97話 謀略と思想のレクリエイション《The First mission》
訓練場とは大陸冒険者統一協約機構の広い土地を使った運動場のような場所を差す。
足場にはさらさらとした砂がいっぱいに注がれている。そのため訓練する人々の足の鍛錬とクッションという両面の役割を果たす。
いったい幾ほどの時間を経て冒険者たちを育ててきたのだろう。その雄大な砂地は多く者の血と汗と労を吸って、大ギルドに集う冒険者を待ち望んでいた。
そしてそんな訓練場に夢見て門を潜った門下生たちが集う。
「審査員が六冠とギルド長だってのか!? しょっちゅう遠征にでてる六冠が2人だけでも珍しいってのにギルド長までいるとか信じらんねぇぞ!?」
冒険者たちはさながら泡のようにざわめき立っていた。
この現象は、想像していた光景と異なっていることを意味する。
「へぇぇ~、こんなことってあるんだぁ。普段だと最高で1人いるかいないかなのにぃ」
「バカいうなよな! こんな状況で実力審査しろとか普通にありえねぇだろ! こんなもん昇格試験さながらじゃねぇかよ!」
エリンとモレグの動揺から状況を察する。
どうやら事態はかなり逼迫しているようだ。
「よくわからんがあんまりよくないということだけは伝わってくるなぁ」
「でもでもっ! それだけ実力のあるかたがたに直接実力を示せるってことですよねっ!」
なおもレーシャちゃんは怖じけ知らずだった。
気概に満ちるように両拳を握ってフンフン鼻息を荒げている。
いっぽうで俺のほうはといえば、色々察して余りある。
「(ギルド長が俺を見ながらしきりにウィンクしてくるんだが……。おっさんのウィンクとか誰が得するんだよ……)」
おそらく粋な計らいというヤツだ。
大ギルドの頂点カール・ギールリトンはしきりに俺を見つめてきていた。
「(ったく。他の冒険者と同じように扱えって言ったが……全員を特別視すれば平等ってわけにはならんぞ)」
彼は、転生者である。
このヴェル=エグゾディア世界で俺の正体を知る数少ない人間の1人だ。
そんな創造者の実力を見てみたい。思惑としてはそんなところだろうか。
しかしそれでもこれは少しやりすぎだ。カールだけならともかくとして、六冠まで関わっているとは。
「諸っくぅぅん! 朝から美しくも猛々しい顔が見られて嗜好の極みだろぉぉ! この僕の有意義な時間を裂くだけの価値あるモノを期待しているよぉぉ!」
花びらが舞うと、一部女性たちの歓声が響き渡った。
どうやらまとわりついている彼女たちは、とり巻きらしい。
わりと反応している女性は少ない。全体の女性の1割ほどとだけつけ加えておくとしよう。
「……がおー」
さらに設えられた号令台とでも言おうか。
木製の高所から俺のことを睨みつける者がもう1人ほど。
「(トルパルメがすげぇ睨んでくる……ありゃ朝のことをまだ根にもってるな)」
六冠の2人は、サーファ・クリオンと、トルパルメ・ギーニャだった。
ギルド長を中心に置いて、こちら側を居丈高に見下す。
これには冒険者たちもたまったものではない。
「いったいなんのためにこんなことを? まさか今日の抜き打ちはふるい落としか?」
「見ろ! あのギルド長の楽しげな顔! それに比べて殺気だったトルパルメ様のご尊顔! あとサーファ様はいつも通りだ!」
「昨日の畑を荒らす獣の駆除依頼受けておくんだったぁ! 僻地で報酬が低いから無視しちゃったわよぉ!」
「おい黙っておけ! そういう怠惰なところを狙っての招集かもしれないんだぞ!」
場は混濁を極めていた。
なんかすげー申し訳ないと思っているのは、たぶん俺だけ。
しかしそんななかでもレーシャちゃん並みに滾っている子もいる。
「ふっふっふ! 六冠とギルド長に私の卓越した忍術をお披露目するチャンスね!」
キュニュは満悦といった笑みを浮かべていた。
冒険者たちが立ちすくむなか、柔軟体操を行っている。
屈伸。伸脚。前後屈。体側。そして深呼吸。
アークフェンという忍びの村にいた俺だからわかる。
忍び装束は、動きやすさと機能性を重視しているモノが多い。
しかし彼女のは別。セクシーかつ大胆な衣装は、魔性と魅力を重視していた。
「レーシャちゃんなんかあの子にやったの? ずいぶん対抗意識燃やしてるけど?」
「へ? 私はキュニュちゃんの下手な忍具のお手入れを代わりにしてあげたり、たまに貼ってある罠を全回避しただけですよ?」
それだわ。
レーシャちゃんは完全に無意識だったのだろう。
しかし忍びの頭領の娘であるキュニュにとっては、きっと脅威だったはず。
レーシャちゃんの登場は彼女にとってアイデンティティを貶されるようなもの。
「レーシャ! 私はこの機に乗じてアナタよりもできる忍びということを大ギルドに轟かせるわ!」
「たぶんだけど私の影響力って轟くほどないと思うよ?」
