101話 行方不明者たちの声《Quest:Missing Person》
案内されたギルド長の部屋は、もう幾度か足を運んだことがある。
数代にも及びそうな年季の入ったアンティーク。曇り傷ひとつない街を一望可能な窓の向こうには空の広がる展望ロッジ。さらには埃ひとつとしてついていない調度品の数々。
まさに長が住まうにふさわしい。さながらここは冒険者たちにとっての玉座だった。
「忙しいなかよく集まってくれた」
しかし今回のこれは、そうではない。
「……なんでコイツがいるですか? 招集をかけたのはてっきり六冠だけかと?」
「必要だからだ。それ以外の理由が必要か?」
「不必要です。余分なことをお尋ねして申し訳ありません」
優雅な所作での一礼だった。
しかし言葉とは裏腹に納得がいっているようには見えない。
夜の敷かれた部屋に灯るのは燭台の炎のみ。静寂が伽藍のように広く伸びており、張り詰めた緊張が芯となって反り立つかのよう。
さてどうしたものか。
カールと2人きりならば立ち回りかたもある。
しかし六冠のサーファとトルパルメがいるとなればまた話は変わってくる。
なにしろ六冠は、転生者カールと違って、俺のことを知らない。
「(ひとまず流れに、いてっ。身を任せるという方向で、いててっ。あまり波風を立てないように、いってぇ)」
微妙にいたいくらいの小さい嫌がらせが俺の足を襲う。
「……がお」
「(くっそコイツマジさっきから俺の足に卑劣なアンブッシュしまくってきやがる!)」
まさに踏んだり蹴ったり。
隣に立つトルパルメが俺の足を必要に、否。不必要に責めたてていた。
「オマエさ、せめて俺を嫌うのなら理由とか言えよ。なるべく善処するから」
「別に嫌いとかそういうんじゃねーし。だから善処するとか意味わかんねーし。そもそもオマエのことなんて微塵も気にかけてねーし」
俺が囁くと、トルパルメは唇を尖らせてそっぽむいてしまう。
明らかに見てわかるほど不機嫌そうだった。
しかもその理由がわからないときている。
「朝のことだったら謝るって。こっちだって急な寝起きドッキリでそこそこ焦ってたんだからな。しかもあのあとレーシャちゃんに説明するのどれだけ大変だったか」
「…………。あのレーシャって子はオマエのオースだったか? ずいぶん親密そうだけどどういう関係なんだ?」
ようやく彼女のほうからこっちに興味を示してくれた。
それでもやはり不貞腐れ顔がやわらぐ様子はない。
身の上の説明はややリスクがある。しかしこれくらいならば足もつかないか。
「いちおう俺はあの子にとって命の恩人なんだよ。それでしばらく村で世話になりながら仲良くなって一緒に冒険するようになったんだ」
「がおっ。あの身のこなしから見るに忍びだよな? それと同じスタンダードにも同じ忍びがいるよな?」
キュニュのことを言っているのだろうか。
実力者であるトルパルメにとって職を見分けるのは容易いようだ。
「2人とも流派は違うらしいけど忍びの家系だな。実力はよくわからないけど、頼りになることだけはたしかだ」
「そりゃそうだ。忍びってのは生まれてからずっと日常的に修行してるようなもんだしな。囲ってる環境そのものの水準が高ぇからそこいらの一般人とモノが違ぇのよ」
言われてみればレーシャちゃんもレーシャちゃんママに襲撃されていたな。
キュニュのほうはさらすにわからない。だが、同じ忍びの生まれならば並々ならぬ努力をしたのかもしれない。
「そういえば今日の狩りでもあの2人だけ疲れ知らずだった。俺らがヘトヘトだっていうのにまったくこたえてなかったし」
「おそらく耐えて忍ぶという生きかたが身体の内側にまで染みこんでんだなぁ。きししっ、逸材が2匹もいるとかなかなか面白ぇぜ」
トルパルメは声を潜めながら口角を吊り上げた。
不機嫌の次は、怪しげな笑み。
どうにも情緒が掴めないでいると、咳払いがひとつ闇を横切った。
「それではあらためてオマエたちに現状の説明をさせてもらう」
咳払いの出所は、カールだった。
