。
笑顔あふれる食卓の光景が視界いっぱいにあふれている。
「これ、今日1日俺らががんばったおかげ……なのか? 俺たちの狩った食料と作った料理で大ギルド中のみんなが笑ってる……?」
「貢献っていうのはこういうことを言うんでしょ。たとえポイントにならなかったとしてもやりきった充実感はなにも変わらないさ」
モレグはただ呆然とギルドを見つめていた。
その背をカイハは兄のように支えながら撫でつづけていた。
茶番は茶番でも、いいほうの茶番か。
俺も活気づいてあふれる笑顔にほだされつつある。
「回りくどいことさせやがるなぁ。はじめからなんかオカシイとは思っていたけどさぁ」
「でも私こういうの大好きです! お店で働いてるときも誰かが美味しいって言ってくれるのすごく嬉しいですもん!」
レーシャちゃんもニコニコの笑顔だった。
まるで騙されたという感じもない。ただ嬉しそうに目を猫のように細めている。
冒険者たちのはしゃぐ姿を見ていると、不思議なことに怒る気にはならなかった。
みなが楽しそうに食卓を囲む光景は、少しだけいつもより温かい橙色をしていた。
「そうだ! キュニュちゃんも晩ご飯まだだよね! だったら一緒に新作のお料理食べよっ!」
「ちょっと、わかったからまとわりつかないでよ! こっちはずっとお腹ペコペコで待ってたんだから!」
優勝者は、いないのではない。
きっとここにいる全員が勝ち馬に乗っているのだろう。
「それでは第36回! 大陸冒険者統一協約機構新作料理グランプリ閉幕です!」
「36回もやってんのかよ!? だったらオマエらのノリも頷ける!?」
司会進行の手によって、イベントがしめやかに閉幕した。
会場はなおも賑わいつづけ、夜が更けるまでしばらくつづいたのだとか。
「ナエ・アサクラ。貴殿に特別な依頼を頼みたいのだ」
俺は、遅れて階下に降りてきたギルド長に呼ばれた。
カールの表情はいつにも増して険しく、重苦しい圧が籠められていた。
「……。いま飯食べてるところだから後にしてもいいかな?」
「むむっ! それが今回新たに作られたメニューか! では俺も相伴に預からせてもらうとしよう!」
訊くところによると、イベントの元凶はこの男だった。
ギルドのなかで料理屋に負けないくらい美味いご飯が食べたい、ただそれだけ。
私利私欲の塊のような話だ。しかし何回かつづけていくうちに冒険者たちが進んでイベントを開くようになったのだとか。
腹を満たした俺たちは、賑わいを置いて、最上階を目指すのだった。
「(さては、ここからが本番だな……)」
微かに感じた闇を引き連れながら。
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最後までご覧いただきありがとうございました!!!