「なんとでもいうがいいわ! 古来より受け継ぐ正当な忍者の血筋を知らしめてやるんだから!」
「がんばってね! 応援してるからね!」
ここだけくり抜くと、すごい平和だった。
キュニュがいるとレーシャちゃんが少しだけ大人に見えてくる。
「(とはいえなにをやらされるんだ? これだけ人数を集めておいてトーナメントなんかやらされたら日をまたぐぞ?)」
ざっと見た限り50人はいるだろうか。
これだけの人数に実力を示せというのは、いささか考えにくい。
しかもここにいる冒険者たちの実力だって濃淡様々だった。危険なことをさせるにもボーダーが決めづらいはず。
「オッホン!」
俺が思考していると、咳払いが耳を叩いた。
それだけでざわめいていた冒険者たちの表情が引き締まるのがわかった。
「よくぞ集まってくれた我が子たちよ!」
ギルドのトップであるカール・ギールリトンが王族風のマントをたなびかせる。
銅鑼を叩くような低くてよく響く声が会場の端々にまで行き届く。
「本日集まってもらったのは、ギルドの食糧事情について補佐していただきたいからだ!」
「(……食糧事情? 補佐?)」
なにをいっているんだ。
俺の頭の上に特大のクエスチョンマーク浮かび上がった。
「昨今、大陸冒険者統一機構は多くのギルド員たちが集う場となっている! 日々新米冒険者たちが瞳に夢を描きながらこの大ギルドの門戸を潜ろうと挑まんとしている!」
究極に嫌な予感がしていた。
なぜかというと、カールは俺という存在を認識しているから。
認識した上でなにかをやらせようとしている。ここにいる暇な冒険者たち全員にやらせようとしている。
「だがそのせいで大ギルドにて振る舞われる食糧が非常に逼迫しつつある! 全員の依頼をこなした2%ほどを補填としていたがもはや出費はマイナスになりつつあるのだ!」
大ギルドからだされる依頼報酬には、天引きがあった。
それは冒険者たちが快適に暮らすために必要な、いわば必要経費というやつ。
毎食の提供や訓練場で使われる木剣など。粗製ではあるが薬草、防具武器を特価価格で支給することもあった。
「ちなみに俺たちがこなすSランク任務で50万ゴールドを稼いだとして1万ゴールドが大ギルドの運営資金になるよねぇぇ! でもキミたちがCランク任務をこなして稼ぐ額は1000ゴールドぽっちで運営資金に投じられる額は20ゴールドぽっちさぁぁ!」
ギルド長に代わってサーファの声が天高く響いた。
知将から飛びだした計算だが、小学生でもできる。
多く稼いだら多く引かれる、少なく稼いだら少なく引かれるというだけ。
つまるところ新米冒険者たちは、上の冒険者たちの活躍によって生活の水準が保たれている。
「上のクラスにあがりなおかつ高ランクの仕事をこなしつづけられる人員の確保は非常に重要だ! しかしそんな優秀な種を育てるためにもしっかりとした食事をとることもまた重要! だから俺はギルド長として我が子たちには常に美味い飯を食ってほしいと考える!」
冒険者たちは天を抱くカールを見上げておお、と声を上げた。
だからなんだ。演出を気にしてないで早く結論を述べやがれ。遠回しにもほどがあるだろ。
そしてカールは深く呼吸を肩で刻むと、双眸を見開いた。
「いまから諸君らには街の外を駆けずり回って食材となり得るものを掻き集めてきてほしい!! そしてその手で調理を施し大ギルドに並べるために安価で新たなメニューを発明してもらいたい!!」
どういうレクリエーションだよ。
と、思ったのも束の間だった。
「(いやまてよ。これはいわば実力を示す行為に他ならない。街の近辺に巣を作る比較的弱い魔物を退治させて街の安全を確保しつつ食糧とすることでギルドの全体に恩恵をもたらす)」
これには俺も下を巻く思いだった。
カールの発案にはまったくの無駄がない。それどころか集める食材の量と質で、冒険者の実力評価すら兼ねていた。
なんという公平な手腕だろう。ここにいる冒険者たちを平等なワールドで競わせようとしている。
さて、どうする。ナエ・アサクラ。
勇壮な笑みの端からそんな声が聞こえてくる。
だから俺もその提案に乗ってやる。
「チームを組んだらチーム全体の評価ってことでいいのか?」
「もちろんともさ! 冒険をする上でチームワークは己の命を守るのと同義ともいえる! どれほど人員を集められるかはそちらの裁量次第だがな!」
そう俺が問うと、途端に周囲が慌ただしくなった。
すでにチームアップの品定めがはじまっていると言ってもいい。
実力者と組めさえすれば、より多くの功績が得られるということ。
しかしコバンザメ行為を上位ランクの人間が許すはずもない。
「私はナエ様と組みますよ!」
「じゃ、じゃあ俺もそこに入れてくれ!」
「私も私もぉ!」
レーシャちゃん、モレグ、エリン、そして俺。
友ということもあるが、だいたいは必然的に同レベルの冒険者たちが集まる。