革張りの椅子に預けていた背を浮かせ、卓の上に肘を座らせる。
「(大ギルド最強格の六冠2人か。そこに俺を呼ぶなんて……)」
六冠2名、そして俺。
とてもではないが笑い飛ばせる状態ではなかった。
「ここにオマエたちを呼びだした真意は、大ギルド冒険者少数失踪の件についてだ」
するとカールが言い終わる辺りで奥の影が動く。
まるで闇に溶けるかのよう。音もなく現れたのはギルドの受付嬢だった。
彼女はひと言も言葉を発することなく、俺たちに羊皮紙を手渡してくる。
「……いつからそこにいたんですか?」
「いましがた。つい1分ほど前からです」
ぜんぜん気づく余地がなかった。
しかも最初からいたのではないというではないか。途中から入ってきたことに俺はまったく気づけないかった。
受付嬢はまるで機械人形のように完璧な所作で身を翻し、影のなかに戻っていく。
「(ん? ここに書かれてるのは失踪した冒険者たちの名前か。時間にこれといった共通項はない。でもたしかにアークグランツ周辺で忽然と姿を消している)」
目を細め、瞳だけを滑らせつつ、文章を噛み締めた。
およそ8名という数字をどう捉えたものか。人数としては少数だが命とするなら多すぎる。
しかししょうじきなところを言えばこの言葉に尽きた。
「それって……そんなに珍しい話じゃないよな?」
不謹慎だが少しだけ拍子抜けしてしまう。
魔物が跳梁跋扈するこの世界は、命の価値は平等ではない。
その代わりといってはなんだが、治癒魔法や延命措置は現代日本より優れている。
サーファは渡された文を刹那ほど目を通す。それから羊皮紙をひらひら振りながら大袈裟に肩をすくませた。
「普通ならそうだろうね。魔物や野党に襲われてそのままということもある。でもそれだけだったら僕らはこうしてここにいない」
「(……そりゃそうだ)」
明らかに俺への挑発めいた当てつけだった。
しかもサーファとトルパルメは文に目を通す素振りを見せるものの、微動だにしていない。
おそらくいま説明は、俺に対してのみ行われている。
「さらに直近では街の民も少数ほど失踪しているという情報も掴んでいる。先日大ギルドへ人の捜索依頼が立てつづけに3件ほど入った。気味が悪かったため街の憲兵詰め所に問いかけたところ同様の事件を複数認識しているらしい」
カールの説明する声色は、わずかにくすんで聞こえた。
冒険者のみならず街の人まで。より被害が増えれば街そのものの備えに反感を抱かれかねない。
しかしもう手は打ったはず。なにより今日、俺たちがやったことそのものではないか。
「だから俺たちに食材調達という表向きで魔物狩りをさせたじゃないか」
それはもうガッツリと。
街の周囲に魔物の影1つすらないほどに。
だからこそ不安で、不審なのだ。いまここに俺たちが呼ばれた理由がない。
「サーファ。彼に今日行った狩りの目的を教えてやれ」
「あい、あい、さ」
さすがにギルド長の命令には従うしかないか。
サーファは面倒そうかつため息交じりで返した。
「本日、魔物狩りを行った真意はアークグランツ近郊の警戒と保護と調査の3つさ」
立てられた3本の指。
俺は、見つめながら顎に手を添える。
「魔物を狩って街の人たちが襲われないようにするのはわかった。でも調査って、なにを調査したんだ?」
「言葉の意味のままだよ。街周囲に異変や突発的ななにかがあるのか、それともないのかを僕らのパーティが独自に調べていたんだ」
つまり六冠の2人は暗躍していたということか。
俺たちは食材調達という面目で街周辺の魔物を狩り尽くす。
そしてその間にリーファとトルパルメが調査をしていたということ。
「それでもし想定外の特殊個体と冒険者が対峙した場合――僕とトルパルメ嬢で根絶するつもりだったんだよね」
「微妙に間に合ってなかったけどな。俺らが助けに入らなかったらひとつのパーティが壊滅してただろ」
俺は得意げなリーファの横顔をじっとりと睨みつけた。
トロルのとき間に合ってなかったではないか。
「結果として助かったんだから文句を言われる筋合いはないよぉぉ。いちおうトルパルメが周囲の音をくまなくチェックして大丈夫だと判断したんだからさぁぁ」
どうにも信じられない。
「がおっ。悲鳴はオレも聞いてたし、そこへ駆けつける足音も聞いてた。だからもしそいつらがやられたら助けに向かってた」
トルパルメの挙手によって、俺が少数派になってしまった。
さすがに食い下がってもいいことはないか。
いちおうここまでの説明で伝えたいことはおおよそ理解できた。
冒険者と町の人の失踪。それから本日行った狩りはそれを食い止めるためのもの。
そして六冠の2名によって行われた調査の結果は、完了している。
「最後に見つけたトロルの森がその異変ってヤツだったってことか」
「キミにいちいち諭されることなくね。進言をもらったあの段階ですでに異常だという判断は下されていたのさ」
「でも断定に至ったのはオマエらの狩ったトロルのおかげだぞ。アレの納品報告があったから詳細な位置の把握も楽になった」
これで手札は出尽くした。
つまりあの森になにか異常がある。
しかしやはり腑に落ちない。
ここまで順調に情報が出揃った。
なのになぜカールは俺をこの場に召喚したのか。
わずかだが薄暗い室内に、刃のような沈黙が差しこむ。
そしてカールは沈黙を破るように閉ざした瞳を開いた。
「この件、ドラカシア・ルメルスもまた失踪被害者の1人であると断定する」
「――っ!?」
戦慄が音となって喉からあふれかける。
それなら話が変わる。否、変わるどころのレベルではない。
なぜならそれは六冠の名だった。さらに言えば彼女は龍の血を引く。
精霊の剣をもとうとして床材を破壊したことだってある。迅速な工事で次の日には治っていたが。
「(端的に言うならあのドラカシア・ルメルスは特別中の特別だ! この辺のレベルの魔物や野党盗賊にやられるようなキャラクターじゃない!)」
カールのたったひと言だ。
そのひと言で背にびっしょりと汗が集まる。
「(さらにつけ加えるならこれは異例の事態だ。俺だけじゃない、きっとカールにとっても)」
カールは依然として冷静さを被っていた。
しかし彼は転生を重ねて世の理にまで至っている。
にもかかわらず前例がない事態に対処しかねているということ。
「(ぜんぶ理解した。この依頼は現時点で最重要のイベントだ)」
六冠の存在は、レーシャちゃんと同じくらい物語の根幹に関わる。
つまりここでドラカシア・ルメルスを失うということは、バッドエンド直行を意味していた。
「それで……やってもらえるか?」
問いかけに意味をもたない。
やる、やらない、ではない。結論を言うと、やらなければならない、だ。
迷いのない視線が俺という存在を肯定するかのように注がれる。
だが、声を口にする前にサーファが間に割って入った。
「ギルドに入ったばかりの彼を僕らの依頼に同行させられません。親父殿はなぜか彼を信頼しているようですが僕らには僕らのやりかたがあります」
「がおっ。オレたちは互いの能力や才能を熟知した上で命を預けられる協力関係を構築しています。だがコイツの実力は未知数、オレたちが命を預けるほどに信頼を置くことは不可能でしょう」
トルパルメもつづいた。
それはたしかにそう。ぐうの音もでないとはまさに。
俺だってモレグとエリンと組まされたとき、はじめはまったく信頼していなかった。
いまだからこそあの2人を友と位置づけている。しかしそこに至るまでの過程があったから繋がっている。
「(さあ、カールはどうでる? この事態を考慮していないほどバカじゃないはずだ)」
なあなあなままでは冒険どころではない。
2人を納得させられるかは、カールの手腕にかかっていた。
「逆に外から流入した新たな風とも考えられる。ギルド内で共有される情報には明らかな限りがあることをオマエらならば知っているはずだ」
立ち上がると、まさに威風堂々たる佇まいだった。
鉄筋でもはいっているのか、背筋は電柱のように伸びきっている。