「(レーシャちゃんは言わずもがな。だがモレグとエリンも花の隊との修行で力をつけている。前のような足手まといにはならないだろ)」
俺が思考を巡らせている間にもチームアップは完成していく。
他の冒険者たちも顔見知りだったり1度組んだことのある連中が集いつつあった。
「……ん?」
そんななか。
ふと視界に留まる影がひとつ、落ちている。
「…………」
キュニュだった。
ぽつんと。まるでその場だけ孤独。というか、ぼっち。
誰にも声をかけようとせず。誰からも声がかからない。ただ周囲を所在なさそうにきょろきょろしているだけ。
俺は、なにも言わずにその場から動きだしている。
「おいキュニュって言ったか」
「へ? あ、うん?」
唐突に話しかけられ驚いたのか。
キュニュはきょとんとしたまま時が止まったようだった。
「一緒にひと狩りいこうぜ。同室のレーシャちゃんもこっちにいるわけだし、せっかくだからお得意の忍術を見せてくれよ」
たぶん放っておいてもレーシャちゃんが声をかけていたはず。
でも今回は俺のほうが気づくのが少しだけ早かった。
なによりこのまま放置し、無視をするという選択肢はない。
「……い、いいの?」
「ダメならそもそも声なんてかけないだろ。それに1人より5人のほうがお得だしさ」
「そ、それは……そうだけど……」
キュニュは差しだされた俺の手をじっと見つめていた。
しばししておずおずと彼女の手が伸びてくる。
「しゅばっ!!」
そこへ疾風の如く滑りこむ。
俺の手に触れかけたキュニュの手が、直前で引ったくられる。
「れ、レーシャ!?」
「一緒にがんばろー! おーっ!」
レーシャちゃんはそのままぶんぶんと繋いだ手を振った。
俺の手は1人寂しく空を漂う。
「(なんか……レーシャちゃんの動きがいつもの3倍くらい速くなかったか?)」
「さっすがナエ様です目の付けどころが違いますね! 早い者勝ちという条件で優秀なキュニュちゃんを迷いなくお誘いするとは!」
「あ、ああ? まあ、そういうことなのかな?」
なんか今日のレーシャちゃんちょっと怖い。
明るくて活発で可愛いのは普段通りなのだが、ほんの少し圧のようなものを感じた。
こうしておおよそチームアップは完了する。
なかにはソロの冒険者もちらほらいる。しかし総じて歴戦や年輪を重ねた者たちが大半を占めていた。
おおよそを見守っていたギルド長カールは、満足そうに首を縦に揺らす。
「いい面構えだ我が子らよ。せっかくの機会なのだから俺からもオマエたちへ1つプレゼントを贈ろうじゃないか」
そう言うと、待機していたかのように2人が前へと踏み入った。
それは六冠。サーファとトルパルメの2名である。
「今回の催しには六冠である2名のパーティも参加する。つまりオマエたちは六冠と正々堂々正面から戦ってもらうぞ」
しばらく訓練場の時が止まっていた。
だがそれも束の間のこと。
状況を呑みこんだ、あるいは呑みこめていない冒険者たちがいっせいにがなり立てる。
「六冠の2人と競えってのかよ!? 無茶いってんじゃねぇぞ!?」
「無理に決まってるじゃない!? 六冠と戦うにしてもせめて1人でしょ!?」
「こんなのやらせよやらせ! はじめから勝てない勝負とかクソゲーよクソゲー!」
大半は否定する罵詈雑言だった。
まあ正しく六冠が評価されているということだろう。
混濁する会場に、俺はふとちくりとする視線を見つける。
「…………」
カールが無言のまま、こちらを見つめていた。
先ほどまでの快活な笑みではない。真剣で、実直な眼差しだった。
それを感じて俺はようやく異変という掛け違いを察する。
「(六冠2人がでてくるほどの難易度になるってことか? だったらランクにまとまりのない冒険者たちはかえって邪魔になるだろ? とするとこれは……魔物退治が目的じゃない?)」
直接の相談がないと言うことは、いまのところ必要がないということ。
カールは冒険者を我が子と呼び庇護している。そうそう命を枯らすようなマネはしない。
そうなるとここはひとつ信じるべきだ。彼の求めている俺への役割は、知りつつ踊ることのみ。
「時間制限は本日の日が地平の底へと隠れるまでとする! それでは仲良く駆けずり回ってきてくれ!」
ギルド長の発言とともに冒険者たちは走りだす。
そして俺たちもまた砂を掻くように疾走する。
「っしゃあ! 雑魚を狩りまくって数で勝負だ!」
「でも大型を倒せばそれだけ食べられる部位も多いかも!」
「毒があるタイプは避けたほうが懸命ですね! 私も毒を使わないように工夫します!」
「えっ!? アンタの流派って毒使うタイプなの!?」
「(本当にこのパーティで大丈夫かなぁ……前途多難な気がしてきた)」
一抹の不安を抱えて。
…… … … ……
最後までご覧いただきありがとうございました!!!