岩のような胸板を押しだす。姿勢と声と視線のすべてが自信という力を紡ぐ。
「彼は未知の罠から花の隊を救ったという功績をもつ。新たな未知に対しての対抗策として役立つと考えている」
だが一筋縄ではいくまい。
相手は百戦錬磨の六冠だ。
「偉大なる父は、どうやら僕らを見くびっているようだ」
サーファは破顔し、苦笑すし。
それを受けてトルパルメも気にくわないと目で訴えかける。
「俺たち六冠が2人がいるのにもかかわらず他に頼るっつーの? しかもこんな能力もない一般冒険者にとかヘソで茶が湧くぜ?」
完全に見下した視線が俺へと集まった。
ちょっと腹立つな。そう思った矢先だった。
「調子に乗るなよ童ども。我が子を見くびるのであればそれこそオマエらのほうが俗物となり得る」
闇のなかに明確な殺意が横切った。
それは俺でさえぞっとするほど。
サーファとトルパルメも、カールの威光を直に浴びる。
「う、くっ!?」
「~~っ!?」
そして一瞬のうちにして砕けた態度を正す。
カリスマを上回るのもまたカリスマか。
頂とは、圧倒的頂点存在である六冠のさらに上に座す者を言うらしい。
「ドラカシア・ルメルスは我がギルドにて指折りの傑物だ。それが帰らぬという非常なる事態を軽んじるな」
完全なる王の采配だった。
これに異を訴えられるモノはいない。
「っ、忠告を無下にしたこと謝罪いたします!」
「がお……心に留めます……」
「(こっわ……六冠の2人が完全に叱られた子供の顔になってやがる……)」
とはいえこれもカールなりの愛情だった。
六冠の1名が行方不明という時点でこれはSランク任務にまで難易度が跳ね上がる。
ジョーカーである俺を切ったと言う時点で最悪を飛び越えていた。
「(通りでなりふり構わず俺が呼ばれるわけだ。しかもこれは今回の周回で初めて起こった異常現象。カールは六冠と俺を呼びだすくらい焦り散らかしてるな)」
ここまできたらなりふり構っていられるものか。
カールが藁にも縋る思いで綴ったのだ。
だったら俺も彼の伸ばした手を掴む、ただ1択。
「ナエ・アサクラにあらためて進言を乞いたい。ドラカシア・ルメルスとその他冒険者たちを救うには、どうする?」
「一刻の猶予もないことは明らかだ。だから俺ならいますぐにでもギルドを発って森の攻略に移る」
六冠2人が目を剥いて息を呑んだのは、言うまでもない。
この件をもっとも重く捉えているのは、この世界で俺とカールのみ。
「いまは闇に覆われた夜だ!? この状態で森に入るなんてあり得ない考えかただ!? せめて明朝に合わせるのが上等な策というヤツだろう!?」
「それじゃ間に合わない可能性がある。もし未生の柩レベルの罠にかかっていたとしたらもう全滅確定だろうけどな」
寄せ付けるものか。
これは決定事項でオマエらは俺の相棒だ。
「が、がおっ!? じゃあもし未知の敵が現れたとしてオマエは対処できるのか!?」
「知るかそんなもん。もしオマエらがビビってついてこないっていうのなら俺1人で森に入る」
六冠でさえ振り払ってでも向かう意志を見せつけた。
これが覚悟の差だ。ドラカシア・ルメルスは、なんとしてでも救う。
「すまんな……我が子らを頼んだ」
背に浴びる声は、先ほどの威厳とはかけ離れていた。
俺は、慌てふためく2人の手を引いて、応じる。
「おっしゃオマエらついてきやがれェ! 即席のインスタントパーティで冒険譚を作ってやるぜぇ!」
「ホントにいくのかい!? ほんっっっとうにいくんだねぇぇ!?」
「がおーん!? 1人で歩けるから強引に手を引っ張るなよぉ!? こちとら六冠だってのになんでオマエだけそんな偉そうなんだよぉ!?」
賜ったという思いがカールに届いたのかはわからない。
ただ、見送りは快活な笑みだったことを俺だけは知っている。
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最後までご覧いただきありがとうございました!!!




